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傷跡  作者: 波音みさ
2/2

Episode2「れん」

「なみ」の言葉を受け取った「れん」の話です。

「あの子無愛想だよね」

そんな声が今日も聞こえてきた。女子から言われるのはもう慣れている。明るく話しかけてきてくれても、僕は女子と親しくなることはなるべく避けたいと思っている。異性と絡むというのは何かとトラブルを起こしやすいからだ。



女は皆一緒だ。気がある異性とうまくいかなければ別の異性を頼る。僕の心を弄んでおいて、その気にさせて、結局僕は誰の1番にもなれない。

「れん、昨日も電話くれてありがとう」

「ゆい」の声だ。

「うん、元気そうで良かったよ」

僕は軽く返事をして、朝から教室でいつものように読書を始める。

「ゆいいる?」

3年生の「はるき」先輩が教室のドアを開けた。ゆいの彼氏だ。大学受験を前に、はるき先輩は忙しく、女子と勉強会をすることも多いようだ。ゆいを泣かせているのに、僕に見せつけてくるようにゆいを連れいく。ゆいが電話で発する言葉は

「れんみたいな一途な人が彼氏ならいいのに」

「別れようか迷ってる」

そんな内容ばかりだ。早く別れてしまえばどんなに良いだろう。そんなことを何度も考えていた僕の性格は褒められたものではない。でも僕がもし彼氏なら、他の人と話さなくても良いように、辛いときはそばにいるのに。



大学に進学して1週間が経った。今日は初めてのバイトの日だ。地元の群馬県から埼玉県に進学した僕は、大学からも、住んでいるアパートからも近い川口駅周辺の居酒屋でバイトをすることにした。女性もいるだろうが、時給の魅力には勝てない。男性と早く仲良くなってしまおうと考えていた。

「よろしくお願いします」

従業員に軽く挨拶をして周り、仕事を教えてもらい、特に問題もなく1日を終えた。客もいなくなり、締め作業をしていると、タバコを1本吸っている「なみ」さんが僕に話しかけてきた。

「れんくん、だよね、何歳なの?」

タバコを吸いながらなみさんは聞いてきた。

「大学1年で、今年19の歳です」

僕は目も合わせずにそう返した。

「そっか、20歳過ぎるとホールは楽しいよ」

そう笑顔で返してきたが、僕はそれ以上話を広げたくないので、

「そうですか、頑張ります、お疲れ様でした」

と、早口に伝えて店を出た。



高校1年生の頃、同じクラスのゆいには、2つ年上の彼氏がいた。ゆいはほぼ毎日僕に電話をしてきて彼氏のはるき先輩の愚痴を言っていた。その度に僕に思わせぶりな言葉を言ってくるが、はるき先輩との関係は続いていき、はるき先輩が卒業を迎える頃になると、ゆいは少し暗そうに見えた。

「ゆい、大丈夫?」

教室で1人ため息をついているゆいに話しかけると、

「れん、ゆいは彼氏いるんだからやめてあげなよ」

教室にいた女子達が、ゆいと僕に近づいてきた。

「さすがにしつこいし、はるき先輩にも迷惑だよ」

女子達は口々に言うが、僕は理解ができなかった。

「れん、ゆいのストーカーらしいよね」

そんな声が聞こえた。電話を誘ってくるのはいつもゆいなのに、僕はいつの間にかゆいのストーカー扱いをされていた。

「ゆいも怖いって言ってたよ」

その言葉が聞こえたとき、僕はゆいの方を見たが、ゆいは目を合わせようともせず、無言で俯いていた。

「そんなつもりはなかったんだ、ごめんね」

僕は早口に謝罪をして、その場から立ち去った。そして放課後、ゆいの連絡先を消した。その後、他のクラスメイトに聞いた話は、僕がゆいに好意を持って近づいていることを、ゆいが怖がっていて、他の男子生徒やはるき先輩に相談をしていたというものだった。僕は、はるき先輩が嫉妬してゆいに愛を伝える為の道具だったのだろう。そんな結論を自分で出し、冷ややかな目つきの残る中、僕は2年生に進級した。



大学もバイトも慣れてきたが、女子と話すことはほぼなかった。友達ができるのは早かったが、女子のいる飲み会や遊びに誘われても断ってしまっていた。いつしか周りの友達には彼女ができていったが、遊ぶ時間が減る以外寂しいとは思わなかった。

