48.有能受付嬢の引き抜き
ボス『IBL5100』を相手にしていた執事のお爺様。たった一人でボスに立ち向かっていた。
「……さすがブラックゾーンですな。ですが、これでトドメです」
腕とかの筋肉を激しく膨張させた。すご……モリモリだ。それから、まさかの奥義スキルを放った。
『奥義……冥王武光拳……!!』
両腕を構え、押し出す両拳。
そこから、とんでもない大きさの白い光が飛び出て――
視界を奪った。
「ちょ…………嘘でしょ!?」
激しい光は『IBL5100』を粉々に吹き飛ばしてしまった。それから程なくして――あのお爺様が満足気に向かってきた。
「驚かせて申し訳ございません、お嬢さん」
「あ、あの……お強いですね」
「いやぁ、それ程でもありませぬ」
「ところで、貴方は?」
「おっと……そうでございました。私は、グラーフと申します。そこのネメシスとアルムとは知り合いでしてね。頼まれて先にこの鉱山の奥に参った次第でした」
「え……」
わたしはネメシスとアルムの顔を覗く。
二人とも顔を逸らす。
「ちょっと!」
「ご、ごめんなさい……」
「……うぅ」
二人とも知っていたんだ!
わたしに内緒にして……このグラーフさんをダンジョンに先行させていたんだ。
「どうして……」
「申し訳ありません、グレイス。どうしても、この方と会わせたかったのですよ」
本当に申し訳なさそうな顔をして、ネメシスはわたしの前に立った。
「……」
「そんな怒らないで、グレイス。貴女の為ですから」
「怒ってないです。でも、わたしの為って何」
「や、やっぱり怒ってるじゃないですか……」
ちょっと気になる情報もあったから、敏感になっていた。アルムは、彼がメテンプリコーシスの領主と言っていた。
まさか……。
「お嬢さん……いや、グレイス様。この度は大変なご迷惑をお掛けしました。メテンプリコーシスの領主として、謝罪致します」
丁寧に頭を下げるグラーフさん。
「えっと……」
「リーインカーネーションでは、辛い目にあったとか……。あの後、貴女を失ったギルドは崩壊してしまい、エイルも激しく後悔していたのです。そして、この私も……。
事の真相を話すと、上層部のある四人が貴女へ負荷を掛けていたのです。貴女に辞められないようにと……だから、あんなに働かせていたのですよ。異動もチラつかせて。ですが、その四人はもう私の権限で解雇にしました。ですから現在、リーインカーネーションは立て直し中です」
やっと本当の事を聞けた気がする。
「そうだったんですね……。でも、もういいんです。わたしはジェネシスで幸せなんです」
「……それなのですがね、グレイス様。貴女にはリーインカーネーションへ戻って来て欲しいのですよ」
「……?」
「このままでは、リーインカーネーションは消えてしまいます。ですから――」
「ご冗談でしょう? 嫌に決まっています。どうして今更、リーインカーネーションへ戻らなきゃならないんですか。言ったでしょう、わたしはジェネシスで幸せですって!」
柄にもなく、ちょっとだけイライラしてしまった。
「そうでしたか、意志は固いと」
「当然です。わたしは冒険もしたいんです。定時で上がれない職場環境なんてイヤです! こっちからお断りですよ」
「では、こうしましょう。週三日勤務、給料はジェネシスの五倍は払いましょう。そうですね、有給も五倍。上司権限もグレイス様に託しましょう。エイルは辺境ギルドへ異動させます」
え……。
「…………」
いきなり、ヤバすぎる好条件を提示され、わたしは口をパクパクさせるしかなかった……。えっと……なにその引き抜きみたいな。
そ、そうよ。
これはわたしを釣る為の……餌よね。
悩む事なんて……ない。
わたしの心は決まっているのだから。




