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愛を拒み続けた病弱令嬢が最期に見たのは、孤独ではなく涙と優しさでした  作者: ぱる子


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第7話 偶然知る病の真相②

 だが、無意識のうちに扉に手が触れてしまい、わずかながら(きし)む音がする。すぐに気づいて手を離したが、中のクレイグと伯爵夫人が「今の音は……」と警戒する声が聞こえてきた。アルベルトは慌てて向かいの廊下を走り出し、角を曲がる。誰にも見られない場所まで逃れたところで、ようやく壁にもたれかかった。


「そういうこと、だったのか……」


 深い呼吸をしても、胸の奥の圧迫感は消えていかない。リリアーナが死を間近に感じながら、あえてあれほどの悪名を背負い込んでいる。そうと分かれば、彼女が言っていた「婚約を解消してほしい」という言葉は、どれほどの覚悟で放たれたのだろうか。その裏にある恐怖や悲しみを想像すると、アルベルトは言いようのない慟哭に駆られた。


 彼女が最終的に誰にも惜しまれずに逝く道を選んでいるのだとしたら、それは一体どうしてなのか。自分が力になれば、あるいは治療に協力すれば、助かる見込みはないのだろうか。いや、仮に助からないにしても、最後まで(そば)にいて支えることだってできるはずだ。それが、最初から拒絶されている。自分の気持ちを見透かしたように、彼女はすべてを突き放す態度をとっていた。


「死を覚悟した彼女を、このまま放っておけるわけがない」


 アルベルトの中に、何かがはっきりと形を成す。彼女の病が本当に重篤だとしても、自分まで遠ざけられてしまえば、リリアーナは孤独を抱えたまま生き続けることになる。それは彼がもっとも望まない未来だ。たとえ彼女が拒んでも、自分の手で救い出す道を探さなくてはならない。


 過去の少ない思い出を頼りに、彼女が抱いていた優しさを覚えている。だからこそ、今の過激な振る舞いが虚勢だと知った以上、見過ごすことなどできない。アルベルトは(ふる)える息を吐きながらも、目を閉じて心を落ち着かせようとした。


「リリアーナ……待っていてくれ」


 大きく息を吸い、吐く。乱れた鼓動はまだ治まらないが、少しだけ冷静になる。いつまでも動揺している場合ではない。今こそ、彼女が隠そうとしている真実にしっかり向き合い、支えになると決めるべきときだ。そう決意したアルベルトは、瞳に強い光を宿して再び歩き出す。


 王宮の廊下を急ぎ足で進むうち、アルベルトの頭にはいくつかの考えが浮かんだ。彼女の病状についてさらに詳しい情報を得るにはどうしたらいいのか。あるいは家同士の話をどう動かすのが得策なのか。公にすればスキャンダルとして大きく広まる恐れがあるし、リリアーナの望む静かな最期とは真逆の結果になるかもしれない。だからこそ、まずは自分ひとりがしっかりと事実を把握し、彼女を説得する糸口を掴まなければならない。


「もう一度、あの主治医に直接話を聞くべきか……。いや、しかし伯爵家の内情を勝手に探るのは気が引ける」


 迷いつつも、アルベルトの足は止まらない。自分だけが動揺しているうちに、リリアーナの体調がもっと悪化すれば、取り返しがつかなくなる。彼女が余命いくばくもないと知ってしまった以上、彼女の死を指をくわえて見送ることなどできないのだ。


「今度こそ、本音を聞かせてもらう。僕は、もう何も知らなかった頃の僕じゃない」


 リリアーナの態度に傷ついていただけの自分から脱却する。もし彼女が再び冷酷な言葉で突き放してきても、その裏にある怖れや苦しみに寄り添う。どんなに彼女が拒んでも、抱きしめてやりたい――それはまるで自分でも驚くほどの強い欲求だった。


 まだ具体的な手段はない。だが、リリアーナの死を望む者などこの世にいるはずがない。彼女が独りで消えようとしているなら、それを止めるのが自分の役目だとアルベルトは確信した。愛情か責任か、その境目すら曖昧なほど、胸の内には燃え上がるものがある。間違いなく、アルベルトはこれまでの自分を捨て去る覚悟を固めていた。


 そうして、彼は王宮の外へ向かう大理石の回廊を駆け下りる。差し込む光が(まぶ)しく映えるほど晴れわたった空の下、アルベルトの表情はかつてないほど険しく、同時にある決意の色が見え隠れしていた。今ここで行動しなければ、後悔しても取り返しのつかない未来がやって来る。リリアーナが命を削りながら孤独な舞台を演じ切る前に、彼女をその檻から救い出す――それが、アルベルトにとっての新たな使命となった。


 まだ彼女に直接会える機会があるのかは分からない。なにしろ当のリリアーナは、先日の衝突で明確に婚約破棄を望んだ。だが、だからこそ放っておくわけにはいかない。アルベルトは激しく鼓動する胸を抑えつつ、きっと彼女の元へ足を運ぶだろう。王都の噂がどうなろうと、自分は彼女を切り捨てるわけにはいかない。


「リリアーナ……お前を、一人にはしない」


 風に流される小さな(つぶや)きは、誰の耳にも届かない。だが、アルベルトの胸に宿った強い想いは、もう後戻りすることなく動き始めている。リリアーナがわざと築いた冷たく高い壁を崩すために、彼はあらゆる手段を探ってゆくだろう。もはや戸惑いだけだった先日までの彼は、ここにはいないのだ。


 こうして、リリアーナが隠そうとしていた病の事実を偶然知ったアルベルトは、雷に打たれたような衝撃を受けつつも、行動を起こすための決意を固め始めた。二人を取り巻く状況は依然として厳しいが、この一歩が、彼らの運命を大きく変えていくきっかけとなることは間違いない。

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