2 逆転したのは身長の要素だけじゃないよ
僕に気に入られたい女性はみんな背を大きく見せようとする。シークレットブーツは鉄板として、髪型を工夫したり、ちょっと背伸びしながら話しかけてきたり。
全部逆効果なんだけど、さすがに面と向かってそう言う勇気はない。脈なしと気づいたら気づいたでさらに背を高く見せようとしてくるから始末に負えない。
「永遠の氷河」の3人も僕からすると全く好みではないのだけれど、彼女たちは自分が気に入られるはずと信じてアピールしてくる。しつこいようだが本当に困っている。
一応3人の名誉のために言っておくが、「女性として」魅力を感じないだけであって、一個人としては3人ともすごく接しやすく、一緒にいて楽しい仲間であることは間違いない。でなければとっくに逃げ出してる。まあ、逃げ出さない理由は他にもあって、これがそのひとつ。
「おかえりなさい、『永遠の氷河』の皆さん」
ギルドの受付嬢、スーイちゃん。身長147センチ。笑顔がかわいいツインテール娘。スーイちゃんが僕の好みにストレートに刺さってる。好き。尊い。
「依頼完了の証拠がこれだ。精算してくれ」
アリョーシャが荷物入れから取り出した包みを受け取り、奥の鑑定スタッフに渡すスーイちゃん。好き。わさわさする。
「えーと、Sランクの依頼達成で、基本報酬が・・・」
ちっちゃな手で一生懸命に報酬を計算するスーイちゃん。好き。天使。
問題があるとすれば。
「ゆっくりでいいからね」
「ひ、ひゃい!あぶぶ・・・」
この世界でのめちゃモテ男である僕に話しかけられると、言語処理能力が崩壊するところ。
元の世界で言うとジャ〇ーズアイドルに話しかけられた女子高生みたいになる。好き。かわいい。
「落ち着いて、急がないからさ」
「あっぴゃい!わぐ・・・」
こんな具合なので、うかつに声もかけられない。それでもかけちゃうのは勿論パニクるところが見たいからなんだけど、このへんにしておかないと後が大変。前述のたとえ話で言うと、ジ〇ニーズアイドルに話しかけられた女子高生が、そのアイドルのファンからどう見られるかという問題。それも、そのクラスで一番のブスといわれる子だったら?
ほら、もう他の女性ギルド職員が冷たい目で見てる。なんであんな子が、という目だ。なんでったって、「永遠の氷河」の担当がスーイちゃんだから仕方ないのにさ。
ああ、さっきからなんで他人の身長がわかるのかというと、転生したときにスキルももらったからだ。スキル名は「測定」。どんなものでも見ただけで測定できる能力で、鍛えていくと「鑑定」スキルにランクアップするらしいけど今のところその気配はない。もちろん測定できるのは身長だけじゃない。体重もスリーサイズもみんな見ただけで見抜ける。
「休日受諾加算と・・・メンバー4人だから大人数控除はなくて・・・被保護人物管理料を足して・・・あ、迅速達成加算と、長期滞在加算・・・と!」
計算を終えて、清算書を勘定係に渡す。間違いがないかざっと確認して、現金が用意された。
「お待たせしました、今回の依頼報酬です。」
「うん、ありがとアル」
ホンファが受け取り、いつも通り僕に渡してくれる。あとでこの中からひとりひとりの取り分を抜いて、残りを生活費に充てることになっている。買い出しを担当数する僕が、パーティの金庫番でもあるわけだ。この信用は裏切れない、というのが逃げ出さない理由の2つ目。
「じゃあエイ、宿で待ってるから」
「うん、またあとで」
受け取った現金の大半は、そのままギルド内の別カウンターである預かり所に持っていく。正直無駄の多いシステムだと思うが、法律上こういう手続きにしないといけないことになっているらしいのだ。しかし、5日で庶民の年収に匹敵する収入を得た瞬間を見ると、「永遠の氷河」のすごさがわかる。
僕はその足で買い出しに向かう。今日から3日間、永遠の氷河は休暇だ。バックアップ担当の僕が一番忙しい日々。市場の店を見て回り、必要なものを抑えていく。
「アリョーシャは今日は一番飲むだろうから、肴になるものを多めに・・・」
もちろん、重くてかさばるが日持ちする酒類はみんなが出撃している間に買い揃えてある。慣れないうちは帰ってきてからまとめて買っていたので大変だった。
「ホンファは海老が好きだけど、今日はあるかな?」
新鮮なシーフードは毎日売られているわけではない。あったらその場で買わないと次はいつ仕入れられるかわからないのだ。冷蔵の魔法ぐらいあってもいいと思うんだけどな、この世界。
