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第14話 逃走と奇想、そして出会い

 アリュールと別れた俺は、ただひたすらに前へ、砦があると彼女が指し示した方角へと向かって走っていた。


 背後からは、遠ざかっていく剣戟の音と、ザルガンディア兵の怒号が微かに聞こえてくる。


(ふん、アリュールめ、俺というキングを逃がすための捨て駒になる覚悟、見事だ!だが安心しろ、俺は必ずや王子を救い出し、お前を迎えに来てやる!英雄の物語に、ヒロインの犠牲などというバッドエンドはありえんからな!)


 そんなことを考えながらがむしゃらに走るうちに、やがて戦場の喧騒は完全に聞こえなくなった。代わりに俺の耳を満たすのは、自分の荒い息遣いと、心臓が肋骨を内側から叩くような轟音だけだ。


「はあっ……はあっ……くそっ……!」


 どれくらい走っただろうか。鬱蒼と茂る木々は太陽の光を遮り、森の中は昼間だというのに薄暗い。湿った土と腐葉土の匂いが立ち込め、時折、嗅いだことのない甘ったるい花の香りが鼻腔をくすぐる。


(この香り……人を惑わす妖精の罠か、あるいは猛毒を持つ食人花の蜜の匂いか……?)


 俺は警戒を強め、周囲を見渡した。ねじくれた巨木が、まるで天を掴もうとする巨人の腕のように伸び、その枝々には見たこともないような極彩色の鳥が止まって、こちらを値踏みするように見下ろしている。足元に目をやれば、粘菌のように青白く発光する苔が、木の根や岩肌を覆っていた。


(やはり、ただの森ではない。この森全体が、1つの巨大な生命体か、あるいは古代の魔法によって作り出された結界か何かなのだろう)


 ふと、俺は足を止めた。


 方向感覚が完全に麻痺している。どの方角から来て、どの方角へ進むべきなのか、全く見当がつかない。先程までかろうじて見えていたはずの砦の姿も、今は木々に遮られて影も形もない。


(くっ……これは森の精霊が俺を試しているのか?真の英雄たる者、この程度の迷宮など、持ち前の超感覚で突破してみせよということか!面白い!)


 俺は一度深呼吸し、意識を研ぎ澄ませた。


 風が木々の葉を揺らす音、遠くで聞こえる獣の鳴き声(おそらくはグリフォンかワイバーンの幼体だろう)、そして、微かに聞こえるせせらぎの音。それら全ての情報が、俺の脳内で瞬時に解析され、一つの立体的な地図を構築していく。


(ふむ……風の流れからして、開けた場所はこちらの方角。そして、この水の音……おそらくは砦の用水路に繋がる小川に違いない。よし、あちらだ!)


 俺は、自分の天才的な分析能力に自ら感心しつつ、せせらぎの音がする方へと再び歩き出した。


 道なき道を進むと、やがて小さな小川にたどり着いた。水は驚くほど澄んでおり、川底の小石の1つ1つまでが見える。


(この清らかさ……これはただの水ではないな。生命力を回復させる『聖水ヒーリング・ウォーター』だ。飲めば、これまでの疲労も一瞬で吹き飛ぶだろう)


 俺は早速、手で水をすくって一口飲んでみた。ひんやりとした水が喉を潤し、火照った体に染み渡る。疲労が完全に回復したかは定かではないが、気分が幾分かマシになったのは確かだ。


(うむ、やはり効果は絶大だな!)


 小川に沿って上流へと向かって歩いていると、俺の視界の端に、奇妙なものが映った。川岸の泥濘に、何かを引きずったような、妙に生々しい跡が残っている。そして、その跡の先には、いくつかの巨大な足跡が続いていた。


(これは……!この三本指の巨大な足跡……間違いない、ドラゴン族のそれだ!それも、まだ若い個体か、あるいは小型のワイバーンかもしれん。近くに巣があるのか?あるいは、この先の砦を狙っているのか!?)


 俺は咄嗟に身を屈め、周囲の気配を探った。すると、風に乗って、微かに血の匂いと、何かが焦げたような匂いが漂ってきた。


(まさか、ドラゴンが既に暴れているのか!?シルヴァン王子が危ない!)


