70.みんなと共に
今日も帝国ギルド『ジェネシス』の制服に身を包み、わたしは受付の仕事を処理していく。冒険者は絶え間なく続く。
「グレイスちゃん、おススメのクエスト教えて」
「――では、隣の町の牛乳配達を」
「初心者でも狩りやすいボスいない?」
「レッドゾーンのゴーレムを――」
「回避の腕輪が欲しいのだけど」
「それでしたら、海底ダンジョンに――」
とまあ、わたしはいつものように業務を続けていた。
◆◇ ◆◇ ◆◇
受付仕事とはいえ、やっぱり、冒険の話となるとついワクワクしてしまう。今日も定時だから、レッドゾーン以上のダンジョンへ出てみようと考えた。
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そこまでは、普通の一日。なんら変化のないギルドの受付仕事だった――けれど。
帰り際になって、それは突然起きた――
帰り仕度をすませ、わたしはジェネシスを出ようとして、出入口に向かった――その時だった。
「え……」
わたしは、思わず両手で口を塞いだ。
そこにいた人物があまりに意外だったから。
男が渇いた拍手をして、まるで祝福するように笑った。
「おめでとう、グレイス」
「あ……あなた、生きていたの……!」
「まあね」
そこにいたのは、あのマニアック騎士団のギルドマスターで、ある日『ザンキ』となった男だった。わたしが斃したはずの『ファイク』で間違いなかった。
「どういう事なの……あなた、ザンキになったはずよね。それに、上層部はあなたを実験体だと……モルモットだって言っていた」
「その逆さ、彼らがモルモット……ザンキの実験体だったのさ」
「な……なんですって!?」
「この私こそ、ザンキの源にして王。カオスの権化だ。だから、生き永らえた。でも、キミの攻撃は凄まじくてね、身体の再生に時間が掛かってしまった」
ニヤッと、ファイクは不気味に笑う。生きて目の前にいるという事は、本当なのだろう。迂闊に手を出せば、このジェネシスにいる冒険者たちが全員、ザンキにされてしまう――つまり人質という事。
「――それで用件は? こんな所に堂々と現れたのだから、わたしに用があるはずですよね」
「そうさ、グレイス。望みはひとつ……共存だ」
「共存ですって?」
「今後、ザンキは手を出さない。冒険者もザンキに変えないし、世界の終焉も撤回しよう」
――どういう事?
彼らは、人々を闇に染め、世界を支配するのではなかったの?
「気が変わったと言うの?」
「つまりは、そういう事になる。私の興味は人々や世界ではなく、グレイスただひとりとなった。お前は特別だからな。
さあ、どうする。共存を拒めばギルドの冒険者およそ300人は一瞬でザンキに変わる。それはお前も望まない結果だろう」
「そうね、分かりました。条件を呑みましょう。ただし、共存と言うのであれば、こちらの要求にも従って戴きます」
「ほう……何かな?」
「ザンキは、人々を襲わないって約束しなさい」
「さっきも言っただろう。もう冒険者に興味はないと――それよりも、気をつけるがいい。今後世界は、ザンキではなく『三人の転生勇者』によって、支配されるのだからな」
な……なにそれ。
三人の転生勇者ですって?
そんな情報、聞いたことも無いし、にわかには信じがたい。
「メテンプリコーシス、あの場所はリニューアルしたのだろう。それに伴い、転生者の質にも変化が訪れてしまったのだよ。おかげでザンキは不利になってしまってね……生き残りも、この私だけとなった」
「そういう事。あなた、勇者を恐れているのね」
「…………」
ファイクは黙った。図星か。
にしても、三人の勇者か。本当に現れるのだろうか? ……何にしても、このザンキ、本当に『臆病』ね――。
まあいいわ、この世界が維持され、人々もザンキにならないというのなら、歓迎する。わたしは平和と安寧を望む。
ファイクは、黒い影のバケモノとなり、わたしの『影』に融合した。今後はサポートしてくれるという。
心強いなんだか、なんだか。
(聞こえているぞ)
(げっ……ファイク、あなた、わたしの心を読めるの?)
(まあな。影は言わば人の心の分身……魂の一部。弱い思考はある程度流れてくる)
(そうなの。なんだか複雑ね。ファイク、あなた一応、男性ですし、乙女の心を読むとか趣味が悪いですよ)
(仕方ないだろう。まあ気にするな。私はヒトの姿は男だが、本来の性別はない。あれはただの仮の姿にすぎない)
そうなの? よく分からないけれど、心を読まれないよう、心を強く持とうとわたしは思った。
◆◇ ◆◇ ◆◇
オラクル邸に帰宅し、直ぐにネメシスとアルムに相談すると二人とも、ビックリしていた。当然だよね。でも、事情を詳しく話せば、二人とも納得した。
「分かりました……。しかしまさか、ザンキと取引してしまうとは……もう笑う気も、怒る気も、悲しむ気も、楽しむ気も超越し、新たな感情を創り出せそうです」
ネメシスが半ば呆れて溜息をついた。
「グレイスの影に潜んでいるのですよね」
「そうです、アルム」
二人とも頭を抱えそうになるけれど、なんとか状況を理解し、わたしの手を優しく握ってくれた。
右手にネメシス。
左手にアルム。
「なにがあっても、グレイスを守ります」
「ずっとずっと一緒です」
みんな笑顔で笑い合った。
みんなと共に前へ進んでいくと、固く誓った。
◆◇ ◆◇ ◆◇
わたしは聖女としても、ギルドの受付嬢としても、これからを一生懸命生きていく。この世界が大好きだから、何があろうとも皆を守っていく――。
【お知らせ】
いつも応援ありがとうございます。
番外編を始めました!
しばらくスローペースにて投稿させて戴きます。
今後、本編の改稿も行いたいと思います。
(見やすさアップ、コンテストに対応する為です)
また、本編の再開も検討中です!
応援戴ければ続きをより早く再開したいと思います。
よろしくお願いいたします。




