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傷跡  作者: 波音みさ
1/2

Episode1「なみ」

「「なみ」の彼氏はいいなぁ」

「普通だよ」

「えー、だって毎週会ってるし、車も出してくれるんでしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「「はるき」もそんなかんじにならないかなぁ」

大学でできた友達の「あきな」は、そんなことを言いながらため息をついた。

「はるきさんだって、あきなが一緒にいたいって思うような何かを持ってる人だよ」

私はそうあきなに言ったが、私が一緒にいたいと思うようなたつやの何かが、私には分からなかった。




今の彼氏と恋仲になって、もう1年くらい経つ。就活も卒論も後回しにしてきたせいか、大学4年生というのは遊んでいる余裕がない。卒業単位に関わる実習項目が始まり、私の神経をすり減らしていく。実習期間は何もできないが、彼氏から毎日のようにくる応援や、実習期間が終わった後の楽しみを考えることが私の心の支えだ。実習期間をすでに終わらせているあきなは、私のことをよく励ましてくれる。介護の実習は体力はもちろん、精神力も消耗していくので、2人がいなかったらと考えるだけでも怖い。人の近くで力になること、命を預かっていること、仕事としてやりがいは充分だが、慣れない環境というのはとても疲れる。実習期間が終わったら、就職の前に2人とたくさんの思い出を作ろう。



高校1年生の春。出会ってすぐに付き合っていくカップルは多く、私もそのうちの1人だ。サッカー部マネージャーの私は、サッカー部1年のまさきと出会って2週間ほどで恋仲になっていた。部活動見学の時間、同じ中学だった同級生の「らいと」と一緒に周っていた「まさき」を初めて見たときは特に何も思わなかったが、私と一緒に周っていた「ねね」に

「あの2人一緒にいると華だよね、かっこいいし」

と言われ、まさきのことを意識し始めるきっかけになった。私はまさきによく話しかけるようになり、まさきのことはよく知らないが、恋愛経験のあまりない私は、よく見る少女漫画のような恋愛に憧れていたので、ひたすら良い子を演じた。効果的面といったもので、まさきはすぐに告白をしてくれた。気付けばもう半年ほど続いている。恋愛というのは大変で、相手のことを知れば知るほどしんどく思うときが増えていく。元カノや初恋は誰にでも蔓延っているのだから。




「私今日たつやと会う日だから」

そう言ってあきなに手を振った。

「いいなぁ、私これからバイトだから、たまには彼氏連れて私のバイト先来てよ」

あきなのバイト先は、大学から徒歩15分程度で着く居酒屋だ。私を含めあきなの友達はよくそこに飲みに行っている。

「今日は地元まで行ってお泊りだからだめ」

この返答にあきなは頬を膨らませたが、すぐに笑顔になって

「いってらっしゃい」

と言って、私に手を振った。

池袋駅から丸ノ内線で東京駅まで向かう。新幹線に乗るのだから山手線を使った方が安くなるのだが、早くついた方が良いと思い、丸ノ内線に乗った。東京駅で切符を買い、いつもの待ち合わせ場所に向かう。名古屋駅。




今日は雨。グラウンドはサッカーが出来そうにない。夏のインターハイが終わり、3年生がいない状態で2年生が主に部活動の進行をする。3年生で一緒にマネージャーをしていた「れい」先輩が部活に来なくなって、私は少し嬉しかった。まさきはれい先輩のお気に入りだったからだ。私とまさきが付き合っていることを知っていても、まさきへのボディタッチが多かった。私は何も言えなかったが、まさきも歳上相手だからなのか、嫌われたくないのか、れい先輩に、はっきり拒絶を伝えることはなかった。まさきに嫌だと伝えても、寄ってくるのは先輩の方だから仕方がないと返されてしまい、れい先輩が飽きるか、長くても卒業するまでは我慢しようと思った。すると他の女子生徒のことも気になりだし、まさきが同じクラスの人達と文化祭や体育祭の打ち上げに行くだけでも嫌になってしまう。気付けば「なんで?」という言葉が増えていってしまったかもしれない。

