プロローグ
バルカン帝国第二皇子宮に到着した私の目に映ったのは烏珠の黒髪に琥珀の瞳を持つ無表情の男性が血塗れの剣を持って、謁見室の玉座に佇んでいる姿だった。
傍には恐怖に満ちた顔を窺わせる女性達がへたたり込んでいる。
その中央に斬られたであろう女性が倒れていた。死んでいる女性の手には小刀が握られている。どうやら彼を狙って返り討ちにされたようだった。
異様な雰囲気が漂う中、冷たい刺す様な鋭い視線を向けて彼が発した一言
「お前がアルカディアの王女か?」
震える私を怒気を孕んだ声で問い掛けるこの男が恐ろしい。
「は……はい、私はアルカディア王国第一王女ラミュエラ・ポーラ・アルカディアと申します。殿下にお仕えするように申し付けられております」
「はっきり言っておく、お前は貢物だ。ここにいる女達も隣国から送り込まれて来た結婚相手だ。命が惜しければこの女の二の舞は踏まぬことだな」
「か、畏まりました」
まるで何事もなかったかの様に、義務的に宮の使用人らは女性の遺体を運んでいる。
私のすぐ側までくると彼女の小刀には僅かに血痕が付着しているのが見えた。
ふと皇子の右手から血が流れているのを見ると、何かに突き動かされる様に私は皇子の方に近付いて
「ご無礼を」
彼の手に私の手をかざして
「治療」
と呟くと彼の右手の傷が跡形もなく消えていった。
「お前は神子なのか?」
驚いた表情を見せている彼に
「左様です。私はアルカディアの神子として育ちました。殿下の傷は塞がりましたので、これで失礼します」
私は一礼してその場を去ろうとした瞬間、彼に抱きかかえられたまま、部屋に連れて行かれ、部屋に着くなり、寝台に私を放り投げた。
「な、何をするのです」
「何をか、妃の務めを果たして貰うだけだ」
突然覆い被さり、私の唇に彼の唇が重なる。私は咄嗟に彼の唇を噛んでしまった。
「はん、気の強い女だな。分かったか、これがお前の務めなんだよ。今後は要らぬお節介は止める事だな」
蔑むような口調で、私を部屋に置き去りにして出て行った。
泣くものか、私は絶対に屈しない。
強く心に誓っても暖かな滴が頬を伝っていくのを止められなかった。寝台に蹲る格好で、その日の夜は泣きながら寝台で幼い頃の日々に思いを馳せていた。
それが私と彼
テリュウス・ジル・バルカン第二皇子
との最悪な出会いだった。