69.聖女の過去
※ネメシス視点です
わたくしは数々の女性冒険者を見て来た。
彼女達にも確かな冒険心はあった。強くあろうと一緒に戦った仲間もいた。――けれど、恐怖に負けてザンキに変貌してしまった。
人々を助けず、己自身を助けようとした。中には、わたくしを罠に嵌めた者さえいた。
その様子を父はずっと静観していた。
たぶん、きっと、わたくしとは関わりたくなかったのかも。今や真相は分からない。でも、父もまたザンキに変わってしまった。
戻そうとしても、当時のわたしは『覇王』ではなかった。だから、結局大切な人たちを失って――何もかもを失った。
あの日の雨は冷たかった。
世界各地を巡り終え、最後の都・メテンプリコーシスへ立ち寄った。そこで、ギルドのマスターである『エイル』と出会った。
「聖女候補を探している?」
「ええ、これで最後にしようと思うのです。見つからなければ、わたくしの使命は失敗。世界はザンキで満たされるでしょう」
「それは困るな。その話は、兄上……フォーサイトからも聞いた。フレイヤからもな。今はリーベという子が担っているらしいがね」
リーベ。
彼女は聖女ではないが、グラーフ師匠の愛弟子のひとり。彼女には『冥王』の座を譲るつもりらしい。わたくしには『覇王』をと言っていた。
「では、どうすれば……」
「うーん。このリーンカーネーションに、ひとり面白い子がいる。金髪の長い髪の可愛い子だぞ。おっぱいもでかい。ありゃ服越しからでも分かる爆乳だぞ……って、そりゃいいや。まあ、その子は三年近くこのギルドで受付嬢をしていてね。最近は何やら、冒険心に芽生え始めているようだよ。コソコソと抜け出している」
「!!」
エイルは興奮気味に言った。オヤジ臭いけれど、ちょっと姿をイメージしてしまった。そして、それを聞いて、わたくしはピンときた。
この帝国指定のNPC配置地域に、心を持った者がいる?
しかも、ギルドの受付嬢が?
それは大変興味深い。
「その子、前世は何をしていたのです?」
「それが分からないんだ。あの子……グレイスというのだが、彼女の前世、出生、家族構成なにもかも不明だ。本人は帝国・サンクチュアリが故郷とか言っていたが、そんな記録はなかったよ。家族もいなかった」
「なんです、それ……」
なんてこと。
それは……NPCともザンキともまるで違う存在という事だろうか? 世界を旅した時、わたくしは『恩寵』と『栄光』を手に入れていた。
この世界に七つある魂のカケラだ。
これが全て集まったその時、神様になれるのだという。
だから、わたくしは今まで失った物を取り戻そうと必死に足掻いていた。けれども、ひとりの力では限界を感じていた。このままでは、タイムリミット。世界も終わってしまう。そうなる前に手を打つ必要があった。
自分も弟子を取り、次なる聖女候補を育てる。
そうするれば、ある程度の時間を稼げるようになるのだ。仮にザンキを倒すことができれば、もっと世界の寿命は延びる。
だから……その子に望みを託そうと思った。
それから「どうする?」と、エイルは真剣な眼差しを向けた。わたくしの心はもう決まっている。
「その子の様子を伺いたいです」
「分かった。ちなみに、このリーンカーネーションの上層部に不穏な動きが見られる。私はきっと、いつか彼女を傷つけてしまうだろう。だが、これは必要な事だ。彼女……いや、グレイスを希望の存在にする為の……」
「分かりました。その時は見守ります」
同意を得て、わたくしはグレイスを遠くから見守り始めた。
◆◇ ◆◇ ◆◇
毎日、グレイスを見守り続けた。
そうしていけば、彼女の実態が分かって、冒険者を熱心に導く姿勢、性格の良さ、魂の素直さとか色々見えて――ああ、この子は、今までの誰よりも強い心を持つんだなと感じた。
「グレイス……とても輝かしい」
ええ、確かに胸も大きかった。
実にわたくし好み。……おっと、つい。
「ふむ、ゾンビを倒しにいくようですね」
であれば、大量のゾンビを擦り付けて、彼女の出方を見てみようと考えた。きっとこれで分かる。彼女の強さが。
――――そうして、わたくしとグレイスは出逢った。
◆◇ ◆◇ ◆◇
「――――」
ベッドから起き上がると、オラクル邸。
そっか、わたくしは昔の夢を。
グレイス……
彼女はわたくしの大切な存在。