「雨の日だと、いつもランニングに使う廊下を綺麗にしてくれてた、れい先輩思い出すよなぁ」

そんな声が聞こえ、私はむっとしながらも廊下を拭きに足を動かした。美人で気配りもできるれい先輩は人気者だ。そんな先輩に向けての感情は嫉妬しかない。せめて別の男子生徒をお気に入りにしてほしかった。先輩に勝てるものなど私には1つもない気がしていたからだ。



到着予定15分前、たつやにメッセージを送ったが、返信がくることはなく駅に到着してしまった。たつやに電話をかけたが出なかった。私はいつものことだと思いながらもため息をつき、近くにあるカフェに移動して、いつもの紅茶を頼むと、私の携帯にメッセージが届いてた。

「今日のデート楽しんでね!」

あきなからだ。私が軽い礼を送った後に、店員が紅茶を運んでくる。イヤフォンをして、たつやの好きな洋楽を聞いて数十分が過ぎ、やっとたつやからメッセージがきた。

「今から家出る」

今から家を出るなら、駅につくのはおよそ20分程度だろう。私は紅茶を飲み干し、カフェの中の喫煙ルームへ向かった。黄色い箱からタバコを1本取り出して火をつける。吐き出す息の数回にはため息が混ざる。火を消して喫煙ルームから出た後会計を済ませ、私は駅の駐車場へと向かった。



部活が終わった後、私は女子バスケットボール部のねねを駐輪場で待っていた。近くにはらいとと話しているまさきがいたが、私が今日一緒に帰るのはねねだ。そういえば最後にまさきと一緒に帰ったのはいつだろう。そんなことを考えているとねねが駐輪場に現れた。

「お疲れ」

お互いに言葉を交わし、一緒に駅へと向かう。ねねと日常会話をしながら電車に乗り、時刻は20時を過ぎていたせいか、座席は所々空いていた。親へ自宅から最寄り駅までの迎えを頼むメッセージを送ろうと鞄から携帯を取り出すと、1通のメッセージが届いていた。まさきからだ。

「別れよう」

この4文字だ。心臓を握られている感覚。驚きが表情に出ていたのだろう。

「大丈夫?」

ねねの声が聞こえる。声が出ない。私は携帯の画面をねねに見せた。



「お迎えありがとう」

助手席のドアを開けてたつやにそう言うと

「仕事疲れた」

と一言返ってきた。待たせたことについては何も言ってこなかった。

「お腹すいてる?」

たつやの問に

「食べてく?買ってく?」

と聞くと

「コンビニで買ってこう」

そう言ってきた。たまには一緒に外食をしたいと思ったが

「分かった」

と返した。コンビニで適当に食品を選び、会計を済ませ車へ戻ると、たつやの運転は私達をいつものホテルへ連れて行った。中に入ると、たつやは緑色の箱からタバコを1本取り出した。

私も黄色い箱から1本取り出すと

「その銘柄、俺もう飽きた」

と、たつやに言われた。たつやのタバコの箱は、もう黄色ではなくなっていた。食事を終え、軽くシャワーを浴びて、私達は今日も体を重ねる。



「なんで?」

また出てしまった言葉だった。でも言葉を考える余裕がない。その日まさきから返信はこなかった。ねねに感情をぶつけるようなメッセージを送り会話をしていると、もう1通別の人からメッセージが来ていた。

「別れたの?」

同じクラスのたつやからだ。

「さっきふられた」

と正直に返した。あまり話したことはなかったけど、誰かと話していないと感情で押しつぶされてしまいそうになる。そしてもう1通。

「大丈夫?電話する?」

私はたつやに電話をかけ、話しているうちに堪えていた涙と声が出てしまった。



数時間たったころ、携帯を見ているたつやに

「たまにはどっか連れて行ってよ」

と声をかけた。

「遠出はめんどうだけど、近場でも同級生に会いたくないからね」

予想通りの言葉だ。何回も言われているはずなのに慣れない。黙っていると

「そろそろいく?」

たつやは携帯から目を離さずに言った。

「うん」

静かに答え、笑おうとしたがうまく笑顔になれない。こちらを見ていないたつやは気付かないだろう。服を着て精算を済ませる。外に出ると早朝の日差しが少し見えてきていた。あくびをしながらのたつやの運転は、私を連れて行く。始発前の名古屋駅。