「れんも彼女つくりなよ」

そんな言葉をよく言われていたが、僕は彼女が欲しいとは思わなかった。友達の彼女達だって、裏で何をしているか分からない。そんなことを考えながらバイト先へ向かっていると

「れんくん、今からバイト先?私も行くから一緒に行こうよ」

と、なみさんに話しかけられた。

「コンビニ寄っていくので大丈夫です」

僕はいつも通り目も合わせずに早口に答えた。

「じゃぁ、私も行く、先輩が飲み物くらいなら買ってあげるよ、いつもコーヒー飲んでるでしょ」

よく見ているなと思ったが、断ろうとしたとき、なみさんが笑顔でこちらを見ている。

「ありがとうございます」

瞬間的に出てしまったが、言ってしまったものは仕方がない。なみさんとコンビニへ寄った。なみさんが僕が飲んでいるいつものコーヒーと、黄色い箱のタバコを買っている。

「ごちそうさまです」

そう言って、なみさんと何気ない会話を続けながらバイト先へ向かった。なみさんと会話をしているとき、不思議と悪い気はしなかった。

「もう夏になるのに、長袖暑くないの?」

と言われたときはどきっとしたが、寒がりだと話を流しておいた。なみさんは僕がどんなに無愛想にしても明るく話しかけてきてくれる。それなら僕も、笑顔で返すべきだろうか。だがトラブルが起きるのは避けたいので、僕は複雑な気持ちになっていた。



明日から高校2年生になる。部活動にも所属していなかったせいか、久しぶりに学校へ行くことが僕を不安にさせていく。洗面台の鏡の前で呼吸を整え、一瞬のうちに左手首に新しい傷を増やした。僕の通う高校は、夏服でも薄い長袖を着て登校が出来る。でも、僕が人の腕なんてまじまじと見たことがないのと同じで、僕の腕を凝視する人なんて滅多にいないであろう。だから体育の授業も大丈夫だ。そう自分を落ち着かせ、自室のベッドに沈み込み、眠りについた。学校へ行くと、ゆいとは別のクラスだった。それから僕は、冷ややかな視線や発言が聞こえるたびに左手首に傷を増やし、ほとんど女子としゃべることなく卒業まで過ごした。



久しぶりに大学もバイトもない日。僕は予定もなしに新宿に来ていた。もう秋服が売られている。道も分からずに歩いていると、視界に広がるのは女性物の服しかない。戻ろうとしたが、1つの店に目が止まった。周りのチカチカした店とは違い、大人っぽい雰囲気の店だ。店の前で立ち止まっていると、店員に話しかけられた。

「彼女へのプレゼントですか?」

僕に彼女はいないが

「いえ、きれいなお店だったので」

と、口から出てしまっていた。周りの機嫌を伺うようになってしまったのはいつからだろう。

「プレゼントに人気なんですよ、白は汚れやすいという欠点で、自分で買うよりもプレゼントでもらうほうが喜ばれます」

プレゼントだとは言っていないのに、店員は言葉を続けた。

「まだ気持ちを伝えてないなら、褒めるとこからアピールしましょう」

若めの店員がそう言ってくるが、なんてお節介なんだろう。でもなみさんにまだコーヒーのお礼もできていないと思い

「もし、彼女をデートに誘えたら、一緒にここへ来てもいいですか」

自分でも何を言っているのか分からないが、店員は

「その日まで待ってますね」

と、笑顔で答えてくれた。軽い口約束だろうと思ったが、僕はこの日から、自分からなみさんに話しかけるようになった。避けてきたはずの女子との会話が、なみさんとなら徐々にだが出来るようになっていった。いつの間にか僕は、ゆいのことを思い出さなくなり、女子のいる飲み会でも参加できるようになった。



