第15話 自尊家と美意識家
「何言ってんだ? お前が俺様の放つ英雄のオーラに惹かれて、無意識に助けを求めてきたのだろう?」
「ところで、お前は何者だ? 見たところ、ただの兵士ではなさそうだが……もしかして、ザルガンディアの手先か!」
と俺が問うと、男は、やれやれといった風に優雅に肩をすくめ、長いまつ毛を伏せながらため息をついた。
「ふむ、その荒々しくも力強いオーラ……なかなか個性的な輝きを放っているね」
「だが、残念ながらこの僕の、神々が嫉妬し、星々がその道を譲ると言われるほどの神々しい輝きの前では、どんな太陽もただの蝋燭の灯火に過ぎないのさ」
「僕の名前はシルヴァン」
(うっとりと自分の名前の響きに酔いしれるように)
「……ああ、なんて甘美で、気品に満ちた響きだろう。そう思わないかい? この国、いや、いずれこの世界をその美しさで照らすことになる運命の王子さ!」
何故だろう、この男の言葉の節々から、そしてその身体の周りから、本当に星のようなキラキラとした光の粒子が見えるような気がする。
(くっ……なんだこの男から発せられる謎のオーラは! 俺の王者のオーラとはまた質の違う、甘ったるくて目に痛い輝きだ! これがこの世界の王族の標準的なスキルなのか!?)
「ふん、王子か。俺はユウ! いずれこの世界の全ての理を解き明かし、魔王を討ち滅ぼして頂点に立つ、唯一無二の英雄だ!」
「貴様のその顔も、まあ悪くは無いが、俺の黄金比率で計算され尽くした完璧な造形美の前では、月とスッポンといったところだな!」
と俺の方が格上であることを、はっきりと教えてやる。
するとシルヴァンは、楽しそうにクスクスと笑い始めた。
「はははは! 聞いていた通り、実に面白い男じゃあないか! 僕という完璧な存在を前にして、そこまで堂々としていられる者は久しぶりだよ。気に入った。君を、この僕の最初の友人にしてあげようじゃないか!」
「なんだと、聞き捨てならんな! 誰が貴様の友人だ!」
「まあ、俺も初対面の、しかも危機に瀕している王子を虐める趣味は持っていないのでな、その言葉は聞き流してやろう」
「ところで、貴様がその危険な状態にあるというシルヴァン王子本人なのだろう? この俺が、直々に助けに来てやったのだ。光栄に思うがいい!」
俺は、そう言ってドンと胸を張った。
「ああ、感謝するよ、我が友。だが、この程度の危機は、僕の伝説に新たな1ページを刻むための、ほんの些細な試練に過ぎないさ。むしろ、この逆境こそが、僕の悲劇的な美しさを一層引き立ててくれる」
「ほう、貴様、なかなか話が分かるところもあるな! いかにも! この試練は、俺という英雄の伝説を、よりドラマチックに彩るための序章に過ぎん!」
(ふむ、こいつ、ただのナルシストかと思いきや、なかなかどうして、英雄としての心得というものを理解しているようだ。少し見直したぞ)
「さて、どうやってこの舞台から華麗に退場したものか……」
「僕が先陣を切って、その美しさで敵兵の戦意を喪失させてから襲撃する手も悪くはない」
「だが、生憎、先程の戦闘で僕の愛剣『ヴィーナス・キス』を失ってしまってね。それに、僕の美しさに付き従う麗しい部下たちも負傷している。この点も考慮せねばなるまい」
(自分しか見ていない究極のナルシストかと思いきや、案外、周りのことも見えているようだ)
「ふん、甘いなシルヴァン! そんな回りくどい手を使うまでもない! この俺の神がかり的な知略で、敵の包囲網に蟻一匹通さぬ完璧な穴を開けるのが最善手だろう!」
と俺が宣言すると、シルヴァンは興味深そうに俺を見つめてきた。
「ほう、神がかり的な知略、か。君にそこまでの実力があるというのかい? 君のその自信が、ただのハッタリでないという証拠を、この僕に見せてくれると?」
と、俺の実力を試すような視線で質問を投げかけてくる。
「当然だ。それだけの力がなければ、この死地をたった一人で突破できるわけがなかろう。俺は、いついかなる時も結果で示してきた男なのだ」
「ふむ、確かに君からは、僕とは質の違う、荒々しい輝きの実績を感じるよ。良かろう、君の力を信じてみよう。それで、僕という主役を欠いた今の戦場の様子はどうなっているんだい?」
「今はアリュールや、ハイラとかいう隊長が率いる部隊が敵の足止めをしてくれている。だが、突破されるのも時間の問題かもしれん。だから急ぎたい」
「俺が前線に赴いたにも関わらず、目標を達成できなくては、アリュールたちに合わせる顔がないからな」
「なるほど。アリュールたちが僕らのために、か……感心だね。よし、決めた。君のその神がかり的な知略とやらで、僕たちをここから導きたまえ、我が友よ!」
こうして、俺とこの奇妙なナルシスト王子の、前代未聞の脱出劇の幕が上がったのだ!