「なみ大丈夫?目ぱんぱんだよ」

朝から目が重たい。

「ねね昨日はメッセージくれてありがとう」

ねねと会話をしていると、たつやが割って入ってくる。

「まぁ元気だせよ」

そう言ってたつやが私の机の上にペットボトルの紅茶を置く。

「ありがとう」

私の好きな甘さ控えめの紅茶。1口飲んで呼吸を整え、いつも通りの日常を送る。1日が本当に憂鬱だった。

「なんで別れたの?」

何度聞かれただろう。答えるのも面倒なので

「いろいろあってね」

と軽く流した。部活へ行ってもまさきとの会話はない。目を合わすことすらできない。放課後、駐輪場で昨日と同じようにねねを待っていると、待ち始めてから数分でねねが現れた。

「お待たせ」

ねねに声をかけられ、駅へ向かおうとすると、もう1人視界の中に入る。れい先輩。

「お疲れ様です」

そう声をかけ、目があったはずなのに返事はしてくれなかった。部活を引退した3年生がこんな時間まで学校に何の用だろう。背を向けて駅へ向かおうとした。

「ねぇ、あれ」

ねねの言葉が詰まった。ねねの視線の先にいたのはまさきだ。れい先輩がまさきに話しかけていた。しばらく見ていると、まさきとれい先輩の距離は少しの幅もなかった。私達を含め数人の生徒がいる中、2人の距離が数センチ離れるまで私は目を離せなかった。私の前でしたのは意図的だろう。れい先輩が私を見た気がした。心臓が握られる感覚。あの時よりも強く、握られすぎて、傷が付いたような感覚がした。



始発の新幹線の中は比較的空いている。座席に勢いよく座り、脱力してため息をついた。昨日から寝ていないせいか疲れがどっときた。たつやへ軽い礼のメッセージを送り、数分おきに目を覚ます。帰りは急ぐ必要もないので、山手線で池袋駅、埼京線に乗り換えて川口駅まで、いつも通りのたつやとのお泊りデートだ。今月も交通費のおかげで生活は厳しい。家についてすぐにシャワーを浴びる。浴室の鏡にうつる首元のあざ、腕の噛み跡。シャワーを浴びているだけなのに何度も見てはため息をつく。高校を卒業して2年同じ内容なのに、この虚無感だけはどうしても抜けない。私はいつまでたつやに会いに行くのだろう。毎回訪れるその感情を抑え、私は眠りについた。



いつからだろう。れい先輩とまさきがあんなことをする関係になったのは。考えたくない。ねねと駅へ向かうと、そこにはたつやがいた。自転車通学のたつやがどうして駅にいるのだろう。

「お疲れ」

たつやの声に2人で声を返す。

「お疲れ」

私は今どんな表情をしているのだろう。想像もしたくないが、決して良い顔ではないことは確かだ。

「今から帰り?暇だしなみの失恋会でもしてく?」

たつやはデリカシーのないことを言ってきた。

「私今日帰らなきゃなんだよね」

そうねねが言うとたつやは

「なみは?」

と聞いてきた。

「特になにもないよ」

私がそう答えると

「飯行かない?」

確かに昨日の夜から何も食べていない。

「いいよ」

軽く返した。

「いってらっしゃい」

ねねが私達に手を振り、改札へと去っていく。ねねと一緒に帰れば良かったかな。そう思ったが行くと言ってしまったのだから行くしかない。乗り気ではないが、勢いでも返事をしてしまった私に対して、元気付けてくれようとしたご好意だ。受け取っておこう。

「俺が行きたい場所でいい?」

私が頷くと、たつやは自転車を引きながら私の隣を歩いた。たつやは私の顔を覗き込んで

「泣くなよ、俺の家近いからそっち行こ、ここじゃ泣けないでしょ」

涙目になっていたのだろう。私は無言で頷き、たつやに付いていった。



どれくらい寝ていたのだろう。体が重い。時刻は17時を少し過ぎていた。そうだ、準備しなくては。化粧をし、荷物をまとめ私は家から徒歩10分近くの居酒屋へ向かう。今日もバイトだ。賄いは出るし時給も高い。何より店の環境が良い。成人してからというもの、居酒屋でのホールスタッフバイトは、常連のくれた酒を飲んで会話をすることがほとんどの天職だ。混んでいる日や、気難しい客がいない限り、私にとっては癒やしの場所だ。