「れんは、気になる人くらいいないの?」

3限の終わりに昼食を取りながら「じゅん」が聞いてきた。

「んー、女子は苦手なんだけど、話せるっていうか、男っぽいわけじゃないんだけど、話したいっていうか」

僕の答えは曖昧だった。

「同じ高校?」

じゅんの言葉に左腕に一瞬刺激が走った気がしたが、少し間をあけ

「バイト先だよ」

と返した。

「いいかんじなの?」

と、じゅんに聞かれた。じゅんには僕の焦りは伝わっていないようだ。

「その人、皆に優しいって感じなんだけど、女子と話さない僕にもよく話しかけてくれて、でも、最近はたくさんかわいいですねって言えるようになったよ」

僕は変な嘘をつくこともなく、じゅんに正直に言ってみた。

「デート誘えばいいじゃん」

なんて軽く言ってくるんだろう。

「でも、なんて誘ってどこに行けば良いんだろう」

女子とデートなんてしたことがなかった僕は、じゅんにほとんどのプランを考えてもらい、その中にそっと、あの服屋を忍ばせてなみさんを誘った。意外と返事は良かったものだったので、なにか困ったらじゅんに連絡しようと思った。眠りにつこうとしたとき、一瞬ゆいの顔が浮かんだ。もし、なみさんがゆいのようなら、また傷を増やして黙って引こうと思った。傷を埋める方法は、僕が1番分かっているのだから。



デート当日、僕はいつもより早起きをして、前日じゅんと会議した通りのプランを頭に入れていた。待ち合わせ場所は、川口駅。すると、長袖ではあるが薄着のなみさんが現れた。寒そうだが、女子のおしゃれというのはこういうものなのだろうか。

「お待たせ」

と、なみさんに声をかけられた。休日にバイト先以外でなみさんを初めて見たのと、来てくれた嬉しさで一瞬固まってしまった。なみさんが気に入った服があればと思ったが、今日はコートをプレゼントしよう。僕はなみさんと改札を通り、埼京線で池袋駅へ行き、山手線に乗り換え、新宿駅へと向かった。車内での会話は他愛のないものだが、会話が続いているのは、なみさんが話し上手だからなのか、僕がいつもより格好つけようとしているのかは分からない。だが、沈黙が生まれるよりずっと良いだろう。新宿駅内、僕は目的の服屋に着いた。



「なみさんに、これ勧めようと思って連れてきちゃったんです、ここの店」

そう言って僕は、端にある白いコートを手にとってなみさんに見せた。勧めようとしたとは言ったが、僕は店員さんの白が喜ばれるという言葉だけで選んでしまったが、そういったほうが格好がつくだろう。なみさんは嫌な顔をしないで

「ありがとう、これにするね」

と言って笑顔を見せてくれた。

「なみさん、かわいいですよ」

いつも通りの言葉かもしれないが、僕はプレゼントしたものを使ってもらえるということが嬉しかったのと、白が似合うなみさんを見て本気で思ったことを伝えた。



最後はみなとみらいだ。観覧車の頂上で告白しよう。僕は前日に考えた、好きになった理由や、なみさんの好きなところを頭の中で思い浮かべていた。緊張で顔が強ばるのは避けたいので、なみさんとの会話をとりあえず続けた。

「なみさん、彼氏いないなら、僕と付き合ってくれませんか」

観覧車が頂上へ来たとき、僕はそう言ったが、昨日考えていた理由や良さというものが何も出てこなかった。なみさんは僕から目を逸らしてしまった。

「すみません、急ですよね、ゆっくり考えてください、待ってますから」

続けて出た言葉は早口になってしまったが、僕は気まずくならないようにいつも通りに振る舞った。心臓が握られるような感覚。言わなければ良かったと少し後悔した。僕はなみさんとバイト先へ向かい、いつも通りに業務を終わらせた。



「抱いて」

そんな言葉を好意のある異性に言われたら、男なら誰でも舞い上がってしまうだろう。でも僕は、泣いている女性は苦手だ。バイト終わり、僕は泣いているなみさんと一緒に、なみさんの住むアパートの1室にいた。僕とのデートの後に、どうして泣いているのだろう。僕は何かなみさんの触れては行けないものに触れてしまったのだろうか。そんな不安の中、僕は冷静を装う。

「なみさん、僕も男ですけど、感情にまかせてそんなこと言っちゃだめです、今日は、話聞きますから」

僕はそんなことを言ったが、何と返すのが正解か分からなかった。ふいにゆいの顔が思い浮かんできた。

「飲み物買ってくるんで、待っててください」

そう言って逃げるように外へ出た。なみさんは、ゆいと同じなのかな。左腕が痛むような気がしたが、僕はすぐになみさんのところへ戻った。なみさんは感情的になって

「男は皆一緒だ」

と言った。抱かなかったのは正解だと思った。なみさんの話に出てくる「たつや」さんと違い、抱かないでいる僕が目の前にいても、なみさんにとって僕は響かない存在なのは悲しかったが、僕は一晩中なみさんの話を聞いていた。



