生成AI詐欺
「依頼したデザイナーさんが盗作問題で困っているらしいのよ」
その相談内容を聞くと凛子ちゃんは目を丸くして私を見た。彼女の名前は鈴谷凛子。アパートのお隣さんだ。彼女は大学生なのだけど、妙に勘が鋭くて悩み事を簡単に解決してくれたりする。
私が手土産で持って来たちょっと高めのレアチーズケーキを眺めると、彼女は「このケーキはそういう事ですか」などと言った。まぁ、そういう事なのだけど。
「でも、そんな話で期待されても困りますよ。私は法律の専門家でも何でもないのですから」
彼女の呆れたような顔を見て、私は大袈裟に顔の前で手を振ってそれを否定した。
「普通の盗作だったら、そりゃ、私も凛子ちゃんには話さないわよ。普通じゃない盗作だからこうして来ているのじゃない。現代の法律ではやり難いのよ」
凛子ちゃんは私の訴えに首を傾げた。
「普通じゃない盗作って何ですか?」
ちょっと可愛い表情だ。とか思っている場合でもない。私はこうそれに返した。
「その盗作、AIによる盗作なのよ」
「AI?」
凛子ちゃんは今度は困惑した顔を見せた。それを見て私は思う。流石に無茶振りだったかもしれない。
そのデザイナーさんから相談を受けたのは、ちょっとした商談の延長線みたいなもので、別に依頼だとかそういう事ではない。
「実は盗作されて困っているのですよ」
と、その人は言った。その人には新企画のポスターのデザインを頼んでいたのだけど、それはどうやら“だから似たような作品が出ても許してください”といったような意図での発言だったらしい。
「警察に相談すれば良いのじゃないですか?」
と、それを聞いて私は当たり前の事を言った。ところがその彼はそれにこう返すのだった。
「それが今の法律だと扱いが難しいらしくって」
――今の?
どういう事かと思っていると彼は続けた。
「その男は“AIが生成したものだから、自分は知らない”とそう主張しているのですよ」
「はー、AI」
なんでも現代の法律では、AIの生成物の著作権違反については判断が非常に難しいらしいのだ。まず、AIはブラックボックスで、どのような工程で作成されたのかが不明瞭だ。著作権違反の根拠の一つに“依拠性”というものがある。早い話が、その人の作品がなくても創作ができたかどうかが重要な判断基準になるのだ。しかしブラックボックスだから、それが証明できない。また、演算能力を高める為のデータの読み込みは、著作権違反にならない事になっている。もちろん、だからと言って全てが許されている訳ではないのだが、それでも判断が難しくなってしまう。結果、警察は手出しがし難くなってしまっている。動いてくれないのだ。
彼はイラストも描く人で、その男は既に何作も彼と似たような作品を世に出しているのだという。同人という扱いだが、それでお金まで稼いでいるらしい。
「いや、困っているのは分かりますけど、それって弁護士に相談した方が良くありませんか?」
私の説明を聞くと凛子ちゃんはそう言った。
まぁ、そうだろうな、とは思いつつ私は応える。
「でも、それだと費用がかかっちゃうでしょう? 凛子ちゃんに相談して何か解決のヒントが得られるのならそれが一番だと思って」
そう言うと、迷惑だと言わんばかりに彼女は大きく眉をへの字に曲げた。
ただ、それから少し考えると、「まず、本当にAIにデータとして著作物を読み込ませても著作権違反とならないのかを調べてみましょうか」と言ってノートパソコンで検索をかけてくれた。
何のかんのと言いながら、一応はやってくれるらしい。
しばらくパソコンのキーボードを叩くと彼女は言った。
「どうやら、著作物を持つ創作物をAIに意図的に読み込ませるのは、著作権違反になる可能性があるようですよ?」
「そうなの? でも、どうやってそれを証明したら良いのかしら?」
「それも載っていました。最大で30日間、生成AIを利用したログを残してあるのだそうです」
私はそれに頷いた。
「なるほど。それじゃ、運が良ければログが残っているかもしれないのね」
私はそれをデザイナーの彼に伝えてみる事にした。
それから数日後、デザイナーの彼が話してくれた。残念ながら、AIの運営会社に問い合わせた結果、そのような不正利用の証拠となるようなログは残っていなかったらしい。一応、相談してくれたのだからと私は凛子ちゃんにもそれを伝えた。
が、ところが彼女は少し考えると、何故かこのような事を言うのだった。
「綾さん。むしろ、それは朗報かもしれませんよ」
「――はい?」
私には意味が分からない。
「どうして著作権違反の証拠が残っていない事が朗報なのよ?」
「綾さんから相談を受けた後に考えたんです。本当にその人、AIを使っていたのでしょうかね?」
私はもう一度、「はい?」と言った。彼女は淡々と説明する。
「生成AIに著作権のある創作物を読み込ませると、著作権違反になる可能性があります。ですから、盗作をしたいと思っても、生成AIは利用できません。ログも残ってしまいますしね。
ならば、生成AIを使わないで盗作をすれば良い。そして、その上で“生成AIを使った”と嘘をつけば咎められずに盗作ができてしまえます。少なくとも依拠性は証明できなくなりますよ」
私は思わずそれに「なるほど」と返していた。
それは考え付かなかった。
「ありがとう、凛子ちゃん。言ってみるわ」
それから、私はその話をデザイナーに伝えてみた。すると盗作である事は結局証明できなかったが、それでもその後、その男が彼の作品を盗作する事はなくなったのだそうだ。
十中八九、黒だろう。凛子ちゃんの予想が正しかったのだ。
――こういう悪用の方法もあるとなると、早急にAIに関する法整備は整えた方が良いと、心から私はそう思った。