「おはようございます」

挨拶をしながら扉を開ける。何人かの挨拶が返ってくる。その中に1人、私の天使がいる。

「なみさんおはようございます」

声をかけてきたのは、2つ歳下のバイトの後輩「れん」だ。

「れんくんおはよう」

れんに笑顔で挨拶を返す。大学生になったばかりだというのに、染められていない黒髪の短髪が印象的だ。入りたての頃は緊張していたのか、あまり話してくれなかったが、最近は皆と打ち解けていっている。れんはいつも笑顔で、何かと絡んできてくれる。寒がりという理由で夏でも長袖を着ているが、あざとさの出る萌え袖をしていて、自分の可愛さを狙って出しているのだろうと私は思っている。疲れているときの心の癒やしだ。

「なみさんはかわいいですよ」

そんな言葉を会うたびに会話に滑り込ませてくる。どんな気持ちなのかは分からないが、褒められるというのは嬉しいものだ。私は着替えを終え、ホールへ向かった。



「お邪魔します。」

たつやの自宅へ上がる。両親はいないらしく、中学生の弟がいるだけだった。たつやの部屋へ行くと、ベッドと本棚が隅にある、シンプルな部屋だった。

「意外ときれいにしてるんだね」

素直に出た言葉だ。はるきの部屋と比べてしまう。しかし冷静になれば、今私は男性の部屋に2人でいるのだ。急に緊張が走ってくる。

「大丈夫?」

たつやは親身に話を聞いてくれた。れい先輩のことも。

「れい先輩ね、なみは知らなかったかもだけど結構有名だったよ、ちなみにまさきとは付き合ってない」

驚いた。噂に疎いのは損だと思ったが、なぜたつやはそこまで知っているのだろう。

「れい先輩がまさきのこと好きなのはなんとなく分かってたけど、ほんとに体だけって感じだよ」

知らなかった。震えながら私はたつやに

「なんで知ってるの?」

と聞くと、たつやは

「れい先輩、らいとのお姉ちゃんだから、まぁ、まさきがお姉ちゃんの部屋でなんか聞こえたら嫌でも察するよ」

知らなかった。同じ部活なのに。同じ中学だったのに。私はまさきしか見えてなかったんだ。

「らいとに聞いたんだけど、お姉ちゃんに聞いても付き合ってないって言われたってさ」

「聞きたくない」

思わず声を荒らげてしまった。涙が出てくる私に、たつやは私の手を握る。

(もういいや、私もなんでもいい)

「たつや、キス、して」

たつやに体を引き寄せられ、私はたつやと体を重ねる。



バイトが終わると、いつものようにれんが近づいてくる。

「なみさん、彼氏いないって言ってましたよね、来週の土曜日、どっか行きませんか、なみさんいつも金曜日バイト休みですよね」

いつぶりだろう、たつや以外に誘われたのは。しばらくぽかんとしてしまったが

「いいけど、どこ行くの?」

と、聞くと

「僕が決めて良いですか?」

とりあえず頷いておいた。男性と2人で出かけるとなると、どこへ行けば良いか分からない。考えてもらったほうが気楽だ。今週はたつやに会えない。会った後もしんどいのに会わなくても辛い。

(私、何してるんだろう)



「おはよう」

眠そうにねねに声をかける。

「おはよう、あんまり寝てない?」

同じクラスの子と昨日あんなことがあったのだ。眠れるわけがない。たつやが学校へ来るのはいつもギリギリの時間だ。今日は顔も見れそうにない。ねねといつものように会話をして

「おはよ」

たつやが眠そうに登校してくる。私は特に反応もしなかったが、たつやのことが気になってしまう。しかしいつも通りの日常だ。その日たつやと会話することはなかったが、いつものように授業を受け、部活へ向かう。まさきから見るれい先輩も、たつやから見る私も、体の関係なんて何とも思わないんだ。男性というものは皆一緒なんだ。そんな考えを持ちながらも、私はたまにたつやの家に行く高校生活を送ったが、たつやと恋仲になることはなかった。



