73.レジェンド級レイドボス
世界樹・メテンソーマトーシスが見えてきた。
あまりに大きく、塔のように聳え立つ大樹は、お城よりも大きくて街ひとつ分はありそうなサイズ感だった。
「凄い大きさですね……これが世界樹」
「そうですよ、グレイス。転生の樹とも呼ばれるこの天辺は、天国に繋がっているという神話があるのです」
「詳しいのですね、ネメシスさん」
「ええ、わたくしは一度訪れていますから。アルムは?」
アルムは、ぼうっと樹を見つめていた。これだけの大きさだもの、圧倒されちゃうよね。
「わ、私も初めて……です。こんな場所があったのですね」
驚く気持ちは分かる。ギルドの受付嬢であるわたしですら、この大きさの樹は初めて目にした。やっぱり、実際に外の世界に出ないと分からない事もあるんだ。
「行きましょう。ファーブラ・プエリーリスはまだ倒されていないはず」
二億のHPがあるのだ。
そう簡単には討伐されない。
そもそも、強さも桁違い。
犠牲者が出ていないといいのだけど……。
でも、さすがにゴールド相手なら、蘇生魔法やアイテムを持った冒険者がいるはず。多分、きっと大丈夫。
◆◇ ◆◇ ◆◇
樹の近くになっていくと、激しい戦闘の光景が見えてきた。
「うわ……」
「なんです、あれ」
「……バケモノ」
わたしもネメシスも、アルムも驚いた。
世界樹・メテンソーマトーシスを背にする巨大な浮遊ボス。それぞれ三枚の天使右翼と悪魔左翼を持ち、頭には魔法陣のような天使の輪。
まるで堕天使のようだった。
「こ、これがファーブラ・プエリーリス……」
「ちょ……これはいくら何でも攻略不可能では……。レジェンドクラスのボスですよ、あれ」
「犠牲者が出ていないのが奇跡ですね」
ネメシスもアルムも呆然としていた。
わたしもだけど。
「でも誰も被害に遭っていないって、それほど防御力のあるタンカーさんがいるのかな」
乱発される大魔法の中を潜り抜けて、冒険者に接近する。凄い魔法の数。まるで戦争ね。
ゴールドレイドボスは、大手ギルド『ネコネコ団』がタンカー役として、前衛を担っている。あんな大ボス相手に盾や魔法シールドで耐えてる。
「すごい……」
その最中にわたし達が入ると、戦況を見守っていた人たちがこちらへ振り向き、そして驚く。
「え……グレイスちゃん!」「ギルドの受付嬢!?」「なんでここに!?」「ネメシス様もいるじゃん!」「アルムさんも!」「どうなっているんだ!?」「一緒に戦うの?」
ざわざわと慌しくなっていった。
わあ、ここまで注目されるだなんて!
いや、それよりだ。
「行きましょう、ネメシスさん、アルム!」
二人共「了解です!」「分かりました!」と元気よく返事をくれた。これだけ気合があれば、十分ね。
あのレイドボス『ファーブラ・プエリーリス』を倒して見せる……!
拳を力強く握り、力を解放していく。
滾るエナジーは覇王聖女のそれだ。
わたしの中に脈々と流れる喜怒哀楽。全力全開のフルパワーにして、心を力に変えていく。
(ほう、機嫌がいいではないか、グレイス)
(……ファイク、今は出てこないで)
わたしの影に潜むザンキが問いかけてくるけど、無視した。
(つれないねェ)
カオスの残響は消え去った。
その最中でわたしは空高く飛び上がり、一撃を穿つ。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」
狙うは、ファーブラ・プエリーリス頭上。そこに必殺技を落とす。落として、大ダメージを与える。完全なフィーリング、直観ではあるけど……あそこはウィークポイントであると思った。
『覇王爆炎拳――――――!!』
思いっきり叫んで、思いっきり炎を叩き落とした。すると、炎の渦が青空のように大きく広がって、波となりボスを覆った。
ドォォォオンと轟音と破壊を撒き散らし、ボスは地面に沈む。その光景を見ていた皆が驚愕し、目を皿にしていた。
あ……やりすぎちゃったかな。
「ネコネコ団さん、みなさん、今ですよ」
ぼうっとしている皆に指示を出し、わたしは後退。ネメシスとアルムにバトンタッチした。二人は即座に特攻していく。
「ナイスでしたよ、グレイス」
「本当にグレイスはカッコいいし、凄いです」
二人から賞賛を貰う。
でもまだ早い。
みんな突撃して、ファーブラ・プエリーリスへダメージを与えていた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」「うらあああああッ!」「てやああああ!」「食らいやがれ!!」「もうちょいだぞ!!」「あと3000万だ」「押し切れええええええ」「ヒールは任せろや!