「ペオリアは・・・なんだっけ?」
ペオリアの好みは正直よくわからない。聞いたことのない食材ばかりだからだ。トイペイ入りのラグジェが食べたいといわれてわかる人いる?でも何だかんだで嫌いなものはないらしい。
おっと。3つ目の理由が接近中だ。いつものことなのでもう勘でわかるようになってきた。あと5秒、4秒・・・。
黒ツヤ塗りの馬車が、僕の横で止まった。さっきは勘と言ったけど実は理由がある。この馬車、相当重いので走行音が普通のとはまるで違うから近づいてくるとすぐわかる。
「エイ様、お買い物ですか?」
「ラシタラ様、こんばんは。お元気そうでうれしく思います」
馬鹿丁寧にあいさつするのも当然。ラシタラ男爵家のご令嬢、モチマー・ラシタラ様に声をかけていただいたのだから。
貴族様に無礼をはたらいたらその場で首が飛ぶこともあるらしいから、本当に気を付けないといけない。
モチマー嬢はわざわざ馬車を降りてくださった。その美しすぎるお姿を見た周囲の人々からため息が漏れる。
その巨体で馬車のステップがきしんでいる。身長205センチ、バスト150センチ、ウエスト130センチ、体重なんと185キロ。あえて言おう、四捨五入して5分の1トンと。1日に何度も乗り降りしているだろうによく割れないな。頑丈なステップくんに乾杯。
「また肥えられましたか?」
「はい、よく気づいていただけました」
この世界では女性は大きいほど美しいとされているというのはすでに述べたとおりだ。だが、上下だけでなく前後左右にも大きいほど美しいのである。とはいえ、太りやすい体質とそうでない体質というものがあり、大多数の女性はそれほど脂肪がつくことはない。一部の限られた特異体質の持ち主だけが肥えることができる。
モチマー嬢はその限られた特異体質であり、とんでもない巨体の持ち主として世界的に有名らしい。もちろん、美しいという意味で。早い話が、世界でもトップクラスの絶世の美女・・・とされている女性が今目の前にいるのだ。
念のために言っておくと、この世界では「太った?」は誉め言葉である。
「エイ様はお買い物の途中でしょうか?」
「はい、永遠の氷河のメンバーの食事を用意しないといけませんので」
「残念ですわ、せっかく偶然にもお会いできましたのにお食事にお誘いすることもできませんのね」
偶然なはずがない。馬車を近くで停めて、僕が通るのを待っていたはずだ。そのための監視役さんを町中に配置して。なんで知っているのかというと、そりゃいつも同じ人だから気づいて当然なのだが。
「まことに申し訳ありませんが」
そう、この絶世の美女は僕に惚れている。永遠の氷河を辞めて婿入りしないかとまではっきり言われたこともある。下級とはいえ貴族様が、出身地不明の平民に対してだ。へたくそなラノベでもここまで短絡的な設定はまずやらんだろう。だが、チッチャイコフスキーだから・・・これは無理物件。
「また今度お時間がありましたら、町の高台の散歩をご一緒してくださいましね」
「ええ、時間があれば是非とも」
もうわかるだろう。3つ目の理由は、下手にフリー宣言をするとこのお嬢様が遠慮なしにアタックしてくるからだ。今はお言葉でのアタックだが、フリー宣言後は物理的にアタックしてくるに違いない。間違いなく骨が折れる。貴族様で、世界中にお味方がいっぱいおられるのだから、どこに逃げても見つかるに決まってる。永遠の氷河なら、上級貴族からも依頼を受けることがあるほどの実力者揃いだから男爵家といえども無理にメンバーを引き抜けないのだ。
「名残惜しいですが、今日はこれにて失礼いたします」
「またお会いできる機会をお待ちしております」
その機会は遠いほど望ましい。モチマーお嬢様は馬車に乗り込むと、僕に手を振った。こちらはお辞儀で返す。馬が歩きだしたが、馬車が動き出す瞬間には力いっぱい踏ん張っているようだ。ステップ君もだけどお馬君たちも必死で頑張っている。
「ああ、なんとお美しいお方・・・」
周りの人たちがうっとりした様子でモチマー嬢を讃えている。
「おなかの肉の揺れ方、まさに芸術だったわ」
「声にも脂肪がつくと聞いたことがあるけど、本当だったんだな」
「頬肉の柔らかそうなことと言ったら」
「お嬢様の御手を見たか?まるで焼きたてのクリームパンのようだった」
どれも悪口ではない。誰もが本気で褒めているのだ。勘弁してくれ。