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愛を拒み続けた病弱令嬢が最期に見たのは、孤独ではなく涙と優しさでした  作者: ぱる子


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第12話 小さな奇跡②

 昼下がりになって、まずクレイグ医師が駆けつけてきた。王都まで使いを飛ばしてからそう時間は経っていないはずだが、彼は馬を駆って急いで来たようで、息を切らしながら部屋に飛び込むと、すぐにリリアーナの診察を始める。アルベルトも隣で見守るが、クレイグ医師の表情は予想以上に険しかった。


「お嬢様、どうか今は無理をなさらず、安静に。よくここまで耐えられましたね……だが、急な外出はもうおやめくださいね。これからは、休むにしろ移動するにしろ、十分な装備と介助がなければ」

「……わかりました。ごめんなさいね、先生」


 リリアーナが少しだけ申し訳なさそうにそう言うと、クレイグ医師は怒るでもなく、ほっと息をつく。薬の処方や、今後の看護計画などをアルベルトと手早く相談し、伯爵家の協力を仰ぐ段取りも決めていく。その姿は、まるでリリアーナがまだ十分に生きられるかのような希望を前提に動いているようだった。


 次いで、伯爵家の侍女が二人、慌ただしく到着した。屋敷にいるときとは違う緊張感を漂わせながらも、リリアーナのためならと必要な衣類や薬を抱えてやってきたのだ。中にはリリアーナがいつも避けていたお気に入りの寝間着まであり、彼女がそれを目にすると驚いた顔をする。


「……こんなものまで……持ってきたの?」

「お嬢様にとって、一番休まりそうなものを選びました。ご両親も、『この機会にちゃんと休ませてあげたい』とおっしゃってます」


 侍女たちも目を(うる)ませながら、しかし明るい表情を見せる。リリアーナの生存を確信するような空気が、この宿の一室に漂い始める。彼女が厳しい病を抱えているのは変わらないが、それでも生をつないでいる限り、彼女を支えようという人々が集まってくることが、何よりの励みになる。


 リリアーナはその光景をぼんやりと眺めながら、胸の内でこみ上げるものを抑えきれなかった。死ぬときは誰にも悲しまれず静かに消えたいと思っていたが、これだけの人が動いてくれる事実を前にして、どこか申し訳なく、そしてどこか嬉しく感じてしまう。そんな自分に戸惑いを覚えながらも、「こんなにも支えられるなんて」と素直に思わずにはいられない。


(どうして……私は、こんなに優しくされてしまうんだろう。死んだら、みんな傷ついてしまうのに……)


 そう考え、また苦しくなる。しかし、今は弱音を吐けば吐くほど、周囲は自分を支えてくれる。アルベルトはもちろん、クレイグ医師や侍女たち、伯爵家からの使者も皆、彼女の快復を心から願っているのが伝わる。まるで小さな奇跡のように、死に向かう道を少しだけ遠ざけてくれる環境が整い始めた。


「リリアーナ、どうやらしばらくはこの場所で過ごすことになりそうだ。落ち着いてから、王都の病院に移るか、伯爵家で療養するか考えよう。君が望めば、僕がどんな形でもサポートするから」


 アルベルトがそう告げると、彼女はかすかにうなずく。完治は望めなくても、こうして小さな可能性を積み重ねていけば、まだ生きられる時間は延びるかもしれない。それを「奇跡」と呼ぶには大げさかもしれないが、死を目前にしていた彼女にとっては十分すぎるほど大きな出来事だった。


 やがて日が沈みかけるころ、一日の疲れを感じ始めたリリアーナは再び横になり、深い呼吸を繰り返している。少し気が楽になったのだろう、痛みを和らげる薬も効いているのか、穏やかな表情を浮かべていた。クレイグ医師が改めて脈を確かめ、「数日前よりは落ち着いている」と呟くと、アルベルトや侍女たちは微笑みを交わす。


 しかし、その雰囲気の中にも一抹の不安があった。リリアーナが抱える病の進行は確実であり、今回の回復はあくまで一時的な「奇跡」に過ぎない。けれど、彼女を囲む人々の温かな思いがある限り、少なくとも孤独のうちに絶望する未来は遠ざけられるはずだ。


「……こんなふうに、みんなに守られて……私、幸せなんでしょうね。でも……」


 寝台の上でまどろむリリアーナの(つぶや)きを聞き、アルベルトはそっと手を重ねる。言葉にはしないが、「君は幸せになれる」と強く念じている。どれほど厳しい病であろうとも、今はこの瞬間を共有する喜びを捨てられない。


 そして夜が近づき、部屋の灯を落とすころ。(にぎ)わいを見せていた宿の一室は静まり返り、リリアーナは安定した寝息を立てながら深い眠りにつく。アルベルトとクレイグ医師、そして侍女たちはほっと息をつき、交代で見張りをしながらそれぞれ束の間の休息をとることにした。やがて暖炉の火が静かに揺れ、穏やかな闇が二人を包み込む。


 だが――この小さな奇跡のような回復が、永遠に続くわけではない。どこか遠くに死の影は潜み、今は眠りについているだけだと、誰もが薄々感じている。だからこそ、ほんのひとときの安らぎの中で生まれる絆を、大切に育てねばならないのかもしれない。


 降りしきる雨は上がり、外には雲間から薄い月光がそっと差し込んでいた。リリアーナとアルベルトが迎える明日は、果たしてどんな運命を導き寄せるのか――。穏やかな寝息の奥で、たしかに重い時間は刻まれ続けていた。

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