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第13話 英雄は語学の天才

 敵の軍と思われる集団は、血のように赤黒く、見る者の不安を煽るような歪な獣の紋章を禍々しげに掲げている。

 獣じみた鬨の声、女子供の悲鳴にも似た絶叫、そして剣戟の甲高い金属音、鎧が擦れ合う鈍い摩擦音、それらがそこら中で鳴り響き、戦場特有の狂騒曲を奏でていた。

 その喧騒の中心へ、アリュールはまるで戦場の女神ヴァルキリーのごとく、その銀閃を振りまきながら颯爽と飛び込んでいった。


(俺もシルヴァン王子を助けるためだ、ぐずぐずしてはいられない!)


 自分の前では、あの魔王軍四天王らしきリーダーとアリュールが一騎打ちを繰り広げている。


「貴方がこの軍の将ですね! その首、この私が頂きます!」


 そう言ってアリュールは、常人では目で追うことすら難しいであろう速度で、相手へ鋭く剣を振りかぶる。

 が、相手の男はニヤリと口の端を歪めると、その禍々しい釵でアリュールの剣をこともなげに受け止めていた。

 火花が散り、甲高い金属音が響き渡る。

(なっ……!? アリュールの一撃を、あれほど余裕で受け止めただと!?)


 俺の目から見ても、今の一撃は音速を超えていたはずだ(と俺は確信している)。

 日本で、いや、人類史上でこれを受けられる者など存在しないだろう。それほどまでに速く、重い一撃だった。

 それを、この四天王もどきは片手で、しかも笑みを浮かべながら受け止めた。

 それだけで、こいつがただのボスキャラではない、規格外の強敵だということが理解できた。


「私の一撃を……受け止めたですって!?」


 さすがのアリュールも、渾身の一撃をこうも容易く防がれるとは想定していなかったのか、その美しい顔に驚きと焦りの色が隠せないでいる。

 リーダーは、力任せにアリュールの剣を突き放した。その圧倒的な膂力だけで、アリュールは体勢を崩し、数歩後ろへ後退させられる。


「ほう、なかなか良い剣だ。だが、俺を倒すには百年早いな、小娘!」


 リーダーはそう言って嘲笑うと、後方の部隊へ向けて、腹の底から響くような大声で指示を飛ばした。

「我はニヴェアの指揮官をここで抑える! 本隊は押し続け、敵の注意を十分に引き付けておけ!」

「別働隊は聞こえるか! 今からあの森を大きく迂回し、岩場を抜けて敵の背中を食い破れ!」

「我が角笛の音を合図に、一気に挟み撃ちにし、残らず殲滅するのだ!」


(なんだと……!? あの脳筋オークめ、見かけによらず意外と頭が切れるのか!?)

(本隊は囮で、別働隊は森を使って背後から奇襲。まるで教科書に載っているような古典的な挟撃作戦……!)

(しかし、これ見よがしに大声で指示を出すとは、こちらの力量を完全に見くびっている証拠! あるいは、俺たちの動揺を誘う罠か! だが、作戦内容が分かってしまえば、対応のしようはいくらでもある!)


 そう思い、俺はアリュールの方を見た。

 しかし、彼女は目の前の強敵に集中しているせいか、あるいは言語が違うせいか、敵の作戦に対する指示を出す気配がない。


「アリュール! 何をぼうっとしている! 相手の挟み撃ちの対策を命じないのか!」


 俺がそうアリュールに叫ぶと、彼女は一瞬、驚いた顔でこちらを見た。


「ユウさん!? 今、相手の言葉が……ザルガンディアの言葉が、理解できたのですか!?」


(ほう……やはりニヴェアの言語とザルガンディアの言語は別で、この世界の住人には互いの言葉が理解できないのか!?)