「今週名古屋行けない」

たつやにメッセージを送る。

「わかった」

たつやからきた返信はこの一言だった。たつやは私が来ないことくらい何とも思っていない。この先行くことがなくなっても何も思われないことくらい分かっている。分かっているのに「来てほしい」と言われることを期待してしまう。恋愛感情を期待してしまう。そんなことを考えていると

「なみ、聞いてる?」

あきなの声だ。

「あ、ごめん」

反射的にあきなに謝ったが、あきなの話をほとんど聞いていなかった。

「はるきの話だってば、ほんとにむかつくんだよ」

あきなはそう言うが、恋仲なだけ良いだろう。彼氏への愚痴は多いのにこんなにも羨ましく思う。毎週金曜日に地元へ帰る私を不思議がっていたあきなに、私は毎週彼氏に会いに行っていると嘘をついている。本当はたつやに会いに行っているだけだ。SNSで彼氏を自慢するあきなとは違うのだからすぐにバレるだろうとは思っていたが、もう引き返せないとこまで来てしまっている。好きな人同士が体を重ねる。そんな一般的なものに縛られているつもりはないが、たつやはきっと私以外の誰かを見つけてしまう。それがもし恋仲になったら、もうたつやには会えない。それが怖くて特に不満も言わずに毎週会っているのだ。私はたつやがいなければ自分を保てないのだから。



金曜日。たつやに会いに行かない金曜日はいつぶりだろう。たつやからのメッセージはない。自室のベッドで天井を見つめていると、私の携帯に着信が入った。

「たつや」

声に出てしまったが、急いで手に取った携帯の画面に映る着信はれんからだ。

「お疲れ様です、なみさん明日大丈夫ですか?」

前日に確認してくれたのだが、私も大学を卒業したらしなくてはならないことだと思った。軽く返事をして、特にそれ以外の会話もなく電話を切った。久しぶりのデートなのだから、もう少し楽しみな感情がきてもいいものだが、そんな思いを掻き消すほどに、私はたつやのことで頭がいっぱいだった。




土曜日。れんとの待ち合わせ場所は、私の自宅とバイト先の最寄り駅、川口駅。そこから埼京線で池袋まで行って、都内を周る感じだろう。家を出て歩いて駅まで向かった。すれ違う人のほとんどは厚着をしている。もう10月も終わる頃だ。週1でたつやに会いに行くだけの生活は、季節を分からなくさせるようだ。私も長袖とはいえ、もう少し厚着してくればよかったと後悔したが、家に戻るのはめんどうなのでそのまま向かった。駅につくと、もうれんがいた。

「お待たせ」

れんに声をかけると、れんは一瞬目を丸くして私を見たが、すぐに

「おはようございます」

と返してきた。やはり厚着していないのは違和感だったのだろうか。れんに連れられ埼京線に乗る。はじめにつく駅は池袋駅、そして山手線に乗り換える。私の予想通りだ。

「ここで降りますよ」

れんの言葉と同時に社内のアナウンスが聞こえる。

新宿駅だ。そしてれんは

「もう1本電車に乗るんですけど、その前に新宿で行きたいところがあるんで、ついてきてください」

そう言われたので、私達は改札を抜けた。れんについていくと、女性物の服屋についた。

「なみさん、寒いの我慢してますよね、コート買ってあげますから」

やはり厚着してくればよかった。

「いや、悪いよ」

私は断ったが、れんは

「今日来てくれたお礼です」

と言った。

(来てくれたお礼か)

