第13話 語られる想い①
灯りが落ち着いた色を放つ部屋の中、まだ夜の静寂が早い時間から降りている。この小さな宿での生活も数日が経ち、リリアーナの体調は多少安定したものの、完全に回復したわけではなかった。そんな夜更けのころ、彼女は寝台から身を起こし、枕元のランプの明かりを静かに灯す。布団から出た肩が冷たい空気に触れて震えると、すぐにアルベルトが気づき、椅子から立ち上がった。
「起きていて大丈夫か。無理しないほうがいい」
そう言いながら、彼はテーブルの上で薄くなりかけた火をもう少し明るくする。暖炉の燃え残りがゆらゆらと揺れ、淡い光と影が壁に映った。リリアーナは少しだけ息をつき、大きな決意を秘めたように唇を引き結ぶ。
「平気よ。あなたに……話したいことがあるの」
その言葉に、アルベルトはぎこちなく笑みを返しながらも、内心では胸がざわつく。それはきっと、ずっと隠されてきた彼女の本心――「なぜ周囲に嫌われるように振る舞ってきたのか」という問いの答えかもしれない。彼は努めて静かに椅子をリリアーナのそばに寄せ、耳を傾ける準備をした。
「ずっと……ごまかしながら生きてきたの。私が死んでも誰も悲しまないようにって、そう思い込んで……」
リリアーナの声は、寝起きと弱い体調が重なってか、少しかすれている。しかし、その瞳には決然とした光が宿っていた。アルベルトがうなずくのを見届けると、彼女はそこで大きく息をつく。
「この病がどんどん進行していくのを知ったとき、もう長くないんだと悟ったの。もちろん、望むわけじゃない。けれど、どれほど医師に診てもらっても治らないなら……少なくとも、自分だけが消えていけばいいと思ったのよ」
「でも、そのせいで君は……周囲を遠ざけ続けたんだな」
「ええ。家族も使用人も、私を愛してくれる人がいればいるほど……私が死んだ後に悲しむ。だって嫌でしょう? 自分がいなくなったとき、大切な人が泣いたり苦しんだりするの。だから、最初から嫌われていれば、私が消えたとき……誰も悲しまない、傷つかない……そう思ったのよ」
そのあまりにも歪んだ優しさに、アルベルトの胸は痛む。彼女が酷く高慢な言葉で周囲を傷つけ、わざと悪評を作ってきたのもすべては「死んだ後に誰も悲しませない」という目的のため。あまりに身勝手な発想かもしれないが、同時に残酷なほどに自己犠牲的な愛情にも映る。
「そうか……。僕はそれを何も知らないまま、君を冷酷な人だと思いこんで、怒ったり、傷ついたりしてた」
「あなたが怒るのは当然よ。私はわざとそういう言葉を選んで、あなたを遠ざけようとしたのだから」
リリアーナは苦い笑みを浮かべ、瞼を少し伏せる。毛布がずり落ちないよう片手で胸元を抑えながら、彼女は続けた。
「本当は……多少なりとも、あなたが私を愛していたらきっともっと……私の死を悲しむでしょう? だから、『こんな女に関わるだけ無駄だ』と思わせたかった。そうすれば、いずれ私がいなくなっても、あなたは平気でいられるだろうって」
「でも、君は僕を嫌いじゃなかったんだろう?」
アルベルトの問いかけに、リリアーナは一瞬だけ目を見張る。すぐに視線を反らすものの、その仕草には明らかな照れが混ざっていた。自らが抱え続けてきた秘密を、ようやく吐き出した安堵と、まだためらいがあるのだろう。
「嫌いどころか……本当は嬉しかったのよ。幼いころ一度会ったときも、あなたは私のことを案じてくれた。病弱だった私にとって、それがどれだけ救いだったか……。でも、それを思えば思うほど……死ぬときにあなたを苦しめたくない気持ちが強くなって……」
心の奥からあふれる言葉は、これまで堅く閉ざされてきた秘密の扉を開くかのように止まらない。アルベルトは真剣な面持ちで耳を傾け、彼女の孤独な選択を想像すると涙が出そうになる。
「僕は……君を誤解してたことが多すぎる。君の態度に怒ってばかりで、本当の苦しみに気づかなかった。ごめん。だけど、言ってくれてありがとう……」
「謝らないで。私があえて醜い振る舞いをしていたんだから。あなたが悪いわけじゃない。それに、私自身……誰かに助けてもらえるとは思っていなかった」