「ああ、当然だ! この俺の天才的な頭脳にかかれば、どんな言語だろうと瞬時にマスターできる!」

「それより、こいつは罠だ! 別部隊が森をグルっと回って、俺たちの背中をグサッとやるつもりらしい! 角笛が鳴ったら、俺たちの冒険譚もここで第一巻の終わりだぞ!」


 アリュールは俺の言葉に驚き、一瞬動きが止まったが、俺の真剣極まりない(と自分では思っている)表情を見てか、すぐに状況を判断し、俺の言葉を信じたようだ。


「……信じます! ハイラ隊長、兵の一部を率いて、すぐに背後の岩場へ向かい、伏兵を配置してください!」


 アリュールが後方にいるハイラ隊長へ鋭く指示を飛ばす。


「はっ、はい! 承知いたしました!」


 ハイラは一瞬戸惑いの表情を見せたものの、アリュールの気迫に押され、テオという若い兵士を含んだ少数の精鋭を連れて、すぐさま森へと駆けていった。

 その様子を見ていたリーダーが、忌々しげに舌打ちし、その鋭い視線を初めて俺に向けた。


「ほう……面白いネズミが紛れ込んでいるようだな。おいおい、お前、ニヴェアの人間じゃねえな? その奇妙な服、その顔つき……どこの者だ?」

「お前のせいで、俺様の完璧な作戦がバレちまったじゃねえかよっ!」


 そう言いながら、男は地を蹴り、一瞬で俺の間合いに入ると、その禍々しい釵の切っ先を俺の喉元めがけて突き出してきた!


“死ぬ”


 俺の脳が、魂が、生存本能が、最大級の警鐘を鳴らしていた。

 本能的な反応で、俺はみっともなく地面を転がるようにして、とっさに身体を逸らした。

 釵の刃が、俺の頬をほんの数ミリのところを掠め、数本の髪が宙を舞う。


“死ぬ”


 今の攻撃を避けていなければ、俺の首は胴体とさよならしていただろう。

 それほどまでに、一切の情け容赦のない、急所を狙った必殺の一撃だった。


「お前、やるなぁ。今のを避けるとは。だが、なんでそんなニヴェアみたいな粗悪な国の味方なんぞやってんだ? もっとマシな主を選ぶ頭はねえのか?」


 相手の男が、俺を見下しながら、かったるそうに話しかけてくる。

(粗悪なのはザルガンディアの方だろうが。罪のない民衆までもを巻き込むような卑劣な侵攻をしておきながら、よくもそんなことが言えるな)


「ニヴェアが粗悪だと? 笑わせるな! 粗悪なのは、力に任せて他国を蹂躙するお前たちザルガンディアの方だろうが!」


 俺がそう反論すると、男はせせら笑い、何か言い返そうと口を開きかけた。

 その瞬間、アリュールが男の背後から無音で迫り、剣を振り下ろす!


「おっと、危ない危ない。二人掛かりとは、ニヴェアの王族も地に落ちたものだな」


 男はそう言って、アリュールの鋭い剣閃を再び紙一重で軽々と避けると、つまらなそうに肩をすくめた。


「話をするには、どうやらそこの女が邪魔で無理そうだな。まあいい、ニヴェアの味方をするということは、この世界の敵だということだ! 俺たちザルガンディアの、な!」


(世界だと……? 随分とスケールの大きな戯言を言ってくれるではないか。だが、面白い! お前たちのその歪んだ世界とやら、この俺が正してやろう!)


「おい、野郎共! 作戦変更だ!」

「あの変な服を着ている小僧は、我らの言葉を理解する厄介な能力持ちだ! 最優先で奴を殺せ!」

「あの小僧を仕留めた者には、褒美をたんまりとくれてやるぞ!」


 リーダーの男が、そう高らかに指示を送った。

 その言葉を合図に、周囲で戦っていたザルガンディア兵たちが、獲物を見つけた飢えた狼のように、一斉にぎらついた視線をこちらへ向け、殺到してくるのが見えた。


 もしかして俺、絶体絶命の大ピンチなのでは……?


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