たつやはどうなんだろう。言葉だけでももらったことなんて1度もない。

「れんくんが選んでよ」

そう言うとれんは、左にある白いコートを1つ取って私に渡してきた。

「なみさんに、これ勧めようと思って連れてきちゃったんです、ここの店」

れんの通う大学は確か都内ではなく埼玉県内だったはずだ。新宿に遊びに出たときにでも目に入ったのだろうか。

「ありがとう、これにするね」

その言葉にれんは笑顔を見せてくれた。コートを着て店を出る。

「なみさんかわいいですよ」

いつもの言ってくれる言葉だった。



れんと会話をしながら歩いていると、新宿駅から新宿三丁目駅まで来ていた。

「また電車に乗ります」

と、私の手を引いた。初めてれんに手を握られたことに戸惑っていると

「あ、ごめんなさいつい」

そう言われた。男女が2人でいるのだ。れんは男だ。きっとたつやと同じなのだろう。いや、男は皆同じだ。副都心線に乗り、ついた駅は、元町・中華街駅。適当に食べ歩きをして、座れる店に入った。



「れんくん、色んな場所知ってるんだね」

私の問いかけにれんはぽかんとしている。

「なみさん来たことないんですか?結構有名ですよ」

都内に進学してからもたつやとばかり会っていたせいか、デートスポットに疎いことが恥ずかしかった。

「私あんまり出かけないから」

言葉に詰まった私を見て、れんは

「なのに今日来てくれたんですね、ありがとうございます」

と返してきた。

「なみさん、ゲーセン行きませんか」

私はゲームはあまり得意ではない。たつやはよくベッドでゲームをしていたと思いながらも、私はれんに頷いて答えた。

「プリクラ撮りましょうよ」

驚いた。男性とプリクラを撮るなんて、まさき以来だ。れんは本当に、私に好意があるのだろうか。でも、思わせぶりでも良いと思った。何かあれば、私はたつやに会いに行けばいいのだから。れんとプリクラを撮って、ゲーセンを出ると

「あともう1つ付き合ってください」

そう言ってれんは私の手を引いた。今度は改札まで手を離さなかった。みなとみらい線。ついた駅は、みなとみらい駅。



遊園地なんていつぶりだろう。男性と2人で遊園地に来たのは初めてだ。大きな観覧車が見える。れんは観覧車の方へ向かっていくが、その道中にある喫煙スペースで足を止めた。

「なみさんタバコ吸いますよね、僕待ってるんで一服どうぞ」

そういえばれんと待ち合わせて1本も吸っていない。私はれんにお礼を言って、緑色の箱からタバコを1本取り出した。

「なみさん、たばこ変えたんですか?」

れんがそう聞いてくる。

「あ、うん、これ貰ったやつなんだけどね」

そう答えながら、私はたつやのことを考えてしまっていた。一服がいつもより長くかかってしまったが、れんは会話をしながらも待っていてくれた。そしてれんは、予想通りの言葉を私に言う。

「観覧車乗りましょうよ」

私は頷いてれんの隣を歩いた。



「まだイルミネーションやってないけど、カラフルに光ってるからイルミネーションっぽいですよね」

れんは子供のように上から見える景色を見て目をキラキラさせていた。

「なみさん、隣座っても良いですか」

そうだ、観覧車は密室だ。れんは男だ。

「いいよ」

そう答えると、対面して座っていた椅子から立ち上がり、私の座っている横に座ってきた。観覧車が頂上につく頃だろうか、れんは私の手を握ってきた。キス、するのかな。れんは

「なみさん、今日楽しかったですか?」

と聞いてきた。

「もちろん、色んなところに連れてきてくれてありがとう」

そう答えると、

「なみさん、彼氏いないなら、僕と付き合ってくれませんか」

意外な発言だ。私が目を逸らすと

「すみません、急ですよね、ゆっくり考えてください、待ってますから」

急に早口になったれんは、もう1度私と対面になって座った。そして何事もなかったように会話をしながらも帰路を進んで、れんと一緒にバイト先へと向かった。



たつやと会うことをやめない限り、私は誰とも付き合うことができない。バイトが終わった後、私はたつやへメッセージを送った。

「告白された、もし付き合ったらたつやとはもう会えないよね」

引き止めを少しでも期待してしまう。そして珍しく、たつやからすぐに返信が来た。

「了解」

この1言だ。こんなもんかとため息をつき、SNSを開くと、たつやのSNSが更新されていた。心臓が握られる感覚。たつやは私が会いに行かなかったこの日、たつやの隣に映る女の子が見える。私は涙が出てしまっていたのだろう。れんが近寄ってくる。

