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愛を拒み続けた病弱令嬢が最期に見たのは、孤独ではなく涙と優しさでした  作者: ぱる子


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第13話 語られる想い②

 薄暗いランプの灯りが、リリアーナの頬を少しだけ照らす。そこでアルベルトは、彼女がほんの僅かに涙を浮かべていることに気づいた。彼女は慌てて目を伏せ、まるで子どものように頬を隠そうとする。


「ごめんなさいね。こんな夜更けに……取り乱して。だけど、もう隠すのが辛くなったの。あなたが支えてくれるって、あんなに強く言ってくれるから……」


 アルベルトは、そっとリリアーナの手を握る。まだ細い指先だが、初めてのときのような氷の冷たさはない。ここ数日間、周囲の支えや薬の効果があって、わずかに体力を取り戻しているのかもしれない。


「君が死を受け入れたい気持ちも分かるし、僕に悲しんでほしくないのも痛いほど分かった。でも、僕は――それでも側にいたいんだ。どんなに嫌われようと、離れない」

「馬鹿ね、あなたは……。一緒にいれば絶対に悲しい結末を迎えるのに。そんなの、耐えられなくなるわよ」

「悲しくてもいい。むしろ、悲しむのは当然じゃないか。大切な人がいなくなるなら、泣きたくもなる。僕はそれを避けるために君を失うなんて嫌だ。君が僕の世界にいてくれるだけで、どれだけ救われるか……」


 その思いに、リリアーナはどう応じればいいのか分からない顔をした。ずっと悲しませたくないからこそ遠ざけようとしていたのに、アルベルトはそれを望むどころか、むしろ当たり前だと言う。彼女は苦笑まじりに首を振り、肩をすくめた。


「ねえ、アルベルト。私は本当に長くないのよ。今こうして生きているのも、奇跡のようなものだわ。正直、怖いの。いつまた発作が来るか分からないし、このまま眠りから覚めないかもしれないって、毎晩不安で……」

「わかってる。でも、その不安を一人で抱えこまないでほしい。僕が隣にいる。それだけじゃ足りないかもしれないけど、一人よりは心強いはずだ」

「……あなたは、本当に変わらないのね」


 リリアーナは小さな声でつぶやき、手を引き寄せてアルベルトの掌に頬を寄せるようにした。熱っぽい呼吸が伝わり、彼女の瞳が潤んでいるのが見える。静かな宿屋の夜、薄暗い明かりの下で、二人の間には言葉にならない感情が交錯する。


「私のわがままで、あなたを振り回してきたのに……ありがとう。あなたがいてくれるだけで、少しだけ……生きることが悪くないかもって思えるの」

「それでいい。たとえ一瞬でも、君が生きたいと考えれば、それはすごく大きな一歩だ」

「でも……やっぱり死は近いと思うの。前に先生から聞いたとき、余命なんてあとわずかってわかってた。少し回復したところで、根本は変わらないでしょう?」


 アルベルトはその言葉に反論できなかった。どれだけ努力しても、現代の医療技術では治せない病かもしれない。だが、彼は弱音を吐きたくはない。ほんのわずかな可能性を追い、少なくともリリアーナが最後まで孤独ではない道を切り拓きたいから。


「確かに、根本が変わらなくても、もう少し生きられるかもしれない。人は奇跡を起こせるかもしれない――僕はそう信じてるんだ」

「……あなたらしいわね。昔から諦めが悪かった」

「君だって、本当は優しすぎて自分を傷つけてるだけだ。僕はその優しさが大好きなんだよ。だから、今度こそちゃんと生きて、一緒の時間を共有させてくれ」


 リリアーナは涙をこぼしそうになりながら、こくりと(うなず)く。アルベルトもまた、目尻に熱いものが浮かんでいる。互いに隠していた想いを吐露したことで、もう後戻りはできない。たとえ別れのときが近づいていても、この限られた時間を大切に過ごすことが唯一の道になる。


「アルベルト……。あなたを振り回すつもりはない。でも、もし私が今さら……あなたが好きだと言ったら、あなたはどう思う?」

「どう思うって……そりゃ嬉しいに決まってる。僕だって、好きだからこそ必死に探し回って、こうして隣にいるんだ」

「……ありがとう。私も……今は、あなたがいてくれることに救われている。本当の意味で、心がほっとしてる」


 リリアーナははじめて素直な笑みを浮かべる。その笑みは儚げでありながら、確かに生のぬくもりを感じさせるものだった。アルベルトはそんな彼女を静かに抱きしめたい衝動に駆られたが、弱っている身体を無理させるわけにはいかない。かわりに手を握りしめ、唇をかすかに(ふる)わせて決意を語る。


「僕は、残された時間を大切にしようと思う。君がどんなに命をあきらめていても、最後の最後まで一緒に生きる。もし終わりが訪れるなら、それこそ全力で悲しむよ。それが君を想う人間の義務だろう」

「……嫌じゃない?」

「全然。むしろ、そんな当たり前の感情を避けようとしていた君を助けられるなら、本望だ」


 リリアーナはその言葉を聞いて再び泣きそうになるが、もう黙って目を閉じた。自分の運命が変わらないとしても、少なくとも誰にも悲しまれずに死ぬという計画はここで崩れ去った。それでもアルベルトに寄り添われることを、今は拒絶したくないのだ。


「わかったわ。私はあなたに迷惑をかけるかもしれないけど……一緒に、生きてみる。死から逃げられなくても、少しぐらいは……一緒に歩いてみたい」


 その小さな告白が、アルベルトの胸を満たす。自分を拒む理由をすべて取り払ってくれたのなら、あとは二人で残りの道を歩くだけだ。儚くてもいい、短くても構わない。どうか、リリアーナが孤独に怯えず、最期まで笑顔でいられるように――そう願いながら、彼は彼女の手を強く握った。


「ありがとう。僕にできることは何でもする。だから、君ももっと自由に生きてみよう。一緒に笑って、一緒に泣いて……それでいいじゃないか」

「……うん。そうかもしれない」


 喉の奥で(ふる)えるその返事には、不安と希望が混ざり合っていた。だが、確かにリリアーナの心には新しい風が吹き始めている。長くはない人生だからこそ、最後まで誰かと歩む可能性を少しだけ信じたい。その誰かがアルベルトならば、それで構わない――そんな想いが薄暗いランプの光に映し出される。


 二人は互いの手を離さないまま、静かに目を閉じる。深夜の宿屋に巡る澄んだ空気が、少し冷たい風とともにカーテンを揺らした。外には夜明け前の闇が広がっているが、それでもどこか穏やかな空気が流れていた。


 たとえ死が間近に迫っても、この一瞬が確かな生の証だ。リリアーナが語った過去の後悔も、アルベルトが抱えた誤解や苦悩も、いま二人が本当の気持ちを打ち明けあったことで、また一歩絆が深まった。変わらない運命かもしれないが、この先どれだけ笑って、どれだけ泣いて、どれだけ抱きあえるか――二人はそれを手探りで確かめ合っていこうとしている。


「残された時間を、大切にしよう」


 アルベルトの口から(こぼ)れたその言葉は、リリアーナの決意とも重なり合い、暗い夜の中で確かな光を放った。彼女がもう少しだけ生きることを望むなら、彼はその願いを全力で支えるだろう。遠く微かに夜明けの気配が漂いはじめるころ、二人はそっと瞳を閉じ、寄り添うように小さく息をそろえる。


 それは決して快活で明るい未来を約束するわけではない。けれど、絶望しか見えなかった道に小さな灯りがともったことは、二人にとって何よりも大きな進歩だった。

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