なみさんの話を聞いた後、僕はなみさんにお礼を言って部屋を出た。なみさんは、僕がなみさんに好意があると分かっていても、好意のある男性の話をしていた。僕に気を遣う余裕は無かったのだろう。複雑な気持ちではあったが、なみさんはゆいとは違ったと思えて僕は嬉しかった。思わせ振りな言葉より、本音を言ってもらえた方が良いだろう。ゆいとのことがあってから、避けていた女子との会話ができたのも、好きになれる女性ができたのも、なみさんのおかげだった。なみさんを好きになってよかった。そう自己完結して、僕はその日から左腕に傷をつけることがなくなった。数日後、僕はなみさんに呼び出され告白の返事をもらえた。ゆいが悩んでいたようなことのないように頑張ろうと思えた。



「緊張してる?」

なみが僕に聞いてきた。

「なみの友達に、変なこと言わないか心配だよ」

初のダブルデートは、朝から気が気じゃない。僕以外全員2つ歳上なのもあってか、僕は失礼のないように常識人ぶろうと思った。

「お待たせ」

そう声をかけてきた女性は、なみの話によく出てくる「あきな」さんだ。

「あ、れんです」

と紹介され

「はじめまして」

と返した。その後あきなさんは

「はるきです」

と言って隣の男性を紹介した。

「はじめまして」

と、なみと僕に言ってきたが、僕にとってはるきさんは初対面ではなかった。驚愕した僕の顔を見て、3人が不思議そうに僕を見た。心臓が握られるような感覚と、左腕が痛む感覚で僕は動けなくなってしまった。動けない僕をはるき先輩は

「ちょっとまってて」

と言って、僕の手を引いてトイレへ連れて行った。



「ゆいと同じクラスだった」

その言葉が出たとき、僕は全身に寒気がした。

「あの、僕は人の彼女にちょっかいかけるような人だって、なみに思われたくないです。」

はるき先輩の言葉を遮ってしまった。

「ちょっとおちついてよ、あれはゆいが悪いのもあったし、なんかその時迷惑かけてごめんって」

はるき先輩に何かされたことはない。それどころか話したことはなかったが、はるき先輩にゆいから何か悪い話は伝わっているとは思っていた。

「なみちゃんにも言わないし、あきなにも、あんまり元カノの話したくないんだよ」

僕は、はるき先輩とようやく目を合わせられた。

「ゆいのことは、お互い内緒にして忘れよう」

僕は黙って頷いて、2人のところへ戻った。そこから1日、いつも通りを装って過ごしていったが、僕ははるき先輩とほとんど会話をしていない。解散後、なみを家まで送る途中

「れん、左腕、もう気付いてるよ」

と言われた。僕は頭が真っ白になっていた。



僕はなみの部屋でうずくまっていた。

「はるきさんと2人で何話してたの?」

なみの顔は真剣だった。はるき先輩と、ゆいのことは秘密だと話したが、左腕を見られてしまっている為下手な嘘はつけない。何か言い訳を考えようとしたが、頭はパニック状態だった。僕はなみに

