天使の憂鬱
紗央里さんは猪突猛進
「ねえ酷いと思わない?」
デートをドタキャンされた私は親友の内藤栞里に怒りをぶつける。
せっかく楽しみにしてたレストランのランチコースだったのに、前日になって突然行けなくなったなんてあんまりだ。
「まあ酷いとは思うけど、向こうもそれなりに事情があったんだし…」
「それでもよ!」
一応私の肩を持ってくれるが、栞里の歯切れは悪い。
それは構わない、一緒になって悪口を言われたら、それはそれで嫌なんだけど。
「でも山里さんだって娘さんに会う為でしょ?
父親として断れないよ」
「…うん」
確かにその通りだ。
私の恋人、山里政志さんは離婚歴がある。
親権を取られた娘さんとの面会は大切なものだと、頭では理解している。
「それにしてもよ、急に面会して欲しいなんて言ってくる元奥さんも、どうかしてるよ!」
「それは…そうよね」
「でしょ?」
政志さんの元妻は5年前、勤めていた会社の上司と浮気をした挙げ句、その男と再婚した。
責任を取ったと言えば聞こえが良いが、所詮は不倫じゃないか。
「でも事情を踏まえた上で、山里さんが好きなんでしょ?」
「それは、まあ認める」
政志さんに離婚歴や、子供が居た事は最初から知っていた。
なぜなら政志さんを紹介してくれたのは、他でもない栞里の旦那さんだから。
「なら受け入れるしかないじゃない」
「うん…」
頭では分かっているが、どうしても感情が抑えられない。
この先付き合って、いずれ結婚となった時、また今回のような出来事が起こったら我慢が出来るだろうか。
「紗央里、山里さんはいい人よ」
「そうだね」
「旦那はいつも言ってる。
『でも政志は人が良すぎる、だから疑う事が苦手なんだ』って」
「そうね」
本当にそう。
いくら収入や社会的立場があろうと、悪意のある人間からすれば、政志さんの性格は格好の餌食になってしまうに違いない。
「だから紗央里を紹介したんだから」
「それって、どういう意味?」
「あなたは自分で見極めてから、よく考えて行動するでしょ、決して表向きだけで判断しない人間よ」
「ま…まあそうかな」
それって褒めてるのかな?
単に疑り深くて、悪意に敏感なだけなんだけど。
「そんな紗央里が山里さんと付き合っていいと決めたんだから、彼を信じなさい」
「…分かったわ」
言われなくてもそうする、ただ今は愚痴りたいの。
「こうして予約したレストランに誰かと行って来たらって、言うくらいに」
「そうだよね」
レストランの料金は政志さんが事前に払っていた。
キャンセルは勿体ないからと言われて、栞里を誘ったんだけど先に言われたら釈然としないな。
「それより紗央里も27歳でしょ、そろそろじゃない?」
「そろそろか…」
それはプロポーズの事。
交際してもう3年、もちろんされたらOKするつもり。
私の親にも政志さんを紹介している。
3年前付き合う事が決まった時、政志さんが私の両親に過去の離婚歴や、子供が居る事を説明した。
難色を示されるのではと心配したけど、仕事が出来て人柄も温厚な政志さんを両親は気に入ってくれて反対されなかった。
「今日はごちそうさま」
「ううん急にごめんなさい」
食事が終わり、私達は席を立つ。
時刻は午後3時、まだ少し時間は早いけど今日はここでお開き。
「いいのよ、こっちこそお土産まで貰っちゃって」
「それくらいさせてよ」
栞里には3歳の息子さんが居る。
せっかくの日曜なのに、旦那さんが子供を見てるので、そのお詫び。
「さてと…」
これから何をしようかな?
せっかくオシャレして外出したんだし、このまま家に帰るのは勿体ない。
「そうだ」
最近出来たショッピングモールに行こう。
そこには私の好きな服のショップが入っている。
電車に揺られる事30分、駅から直結したショッピングモールに到着した。
当然だが来るのは初めて、新しい場所って何だかドキドキする。
「やっぱり凄い人ね」
予想より大勢の人達で中はごった返している。
ショッピングより先にお茶でもしようかと思っていたが、それは無理そう。
「うん?」
喫茶店の列に並ぶ1組の親子連れが目に飛び込む。
笑顔でお父さんが娘の手を握る光景は微笑ましいが、その男性は…
「政…山里さん?」
「紗央…井野瀬さん、どうして?」
やっぱり政志さんだ、という事はこの子って。
「ほらご挨拶は?」
「…川島美愛です」
「ご丁寧に…井野瀬紗央里と申します」
政志さんに促され、ちょこんと頭を下げる女の子。
なんて可愛らしいんだ、見惚れてしまいそうになった。
「それで…井野瀬さんはどうしてここに?」
「食事が終わって、まだ時間がありましたから」
「そうだったんですか」
納得してくれたみたいね、今日のレストランは栞里と行くのを伝えていたから。
「お姉ちゃんは、お父さんの知り合いなの?」
「そうよ」
屈んで、美愛ちゃんに視線を合わせる。
本当に可愛らしい女の子ね、政志さんとそっくり。
「お姉ちゃんも一緒に行こ」
「一緒にってどこに行くの?」
「ここでケーキを食べるの!」
「いいの?」
そういう事か。
でもせっかく親子水入らずなのに、邪魔しちゃ悪い。
「おい美愛…」
「いいでしょ?
