49.リーインカーネーション
「お断りします」
それがわたしの答えだった。
そう返事をすると、グラーフさんは拍手をした。
「……これは驚きました。このような好条件に釣られぬとは、なるほど。ネメシスの先見の明は侮れませんなぁ」
カラカラと笑う執事。
何なの……?
ちょっと引き気味でいると――
「グレイス様、先程の引き抜きは本当でした」
「……本当だったの?」
「ええ、ですが、貴女は断った。それで良かったのです」
「どういう事ですか」
「……実を言えば、あのリーインカーネーションは『転生者』を導く存在でした。別の世界から来られる者、この世界で死亡し、新たな人生を歩む者。そんな方々を迎え、送り出すのがリーインカーネーションでした」
「そうだったの……」
「しかし、御存知かと思いますが、この世界には『慙愧』が影を落としておりますゆえ。通称・NPCと分類される人間には特に顕著に現れております。だから、転生者を正しく導かねば、心を支配されてしまうのです」
真っすぐわたしを見て、グラーフさんは真剣な眼差しでそう説明してくれた。
ザンキ……前に戦った。
あの恐ろしい影。あれがどうして存在して、どうしてバケモノになってしまうのか……その意味が分からなかったけど、ようやく少し分かった気がする。
ネメシスがわたしの肩に手を置く。
「グレイス、どちらにせよ……ザンキが存在する以上、リーインカーネーションを潰すワケには参りません。日々、新規冒険者は増え続けています。その方々をザンキに変えない為にも貴女という輝ける存在が必要なんです」
「わたし……」
どうして、わたしなの。
わたしは……ただのギルドの受付嬢。
それだけなのに。
少し辛くなっていると、アルムがわたしの前に。
「メテンプリコーシス周辺のザンキを押さえ込んでいたのは、グレイスさんです」
「え……」
「グレイスさんは、ひとりで総合窓口を担っていましたよね。ずっとずっと……。だから、ザンキは現れにくかったのです。帝国・サンクチュアリの『ジェネシス』ではリーベさんが。メテンプリコーシスの『リーインカーネーション』では、グレイスさんでした。あなた方、ギルドの受付嬢がいなければ、この世界はとっくに滅んでいたのですよ」
おほんとグラーフさんは咳払いして、話を続けた。
「聖域と転生、これらは切っても切れない関係なのです。だから、リーインカーネーションに貴女が必要だった。だが、グレイス様のお気持ちも大切です。なぜなら、先程申した通り、この世界は『ザンキ』に満ちております。万が一、貴女様をザンキに変えてしまうような事があれば……世界は終焉となりましょう」
「わ、わたしも?」
「ええ、ザンキは人の心に棲む魔物。ネメシスから聞いておると思いますが、負の感情に飲まれてはなりませぬ。死の声に耳を傾けてはなりませんよ」
死の声……どういう事だろう。
それから、グラーフさんは一礼した。
「では、私は一足先にサンクチュアリへ帰還します。ネメシス、グレイス様をしっかりと守るのだぞ。アルム、後程、フォーサイト殿と話がしたいので頼みましたよ」
帰還アイテムを使ったのだろう、姿が消えた。
「…………」
しばらく静寂が場を包んだ。
「グレイス……」
複雑そうな顔でネメシスがわたしの前に立つ。
「……グレイス?」
二回、わたしを呼ぶ。
無視をしているわけではない。
ただ……気持ちの整理が追い付かなくて――。
わたしは……ネメシスに抱きついた。
「……いいのですよ、グレイス。わたくしで良ければ」
優しく頭を撫でてくれる。
……落ち着く。




