74.受付嬢リヒトの悩み
――最近、リヒトさんの人気が凄い。
彼女の受付には列が絶えなかった。転送専門だから仕方ないのだけど、明らかに短期間で戻って来る冒険者もいた。
「……凄い冒険者の数ね」
確かにリヒトさんは、おっとりで可愛いし、笑顔のサービスも欠かさないからファンになってしまう男性も多いのかも。
なるほど、笑顔ね。
わたしもあの天使のようなスマイルが出来るよう見習いたい。
「人気ですね、あの子」
「リヒトさんね。あの受付嬢は只者じゃないよ~。まずの愛嬌ね、とても貴族の子とは思えないよ。求められれば握手もしちゃうし、アイドル的な存在になりつつあるよ」
隣にいる青髪のリーベ先輩の聞く所によれば、リヒトさんは帝国・サンクチュアリの出身で、貴族のお嬢様らしい。子供の頃から受付嬢の仕事に憧れていたようで、最近になってこのジェネシスに入社したとか。
「わたしも負けてられないなぁ」
「なに言ってるの~、グレイスちゃんはもっと人気あるし、いつも男性からデートのお誘い来てるじゃない~。その度に断っているのは、どこの誰かな~」
「ひゃっ! せ、せんぱい……どこ触ってるんですかぁ」
「どこって、お腹だよ~。ほらさ、グレイスちゃんのお腹って、きゅって締まっているから、つい触りたくなっちゃうんだよね~」
なんだかイヤらしい手つきで触られて、わたしは逃げる。
「…………先輩」
「ごめんごめん! お詫びに今日は上がっていいからさ~」
「えっ……でも」
「冒険、出たいんでしょ」
「そうですけど……いえ、今日はお言葉に甘えるわけにはいきません。わたしも受付嬢として頑張らなきゃなんです」
「へぇ、珍しく焦ってるね、グレイスちゃん」
「うっ……」
そう、わたしはちょっと焦っていた。
あのリヒトさんに追い抜かれないか心配で。同僚である以上、ライバルでもある。負けられない。
「じゃあ、リヒトと交代してくる~」
と、先輩は交代しに行ってしまった。
代わりにリヒトさんがこちらへ。
「お疲れ様、リヒトさん」
「お疲れ様です、グレイスさん。……あの、その、少しお話いいですか」
「うん?」
休憩室へ入って、対面する。
沈黙が続いて、わたしから話を振ろうと思ったその時、リヒトさんの方から口を開いた。
「あの……私はグレイスさんを尊敬しているんです!」
「え」
「嫌な女と思われたくなくて……その、私はグレイスさんに憧れてギルドの受付嬢になったんです。だから、私にとってグレイスさんがナンバー1で、特別なんです。今のこの状況がお気に召さないのであれば、私……受付嬢を辞める覚悟です」
いきなりの告白に驚く。
「そんな、わたしなんて……。ううん、そんな理由で辞めないで下さい。わたしもリヒトさんにはお世話になっていますし。ほら、この前に転送してくれたでしょう。
それにね、わたしも負けたくないって思えたし、ここで脱落されると、わたしが困るのですよ」
「グレイスさん……嬉しいです! 私も精一杯がんばります」
良かった、辞められなくて。競え合えるライバルがいるって素敵な事だからね。
「じゃあ、わたしはお仕事に戻りますね」
「あ……まって」
「うん?」
「もうひとつ……聞いて貰っても良いですか」
「いいですよ」
再び席について、わたしは対面した。
「実は……最近、度々転送をご利用になるお客様がいるんですが」
「そうでしょうね、リヒトさんはアイドル的な人気を博していますから」
「その、あるお客様なんですが……ずっとご利用になられるんです」
「うん」
「ずっとずっとですよ!? 一日中なんです。私、冒険者さんに頑張って欲しいから、握手とか笑顔とかサービスもするんですけど、その男の人……ずっとで」
シュンと落ち込んで青ざめるリヒトさんは、気色悪そうにしていた。確かに一日中張り付かれるとか、ゾッする。わたしにもそういう人いたけど、ネメシスかアルムが処理しちゃうからなー。
一方、彼女はそういう味方もいない。
「ストーカーっぽい感じなんだ」
「……はい。最近、お手紙とかも渡されて……書いてある内容も、好きだとかばかり綴られていて気持ち悪いんです……」
ついにリヒトさんは泣き出しちゃった。
あー…、こりゃ深刻ね。
(わははは、こりゃ美味な感情だ! 極上、極上!)
(趣味が悪いですよ、ファイク!! 女の子に対し、無礼です。サイテーです! 消えていなさい)
急に出て来たカオスに対し、わたしは普段は出さないような感情で叱責した。
(お~っと、怖い怖い。グレイス、この私も、聖女のその感情には負ける……オーケー、私は大人しくしていよう)
消える気配。
……まったく、ファイクは一度しつける必要がありそうね。
それより、悩み相談まであるとは……う~ん、そうね、このままじゃリヒトさんが可哀想だし、解決してあげよう。