「実は…」

と、ゆいの話をして、はるき先輩との会話も正直に話した。

「汚い腕でごめん」

そう呟いた僕に、なみはしばらく黙っていたが

「れんは、私の体は汚いと思う?」

と、静かに口を開いた。

「思わないよ」

僕は強めに答えた。

「同じだよ、れんの腕は汚くない、だから、もうしないで」

僕が黙っていると

「今度は私が受け入れる番だよ、れんが汚いなら、私は」

と、なみは続けたが、すぐに黙ってしまった。なみの言葉に良い反応が出来ない。ただ1つ分かったことは、今日なみと話さなかったら、僕の腕に傷が増えていたということだ。

「なみ」

僕はなみを抱き寄せて、初めてなみと体を重ねた。



初夜。浴室から出てきて髪を拭くなみに、僕は

「はるき先輩と話してみるよ、誤解されたままだと思うしね」

そう言うとなみは

「私も途中まで一緒に行く、そこからは2人で話して」

と言った。

僕はなみを抱き寄せて

「ありがとう」

と呟いた。



「行ってくるよ」

僕はなみの手を離し、池袋駅からすぐ近くの喫茶店に入った。はるき先輩はまだ来ていない。僕は店員に待ち合わせだと伝え、コーヒーを頼み心臓を押さえた。

「2人で話したいので会えませんか」

そんな連絡に応じてくれたのだから、会計は僕がもとう。

「お待たせ」

はるき先輩が現れ、僕の目の前に座った。

「ゆいのこと?」

はるき先輩は僕にそう聞いてきた。僕は頷いて

「僕は、ゆいのストーカーなんかじゃ」

ぼくがそう言いかけると

「分かってるよ」

と、はるき先輩が遮ってきた。そして

「ゆいは、家庭環境があんまりよくなかったんだ、俺も別れてから知ったんだけどね」

と続けてきた。僕が黙っていると

「親に愛されなかった分、きっと」

そう言ってはるき先輩は黙ってしまった。知らなかった。ゆいはいつも笑顔だったのに。

「僕も知らなかったです」

ゆいがどういうことをしてきたか、全てを打ち明ける気でいたが、僕はためらってしまった。

「当時のことは俺もムカついたけど、今ならゆいのことも理解してあげられるんだ、でも俺も、ゆいに悩んでること言えないような空気を出してたんだと思う」

まさき先輩は僕から目を離して言った。

「僕はずっと、ゆいのせいだって、あんなことがあって」

僕は言葉に詰まりながら涙が出てきてしまっていた。

「れんくんがしんどい思いしたのは分かってるんだよ、でも、ゆいは」

聞きたくなかった。一緒にゆいを悪者にしてはるき先輩とも、あきなさんとも良好になれると思っていた。

「ゆい」

僕は、ゆいのことを理解してあげようとも思わなかったのだろう。

「もしよかったら、なみちゃん呼べるなら、あきなも呼ぶけど」

はるき先輩は急にそんなことを言ってきた。

「れんくんに傷があるように、ゆいも、あきなも、俺も、今更何を思っても、俺がこれから先ゆいに恋愛感情を持つことはないんだ、それなら、他の女のことで泣くより、彼女と笑ってたい」

僕と同じように、はるき先輩も、他の女性の話をしていることに罪悪感を持っているように見えた。

「なみに、ゆいのことを打ち明けました、それでもなみは、僕を受け入れてくれたんです」

僕は俯いて涙を堪えながら言った。そして、はるき先輩の方をしっかり見て

「僕も、なみと笑っていたいです」

と伝えた。僕はなみを、はるき先輩はあきなさんを呼んで、今度ははるき先輩ともたくさん話しながら、4人で夕食を楽しんだ。

「はるき先輩、ありがとうございました」

僕は解散の前に、はるき先輩にしっかりとお礼を言った。はるき先輩は笑顔で

「またね」

と、僕をまっすぐ見て言った。今日はるき先輩に会えて、本当に良かったと思う。これで僕も、ゆいを思い出すことなく、なみだけを見ていける。



「ねぇ、早く行こうよ」

大きなリュックを背負う僕に、容赦なくそんな言葉がかけられる。

「動きにくいから待ってよ」

僕が笑いながら答えると、すこし頬を膨らませてくる。何年ぶりかに来た、みなとみらい駅。

「久しぶりに来たね」

白いコートを着たなみが、僕にそう笑いかけた。

「るか、離れないようにね」

なみがそう言うと、「るか」はなみに

「分かってるよ、ママ」

と言って笑った。ここは僕が、なみにプロポーズした場所だ。いつかるかに、その話をしよう。そんなことを考えながら、僕は遊園地に向かった。



「あそこの旦那さんいつもニコニコしてて、愛想いいよね」

「奥さんもよ」

「近所のボランティアも協力的で、若いのにしっかりしてるわよね」

そんな噂話が舞い込んでくる中、僕は家族と田舎に住んでいる。群馬県高崎市、僕の実家から車で40分程でつく場所だ。なみにもらった笑顔と一緒に、僕はずっと生きていく。素敵な笑顔のなみと、その笑顔が遺伝したるかと。

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