79.支配者・ブラックオークロード
オークの森の奥に小屋があった。
こんなところに……どうして。
「ここに誰かいるのでしょうか?」
わたしがポツリとつぶやくと、ネメシスが気配を感じ取っていた。
「いますね……」
ネメシスもまた強い気配を放つ。わたしを庇うようにして前へ出て、小屋の方へ一歩ずつ慎重に進んでいく――。
その時。
扉が開いて……その奥からナイフが飛んできた。銀色に光るナイフがネメシスの顔へ接近。
「ネメシスさん!!」
焦って叫ぶと、ネメシスは飛来してくるナイフの柄を見事に掴み――投げ返した。か、かっこいい……。
ナイフは再び小屋の中へ消え去っていく。そして、中から物音がして、影がシュタっと現れて人間らしきものが転がってきた。
「……危なかったぜ。まさか投げたナイフが投げ返されるとはな。そこの銀髪の女……何者だ?」
「貴方こそ何者です」
「オレは、このジェットブラックの支配者・ブラックオークロード様ってところだ。ただし、これは誰かが付けた異名みたいなモンだけどな」
と、黒髪の少年は堂々と自分の正体を明かした。……ちょっとまって……。
「オークの王様って、あなた人間でしょう!?」
「なんだ、金髪のネーチャン、文句あんのか?」
少年がわたしを睨む。
あまりに鋭い目つきなので、少し怖くなった。
「ブラックオークの支配者? そんな存在は聞いた事がありませんね」
「なんだ、銀髪のネーチャンは疑り深いな。さっきも言っただろう、王なんだオレは……! とりあえず、ネーチャン達、囲まれてるぜ?」
気づけば、ブラックオーク百体ほどに囲まれていた。
「グレイスさん!」
焦りを見せるアルムが鍬を構える。なんて数なの……さっきの比ではない。覇王聖女であるわたしも師匠でさえも、これは対処しきれない。
「くっ……」
「まあ、もうちっと話をしようや。ここへ人間が足を踏み入れるのは久々でね。大抵はコイツ等の餌食だ。だが、ネーチャン達は危険を顧みずここまでやって来やがった。しかも、女だ……正直、驚いたぜ。特に金髪のネーチャン、あんた、グレイスって言うのか」
わたしに興味を持ったのか、少年は獣の視線をずっとこちらに向けていた。
「ええ、そうよ」
「あんた、飼ってるな」
「え……」
「獣だよ。人間は心に獣を飼っているものさ……あんたには特大のバケモノが潜んでいるらしい。分かるのは今のところ気配だけだがな。なるほど、そいつを解放されると、こちらの分が悪そうだ」
少年は何かを察知して、指を鳴らす。
すると、ブラックオークの群れが散っていく。
「……貴方」
「言ったろう。話をしようって」
「なにを話せばいいんですか」
「ひとつだけ教えてくれ。外の世界は……真面になったのか?」
どういう意味だろう?
外の世界は……外の世界。つまり、わたし達が普段生活しているあの世界の事よね。帝国・サンクチュアリとかの。
「真面かどうかは分からないです。でも、わたしはギルドの受付嬢なので分かります。最近は平和ですよ。世界は冒険者で溢れ……」
「違う。そうじゃない……。聞きたいのはそんな事じゃねえ」
黒髪の少年は歩み寄ってくる。
その歩みをネメシスが止めさせる。
「それ以上、グレイスに近づかない事です。彼女に指一本でも触れれば、貴方を倒します」
「……へぇ、銀髪のネーチャンは好戦的のようだな。そっちの鍬を担いでいるメイドも気になったが、今はアンタだ」
お互い睨み合いが続く。
「目的はなんですか」
「目的ィ? んなモン決まってるだろう。ここでオーク達に守られながら、ぐぅたら平和に過ごすのさ」
「――はぁ?」
「オレは外の世界が嫌いでね。ほら……なんつったっけ、ザンキだっけ。バケモノがウヨウヨしてやがる。オレの仲間はザンキにやられちまったんだよ。そんな世界が嫌でね、オレはジェックトブラックに迷い込んだ。数々のオークと張り合っていれば、オレのレベルはバンバン上がった。で、認められたってわけさ」
そういう理由だったとは。
世界には色んな人がいるものだ……。それにしても、ザンキ。これは、ファイクが詳しいのかも。――でも、今は反応がなかった。いつも五月蠅いくらいなのに。
寝ているのかなあ。
「それじゃあ、戦う意思はない、と?」
アルムが訊いた。
すると、少年は殺気を消して「ああ」と短く返事をして、その場に座った。わたしを見てくるし。
「オレの話を聞いてくれたアンタ達は特別だ。他の冒険者はどいつもこいつも話を聞きやがらねえ。一方的に襲ってきた。だからやられる前にやった。それはお互い様だろう? ネーチャン達だってオークをぶっ殺しているはずだ」
言葉は乱暴だけど、話は分かるみたいね。そして、そうね。モンスターである以上は倒すしかない。基本的にモンスターは倒すもの。人間に襲い掛かって来るのだから。それが常識で世界の理。弱肉強食である厳しい世界の掟。
――けれど、この少年は人間だし、でもオークを操っていた。
「……分かりました。わたし達はこのまま静かに撤退します。それでいいでしょう?」
「ああ、それでいいよ、グレイスのネーチャン。今日のオレは話したい気分だったんだ……ただそれだけの、ほんの気まぐれさ」
ニシシと笑う少年の笑顔は純粋だった。
いろいろと気になる所はあったけど、わたし達は『ジェットブラック』から去る事にした。一応、レベルアップもしたし、なかなかのレアアイテムもゲットした。
「では、もう会う事もないかもですが」
「かもな。けどよ、此処に遊びに来た冒険者の会話を盗み聞きして得た情報だが……『三人の転生勇者』が動き出すってな。あと一週間以内に三人の勇者が召喚されるって話だ。終わりかもな、この世界」
じゃあ、と黒髪の少年は小屋へ戻っていった。
「……その話、前にファイクが」
「グレイス?」
ネメシスが顔を覗いでくる。
「い、いえ……こちらの話です。とにかく、帝国サンクチュアリへ戻りましょう。アルム、こっちへ」
「分かりました」
ネメシスにお願いして、テレポートを開始。
ジェットブラックから撤退した。