「なみさん、今日家まで送りますよ」

私はれんと一緒に帰った。ほぼ無言の時間が過ぎ、家に着いた。

「れんくん、ありがとう、1人になりたくないから、今日うちに寄っていって欲しい」

傷の癒やし方は私が1番分かっている。たつやじゃなくなるだけだ。人が変わるだけだ。れんも男なのだから。

「お邪魔します」

れんがドアを締めたあと、私はれんに抱きついた。

「れんくん、抱いて」

そんな言葉が出てしまう。れんは

「なみさん、僕も男ですけど、感情にまかせてそんなこと言っちゃだめです、今日は、話聞きますから」

私は驚きを隠せずにいた。れんは

「飲み物買ってくるんで、待っててください」

そう言って家を出ていった。玄関で呆然と立ち尽くしていると、すぐにれんが帰ってきた。

「お邪魔しますね、座って話しましょうよ」

そう言って、れんは私の手を引いて部屋の奥へ行った。その日はれんに、たつやのことをぶちまけていた。自分に好意のある異性に対してたつやの話をするのは、決して褒められることではないだろうが、止まらなかった。れんは一晩中私の話を聞いた後に、部屋から出ていった。




鏡に映る泣き後をシャワーで流していると、れんとの会話が頭をよぎる。

「男なんて皆一緒だよ」

私はそんな言葉をれんに言ってしまったことを後悔した。一人暮らしを始めて、初めて異性を部屋へ呼んだが、れんはたつやじゃない。浴室から出て寝間着に着替えたが、一晩中泣いて話していたせいか、髪を乾かすのも億劫だ。そのままベッドに沈み、もう寝ようとしたが、れんからのメッセージに気付いた。

「なみさん、昨日はお邪魔しました、気持ちは変わらないので、今日はゆっくり寝てくださいね」

体だけの関係の男がいた私に、気持ちは変わらないというのはなぜだろう。私は返信の内容が長くならないように、軽い礼だけ送って眠りについた。



「今日は来てくれてありがとう」

数日後、私はれんをバイト先の近くのカフェに呼び出した。れんにお礼を言うと

「なみさんとカフェ嬉しいです」

と、笑顔を見せてくれた。

「この間は取り乱してごめんね、たつや、彼女できたんじゃなかったんだって」

たつやは距離の近い女友達と遊んでいた写真を載せただけだったと、たつやからメッセージで聞いた。

「そうなんですね、よかったじゃないですか」

と、れんは下手くそな笑顔を作った。

「私、もうたつやには会わない」

まっすぐれんを見て言った。たつやに彼女ができたからじゃない。できていなくても、私は自分の為に会わないことを選んだ。

「え、なみさん」

「だから」

れんの言葉を遮ってしまった。

「もし、私で良かったら、れんくんの彼女にしてくれないかな」

れんに返事を伝えた。

「もし誰かと付き合っても、きっとたつやのこと隠していくことになると思う、でも、れんくんはそれを聞いても、私を軽蔑しないで好きでいてくれた」

私の言葉は止まらなかった。

「だから、私、れんくんのことはちゃんと大事にしたい、あんまりちゃんと付き合ったこととかないから分かんないことも多いけど、良いかな」

私は必死だった。れん以外に、たつやとのことを打ち明けられる人も、受け入れてくれる人も、この先いないと思ったからだ。

「なみさん、たつやさんのこと思い出して辛くなっても、僕がちゃんと支えていきますから、彼女になってください」

れんは落ち着いて返してきた。その日からたつやに会いに行くことはなくなり、時間が経てば経つほど思い出さなくなっていった。そして私は、タバコを辞めた。



実習期間も終わり、4月から新しい職場になる憂鬱を忘れる為に、れんと久しぶりにデートに来ていた。12月24日、クリスマスイブ。私達の初デートの場所。みなとみらい。イルミネーションの中、私の着ている白いコートをライトが照らしていく。たくさんのカップルがいる中、私はれんの左手首を握って

「れんはきれいだよ」

と、伝えた。れんは一途に私を思ってくれる。れんは私の心の傷をそっと包んでくれた。そんなれんの手はきれいだと思った。

「なみもきれいだよ」

れんはそう言って、私に笑いかけた。

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