51.大手モンスターテイマー
お風呂から上がると、やっぱり違和感を感じた。
「…………」
急いで下着をつけて……警戒しながら部屋へ。
なにか……いるの?
「……どうしたのです、グレイス」
「あ……ネメシスさん」
やっぱり、ネメシスだったのかな。
でも、気配が違ったような。
「あの、ネメシスさんは今戻って来たのです?」
「ええ、そうですよ。わたくしは用事があって、今からお風呂です。グレイスと一緒に入りたかったのですけれど……仕方ありません」
ウソ。
部屋にネメシスはいなかった。
つまり、謎の気配は……別人。
「? どうなされたのです。顔色が優れませんね。仕事と冒険の疲れですか? 気を付けて下さいね、どうか御身をご自愛ください」
と、ネメシスは優しい言葉を残して……お風呂へ行ってしまった。
「……」
疲れている……だけかな。
◆◇ ◆◇ ◆◇
あれ以降は気配を感じなかった。
ネメシスも隣にいてくれて――すんなり眠る事が出来た。
――翌朝。
朝支度を済ませ、わたしはジェネシスへ向かおうと玄関へ歩いていた。すると奥からフォーサイト様がいつもの爽やかな表情で現れた。
今日もいつもの面積の少ない鎧で軽装だった。
「フォーサイト様」
「やあ、グレイス。これから仕事かい?」
「ええ、これからジェネシスへ向かう所です。フォーサイト様もインペリアルガーディアンのお仕事ですか?」
そう聞くと、フォーサイト様は少し困った顔をして、なぜか頷いて返事をした。
「グレイス、良かったらキミの護衛をさせてくれないか」
「え……わたしの、ですか」
「あ、ああ……ほら、変な男とかに付き纏われるかもしれないだろ。俺が守ってあげるから」
まさかの提案。
もちろん嬉しかった。この想いを無碍にするワケにはいかない。うん、いい機会だし、彼の事を知るチャンスかも。
「お願いします」
「本当かい……?」
「はい、フォーサイト様になら守って戴きたいです」
「そりゃ良かった。じゃあ、行こうか」
◆◇ ◆◇ ◆◇
外へ出て、道を行く。
帝国・サンクチュアリは建物が綺麗に連なっているから、かつて建国した皇帝陛下の性格が伺える。
アルシュ皇帝陛下。
この国を統治し、支配する王。ある根強い信者には神として崇められている。ザンキと呼ばれる悪魔、邪心からこの国を守っているからだ。
国の名の通り『サンクチュアリ』は不可侵の聖域。窮極絶対の鉄壁。だから、この国は世界の中心に位置する国。
その周りには『ゴスペル』、『レリジェン』、『クローチェ』、『ソサエティ』の四つの国々、あるいは島国が存在している。どの国も帝国と同調し、または同盟を組んでいる。世界は今、ザンキに脅かされているから戦争をしている暇もない。
――――と、フォーサイト様は歩きながら教えてくれた。知っている情報もあったけど、知らない事も多かった。
「……メテンプリコーシスは、帝国領だけどね。ただ、聖域からは外れている。何故なら、転生と両立出来ないから。それが世界の理でね」
「そうだったのですね。だから、あの時はザンキが……」
このサンクチュアリに来てからは、ザンキを見ていない。ダンジョンにも居なかった。少し『聖域』を出れば、あの邪心が現れるらしい。
もちろん、それは人間の心から生まれる。
「人の心ってなんでしょうね」
「うん、その答えを探すのはとても難しい事だよ。でもね、あのザンキという心を拠り所にしている存在がいる以上、俺たちは気をしっかり持たなきゃならないね。負けたら、それこそ闇に飲まれ、あの醜いバケモノに変わってしまう」
マニアック騎士団のギルドマスター『ファイク』は、ザンキに変貌してしまった。その理由はまだハッキリとはしていないけれど……邪な心は、より人の形を変えやすいのかもしれない。
フォーサイト様はそう言った。
◆◇ ◆◇ ◆◇
ギルド『ジェネシス』に到着。
「ここまでありがとうございました」
「頑張ってね、グレイス」