お父さんの事もっと知りたいんだもん」
政志さん困った顔してる、私に気を使わなくても良いよ。
「そうしましょ」
「お姉ちゃん本当?」
「私も美愛ちゃんと、もっとお話ししたいな」
「やった!」
弾ける笑顔、天使がここに居るよ!
「すみません…」
「良いですって」
気を抜いたら政志さんって言いそうになる。
一旦列を離れ、私達は最後尾に並び直す。
普段なら退屈な待ち時間も、全く気にならない。
これは美愛ちゃんのおかげね。
「美愛ちゃん算数が得意なんだ」
「うん、いつも百点なんだ」
「凄いね!」
楽しいお喋りに気持ちが昂ぶってしまいそう、政志さんは静かに笑いながら見ている。
ごめんね、こんな天使と会うのを私は嫌がっていたなんて。
「あー楽しかった!」
「そうね、お姉ちゃんもたくさんお話し出来て嬉しかったわ」
ケーキを食べ終え、今日はここまで。
また美愛ちゃんに会えるかな?
「あの井野瀬さん」
席を立ちかけた時、政志さんが私を呼んだ。
「なんでしょう?」
「よかったらこの後、美愛の服を選んで貰えませんか?」
「私がですか?」
「すみません、男親ってこういうのに疎いもんで」
申し訳なさそうにしないの、これは追加のご褒美だよ!
「美愛ちゃんいいかな?」
「ありがとう!」
やっぱり天使だ。
喫茶店を出て、少し歩いた子供服のショップに入る。
あの店はちょっと有名なブランド、デザインも可愛いいから美愛ちゃんなら似合うに違いない。
「二人で楽しんで来て」
「分かった!」
政志さんは店の外で待機。
そんな気を使わないで良いのに。
「これと、これ、後は…」
目につく服を次々店員に預ける、試着が楽しみで仕方ないわ。
「お姉ちゃん…ちょっと待って」
「遠慮しないで、支払いならお姉ちゃんに任せなさい!」
普段全く無駄遣いしないから、こういう時に使わないと。
「…うん」
どうしたんだろ、なんだか美愛ちゃんの元気が無いみたい。
「もしかして、この服は気に入らない?」
だとしたらマズイ。
自分の趣味を押し付けるなんて、子供であってもやってはいけない事だ。
「そうじゃないよ…」
美愛ちゃんはフルフルと首を振った。
「あんまり買って貰ったらママが…」
「ママが?」
美愛ちゃんの母親がなんだって言うの?
急に美愛ちゃんを政志さんに押し付けといて、文句があるのかしら。
「…なんでもないの忘れて」
「そう…なんだ」
これは何かあるな、私のセンサーがビビっと来た。
「それじゃ今から買う服はお姉ちゃんが預かっといてあげる」
「え?」
「それなら美愛ちゃんママも大丈夫でしょ?
次にお姉ちゃんと会う時、持って来てあげる。
その時に着ようね」
「本当に?」
「もちろんよ、これはお姉ちゃんとの内緒!」
「うん内緒!!」
子供って秘密が大好き。
でも大概自分から話ちゃうけど、美愛ちゃんなら問題ない。
「お待たせしました」
試着と会計を済ませ、店外で待っていた政志さんを呼ぶ。
さて、どう伝えようか?
「もう買ったの、支払いは?」
やっぱり聞くよね、さてと…
「お父さん内緒!」
「内緒?」
「美愛ちゃん…」
それじゃ内緒にならないよ。
「そっか内緒か、うん分かった」
「はい?」
それで良いんだろうか。
「大丈夫です紗央里さん、後で聞きますから」
「…分かりました」
そっと耳元で囁く政志さん。
どうやら美愛ちゃんの異変に気づいているようね。
「それじゃまたね!」
「うんお姉ちゃんバイバイ!」
美愛ちゃんとここでお別れ。
これから政志さんは、美愛ちゃんを元妻の居る待ち合わせ場所へ連れて行く。
「内緒か…」
あの感じ、気の所為じゃない。
小学校3年にしては小柄な美愛ちゃん。
色々なパーツが組み合わさっていく、それは1人の女の子が抱えるには悲し過ぎる現実。
「先ずは政志さんとね」
しっかり情報を共有しなければならない。
こうして激動の1日が終わり、新たな戦いが始まった。