 俺は「聖水」で回復した(と思い込んでいる)体力を振り絞り、足跡と匂いがする方角へと、再び全速力で駆け出した。英雄の到着が、少しでも遅れるわけにはいかないのだから!


 だが、俺の前に立ちはだかったのは、伝説の竜ではなかった。


 木々の間から躍り出てきたのは、三人のザルガンディア兵だった。


(ちっ、魔王軍の斥候部隊か!ドラゴンではなかったが、これもまた厄介な!)


 俺は咄嗟に身構えたが、多勢に無勢。しかも、先程のアリュールとの戦闘で疲弊している俺に、勝ち目があるとは思えなかった。


(くっ、こうなれば最後の手段!我が万能アイテムボックス(学生鞄)に眠る、日本から持ち込んだ秘宝を使うしかない!)


 俺は鞄を漁り、銀色の包み紙に包まれた白い板状の物体を取り出す。「(これぞ、我が故郷に伝わる秘宝『氷竜の吐息アイスドラ・ブレス』の結晶!口にした者に、極寒の苦しみと精神錯乱をもたらすという伝説のアイテムだ!)」


 敵兵の一人が、勝ち誇ったように口を大きく開けて雄叫びを上げながら、俺に突進してくる。


「(今だ!)くらえ、これが俺の切り札だ!」


 俺は手の中の『氷竜の吐息』の包み紙を勢いよく破り、その中身を敵兵の大きく開いた口めがけて、必殺の精度で投げ込む!


 敵兵の大きく開いた口の中に、白い板は見事ホールインワンした。


「むぐっ!?(ガリッ)……な、なんだこれは!?口の中に、これまで感じたことのない甘美な味わいと、脳天を突き抜けるような冷たい衝撃が走る……!?舌が……口の中が、まるで吹雪にでも見舞われたかのようにスースーする!これは何かの呪いか!?毒か!?うわあああ!」


 と、未知の味覚と感覚に大パニックに陥っている。周囲の敵兵たちも、仲間が突然訳のわからないことを叫びながら悶絶し始めたのを見て、

 

「な、何をした!妖術か!?」「得体の知れない攻撃だ!」


 などと動揺し、一瞬動きが止まる。俺はその隙を見逃さず、すぐさまその場所から全力で逃げ出した。


(ふっ、見たか!我が日本の秘宝の力、恐れ入ったか、魔王軍の雑兵どもめ!)


 敵の追跡をなんとか振り切り、ボロボロになりながらも森を抜けると、俺は巨大な岩壁に築かれた砦の裏口らしき場所にたどり着いていた。そこは負傷した兵士たちが壁にもたれかかって荒い息をついており、血と汗の匂いが混じった戦場の生々しい空気が漂っている。


 その惨状を横目に、俺はシルヴァン王子を探して、砦の奥へと足を進めた。


 砦の奥、司令室として使われているであろう部屋の扉を押し開ける。そこには、数人の傷ついた側近を従え、自身も鎧のところどころが破損し、顔には泥がついているにも関わらず、なぜか気品と輝きを失っていない一人の青年が、窓の外の戦況を静かに眺めていた。


「おや、そこの君。ボロボ-ボロの格好だが、なかなか興味深い目をしているね。もしかして、この僕の、絶望の中にあってもなお消えることのない気高き輝きに引き寄せられてきたのかい?」


 青年は、ゆっくりとこちらに振り向くと、涼しい顔で俺に呼びかけてきた。


 ……なんだコイツは!?


(この極限状況で、自分の美しさの話だと!?俺という太陽を前にして、自分が輝いているだと!?正気か!?それとも、こいつは魔王軍が俺の精神を錯乱させるために送り込んだ、美形の幻影ファントムか何かか!?いや、待てよ、この圧倒的なまでの自己肯定感……このブレないナルシシズム……まさか、この男、俺と同類……いや、俺とはまた別のベクトルで完成された、もう一人の“選ばれし者”だとでもいうのか!?面白い……面白くなってきたじゃないか、この世界は!)

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