手を振って別れた。
…………でも、なんだろう。他の女性からの視線が痛い。わたし、すっごく睨まれてる。
少し焦っていると、見知った顔が現れた。
「おはよ~」
リーベ先輩だ。
青髪ショートヘアが今日も可愛い。
「先輩。おはようございます」
「グレイスちゃん、朝から大人気だねえ~。注目度抜群じゃーん」
いや、それ……別の意味。
きっと、フォーサイト様を独り占めしているから。けど、ちょっと優越感……クセになりそうかも。
「な、なぜでしょうね」
「まあいいや。それよりさ、グレイスちゃんのお客さんだよ」
「お客様?」
「うん、昨日のテロ事件でさ~、それを目撃したお客様がグレイスちゃんと話がしたいって」
すると、そのお客様が登場した。
「どうも、初めましてグレイスさん」
ぬっと現れたのは、とても身なりの整った青年だった。実にお金持ちっぽい。
「は、初めまして……」
「僕はウィル。昨日のグレイスさんの活躍をこの目で見ましてね。惚れ惚れしました……まさに僕の全身に電気魔法・サンダーボルトが駆け巡ったのです!」
そう青年・ウィルは、わたしの右手を取った。
「あのぅ……」
「グレイスさん、僕は大手モンスターテイマーのショップ店の経営者です。生活に不便はさせませんから、どうでしょう。僕と結婚を前提にお付き合いを」
真剣な眼差しを向けられた。
周りからも「おぉ~!」とか歓声っぽいのが。
「わぁ、グレイスちゃん。凄い人に目を付けれちゃったね」
先輩も驚く。
というか、わたしも驚いた。
本当に凄い。だって、大手モンスターテイマーと言えば、世界最大のお店。わたしでも名前くらいは知っている。確か『アンビシオン』と言ったはず。年商だって10億セルとかだったはず。
とても魅力的に感じたし、優しそうな人だなって思った。……うん、お話くらいなら――そう思った時だった。
「……おほん。悪いんだが、グレイスは俺の客人でね」
軽い咳払いをしながら、フォーサイト様がわたしの前に。まるで守るような。
「あんたは……? なっ、フォーサイト殿か。なぜこんな場所に……」
怪訝な顔をしてウィルは、彼を見た。
それから、表情を変えて――
「インペリアルガーディアンがこんな所でサボっていていいのかね」
「俺の行動は皇帝陛下によって自由を許されている。守護が必要な場合は、偉大な賢者スキルで転移、召喚される手筈なのだよ」
「……ちっ、そういう事か」
舌打ちして、ウィルは背を向けた。
「言っておくが、僕は諦めねぇからな! グレイスさん、きっと貴女を手に入れてみせる……そのうち、また」
足早に行ってしまった。
フォーサイト様を恐れている風な?
「大丈夫か、グレイス」
「は、はい……」
いつものように心配され、わたしはホッとした。……ああ、やっぱりフォーサイト様の顔を見ると安心する。
「お仕事の邪魔しちゃってごめんね。じゃ、奥で見守っているから、少ししたら帰るよ」
「ありがとうございます」
フォーサイト様も隅へ行かれてしまった。
ぼうっとその背中を目線で追っていると、頬を突かれた。
先輩だ。
「グレイスちゃんって、フォーサイト様とすっごく仲いいね」
「え……そんな事……」
「好きなの?」
「……ふぇぇっ!?」
そう言われて、わたしは顔が真っ赤になった……。どくどくして、全身が熱くなっていく。……あのウィルさんを見てもこうは成らなかったなのに。
……そっかぁ、わたしやっぱりフォーサイト様が好きなんだ。
この前のサージュと対峙した時は、勢いで『好き』とか言ってしまったけど、あの時は必死だったから出た言葉だった。
でも今は違った。
傍に居てくれて、見守ってくれて……。
優しくしてくれて……。
「あ~…実に分かりやすいね。さ、お仕事しましょ」
呆れ顔で手をパンと叩く先輩。
わたしはそこでハッとなって正気を取り戻した。……そ、そうだ。受付嬢のお仕事をしなきゃ! フレイヤさんに怒られちゃう。