行く場所の話し合い
―8月に予定されていた修学旅行は緊急事態宣言のため再び延期。10月に。―
行けないのでは、という不安が学年全体に広がった。
再々延期が決まったその日、行動班で行く場所の話をしていた。一日目はクラスで奈良を回り、二日目はクラスのバスで移動した先で班行動、三日目はタクシーでホテルから班行動、という感じだ。
軽く一日目の予定を説明すると、行動班ごとに電車で東京駅まで移動して、そこから新幹線に乗る。新大阪で降り、バスに乗り換えて法隆寺に移動。そこで観光をする。次にバスで奈良公園に行き、鹿と戯れたり、東大寺を見たりする。その後京都方面へ行き、伏見稲荷大社の千本鳥居を見る。そしてホテルへ行き、夕食を食べたら近くのお寺で座禅体験をする。その後はお風呂に入ったり、寝たりする。
話を戻す。
二日目、A組は金閣寺→上賀茂神社→銀閣寺の順に廻る。ただ、そこの最寄りの駐車場にバスが止まるというだけで そこから歩けるならどこへ行ってもいい。(バスやその他公共交通機関は感染対策の観点から禁止されていた。)また、上賀茂神社は昼食も兼ねているので あまり遠くに行くこともできない。
また、三日目は朝から貸切タクシーで班行動ができる。車で行ける範囲はかなり広いので 無理に二日目に歩いて行かなくても三日目に回せれば問題はない。
二日目最初の金閣寺だが、金閣寺が混むことは想像できる。近くにほかの見どころがないか探した。すると班長の柳田が「ここ良いんじゃない?」とクロームブックの画面をみんなに見せた。ぐるぐるマップのピンが刺さっている場所には「龍安寺」とあった。金閣寺から歩いて20分弱。詳しく知らなかったが、隣の杉浦が「どこから見ても全ての石を見ることができない、みたいなとこだっけ」と聞く。聞いたことはある気がした。そこなのかどうかは知らないけど。磯川さんが「いいんじゃない?」と言うとほかのみんなも頷いた。「じゃあ、最初行く所は龍安寺にするね。」先生に提出する用の紙に柳田が龍安寺と書く。「でも金閣寺も行きたいよね」今日初めて桜野の声を聞いた。柳田は「じゃあ、三日目に金閣寺行くことにする?」と言った。「いったん保留にしておいて、二日目行くとこ決まったら三日目のことも話し合おう」杉浦がそう提案すると、みんな「そうだね」と頷いた。
次の上賀茂神社は飲食店を探した。昼食を食べた後に時間があれば上賀茂神社も見てみることにした。ぐるぐるマップで「飲食店」と入力すると とても多くの飲食店が見つかった。その中にはコンビニやチェーン店も含まれていた。僕が冗談で「コンビニのおにぎり一個とかでもいいんじゃない?」と言うと 桜野が「もしどこも開いてなかったらそれもありかもね」と真面目に答えた。いろいろ探し、話し合った結果、今井〇堂にすることに決まった。評判がすごく良く、地元の食堂という感じで雰囲気も良さそうだった。
最後の銀閣寺。銀閣寺が混むことは想像がついているので、近くの見どころを探す。しかし、近くには見どころと言うほどの見どころがない。とりあえずぐるぐるマップのアイコンを片っ端から見てみることにした。お寺や神社がたくさんあり、しかし、なかなか良いところがない。東の方に滝があるのを見つけたが、山の中すぎて ほぼ登山をするようなことになってしまう。そんな時に磯川さんが「ここ奇麗じゃない?」と画面を指しながら言った。禅林寺。南禅寺の少し北に行ったあたり、銀閣寺から歩いて20分ほど。紅や黄、橙の木々が建物を包み込み、とても幻想的だった。しかも行く日はちょうど紅葉シーズンだろう。三個目の目的地は禅林寺に決まった。
三日目、行く場所の範囲が広すぎるので、京都で行くならどこがいいか、とりあえず言ってみてその中で決めることにした。金閣寺、京都タワー、京都鉄道博物館、京都市動物園、平等院鳳凰堂、清水寺、石清水八幡宮…みんなが一通り言い終わったところで柳田がメモを机の真ん中に置いた。僕が言ったのは 鉄道博物館と京都タワー。正直、鉄道博物館はネタで、行くなら一人で行ってゆっくり楽しみたい。なのに桜野は「鉄道いいんじゃない?なんか楽しそうだし。」とやたら推してくる。「いや、俺は楽しいかもしれないけど、みんなは楽しくないでしょ。」と 言った本人の僕は反論した。自分から言い出したのに何してるんだか、こういうのが自分らしいのかもしれないけど。しかし「青柳君が楽しいなら良いんじゃない?」とまた推してくる。「俺だけが楽しむんだったら個人的にまた来ればいいだけだから。」と言い、なんとか候補から外した。最初から言わなきゃよかった、そう後悔した。
なんだかんだで平等院鳳凰堂、清水寺、金閣寺、京都タワーに決定した。ひとつ心配なことで言えば平等院鳳凰堂がまあまあ距離があること。遠いと時間が読めないので、もしかしたらどこか寄れないことになるかもしれない。優先順位を決めることにした……が、決まらなかった。京都タワーは行かなくてもいいか、それくらいにしか話が進まなかった。鳳凰堂、清水、金閣。どれも必ず行っておきたい、そんなところだ。仕方ないので柳田はとりあえず鳳凰堂、清水、金閣、タワーの順に優先順位を決めた。
「鉄道博物館、本当に良かったの?」机をもとの向きに戻していると桜野が話しかけてきた。「だって俺だけのための修学旅行ではないじゃん?」と言うと 桜野はまあそうだけどと頷きながら「でも後で個人的に行くって言ってたよね?」と聞いてきた。自分の席に戻りながら「行ければ、の話だけど」と答える。「じゃあ、その時ついて行ってもいい?」え、なんで。とは言えなかった。自分の席に座ると桜野は僕の机に腰かけて「ダメなの?」と聞いてきた。さっきまで下にあった桜野の顔が 今は見上げる位置にある。「ダメじゃないけど、桜野さんって鉄道好きだっけ?」少し下、机の上にある桜野の手を見ながら聞く。白くきれいな手だった。バスケ部のわりに小さいような気もした。「好きなわけじゃないけど、なんか面白そうじゃん。」そう答えると桜野は机から降り、じゃあね と手を振り 磯川さんの方へ行ってしまった。
ここまで長く桜野と二人だけで話したのは、初めてだったかもしれない。今まで長く話す機会はなかったし、桜野があんなに楽しそうに僕と話したこともなかった。心の中で矛盾が生じる。嫌いなはずなのに、なぜ話しかけてきたのか。好きでもないはずの鉄道を、なぜ推したのか。答えなんてわかるはずが、なかった。
今回もお読みいただきありがとうございます。
後書きはあまり長くならないようにしたいと思うので、次回くらいからできるだけ短くすると思います。
良ければ次回もよろしくお願いします。