戦争のような光景が続き、ついにボスの体力もあと僅かとなった。もちろん、ファーブラ・プエリーリスの攻撃も凄まじいのだけど、それよりもネコネコ団の防御力が異常すぎた。あのギルド、防御特化らしい。
全員が死ぬことなく、完全に魔法を耐え凌いでいた。可愛い名前のギルドなのに、そこまで耐久力を持つだなんて……う~ん、あの強さの秘訣はなんだろう。気になるなあ。
(私が教えてやろうか?)
(ファイク、無断で乙女の心にズカズカ侵入しないで。失礼よ)
(悪い悪い。だがなあ、このままじゃあのボスは倒せないぞ)
(どういう事?)
(ヤツは、体力が1000万を切ると必殺技を繰り出してくるんだよ。それをまともに受ければ、あのネコネコ団の精鋭でも耐えられん)
(どうして分かるの)
(私には、モンスター分析能力があるのだよ。これでもカオスだからな)
どういう理屈よ……と、思ったのだけど、ここはファイクの言葉を信じるしかないかもしれない。
「みんな、聞いて! そのボスは体力が1000万を切ると危険ですよ! 一旦、下がってください!!」
ちょうど敵の体力が1000万を切る頃合い。ファーブラ・プエリーリスに凄まじい赤いオーラが発現し、旋風を巻き起こし周囲の人間を吹き飛ばした。
「ぎゃあああああああ!」「うああああああ!」「なんだこりゃああ!」「まずい!!」「逃げろ!!」「グレイスちゃんの言う通りみたいだぞ!」「撤退、撤退!」
「こ、このままじゃ全滅……」
わたしは焦る。
ネメシスとアルムも懸命に戦っているのだけど、敵はあと1000万の余力を残している。しかも、必殺技まで。これは一撃で沈めるしかない。
ならばと、わたしは更に叫ぶ。
「ネメシスさん、アルム!! みんなで一撃で仕留めるのですよ!」
「グレイス……分かりました。アルムは付与をお願いします。よろしいですね」
「了解です、ネメシスさん」
アルムの付与スキルが飛んでくる。
これで火力アップね。
それから助走をつけて、わたしは空高くジャンプ。ネメシスと宙で合流し、そして、一緒に奥義を放った。
『覇王轟翔波――――――!!!』
『覇王轟翔波――――――!!!』
最強の奥義が爆走していく。
渦巻くように、捻じ込むように螺旋を描く赤黒い覇気は、圧倒的な力でボスを粉砕し、灰燼へと変えていった。
何もかも消滅していく……。
「…………」
その驚くべき光景にみんなが沈黙して、ボスを見送った。レイドボス討伐を知らせる『祝福の鐘』が響くと、そこでようやく勝利を確信した。
「「「「「おおおおおおおおおッ!!!」」」」」
世界樹の前が大騒ぎ。
みんな感動に打ち震えていた。
わたしも、ネメシスもアルムも。
◆◇ ◆◇ ◆◇
「グレイスちゃんすげぇ」「ギルドの受付嬢って強いんだなぁ」「最強すぎでしょ」「俺、グレイスちゃんのファンになった」「カッコよすぎる」「ファンクラブ結成するしかないな、こりゃ」「噂広めたろ」「ドロップアイテムは何だったんだ?」
帝国・サンクチュアリのジェネシス前に戻っても、大騒ぎだった。わたしは握手を求められて大変だった。
「……ふう」
「お疲れ様、グレイス」
「ネメシスさんもお疲れ様です」
抱き合って生存を喜び合った。
「グレイス、私も」
「うん、アルムもありがとう」
ぎゅっと抱くと、アルムは頬を赤くした。
「家へ帰りましょう」
二人の手を繋いで、わたしはオラクル家を目指した。――そうそう、ドロップアイテムは神器アイテムだった。
★★★ ★★★ ★★★
【レエンカルナシオン】
【部位】靴
【Effect】
ファーブラ・プエリーリスの加護がある。
HP/SP +25%。
攻撃速度 +10。
移動速度 +10。
物理・魔法耐性 +25%。
スキルで与えるダメージ +25%。
全種族に与えるダメージ +25%。
精錬値が[7]を超える場合、
この効果は二倍になる。
状態異常[沈黙]にならない。
★★★ ★★★ ★★★
さすがに強すぎるので、しばらく秘密にした。もちろん、ネメシスとアルムには教えてあるけど、これは他の冒険者に知られると……どうなるか分かったモノではない。ので、わたしは、こっそり装備する事にした。