29.有能受付嬢
オラクルの邸宅まで結構歩いた。
距離ありすぎ……これは移動が大変ね。
やっと玄関前に辿り着き、そこにはメイドさんが待ち構えていた。……ていうか。
「アルム!?」
「お帰りなさいませ、兄様」
「兄様!?」
わたしは、口調と雰囲気変わりすぎのアルムを三度見した。フォーサイト様は、苦笑して返事を返した。
「おいおい、アルム。仲間の前だろう? 気楽にすればいい」
「……兄様、はい」
一緒に冒険した時もまあまあ大人しかったけど、ここまで清楚ではなかった。でも今はすっごく落ち着きがあって気品があった。貴族なのは本当なのね。
それから、アルムはわたしを見た。
「……あの、アルム。わたし……」
「労働基準監督ギルドとして……いえ、個人として謝罪します」
「え……」
「あれは、私が間違っていた。止められなかった私の責任です」
そっか……責任を感じてくれていたんだ。
でも、アルムはちゃんと上層部に掛け合ってくれていたようだし、それについては本当に嬉しいし、わたしの為だったはず。
「いえ、わたしの方こそ身勝手で……大人げなくてごめんなさい。あの時のわたしは心が疲れていたんだと思う」
真意を伝えると、アルムは深く納得。
それからわたしの肩に手を置き、
「これからもグレイスを必ず守ります」
と、断言してくれた。
それが嬉しくて……泣きそうになった。
「アルム……」
「これからは【帝国・サンクチュアリ】で活動なされるのですよね。私と兄様、そして、フレイヤも全力でサポートします」
そこまで言われて、わたしは色んな感情が込み上げて……泣いた。
「ありがとう、アルム」
「ちなみに、姉のエイルですが……」
「……?」
「あれから姉は激しく後悔していたようです。なぜあんな事を言ってしまったのか……上層部の圧力があったとはいえ、グレイスを傷つけてしまったと……今は心を病んでしまっています。
それから、リーインカーネーションですが……グレイスという有能すぎる受付嬢を失い、機能しなくなりました。今は崩壊しています。冒険者も帝国に流れつつあるほど。つまり、リーインカーネーションの上層部は自らの首を絞めてしまったわけですね」
そ、そうだったんだ……。
エイルさんが……。
「そして、今、リーインカーネーション上層部はこう口を揃えて言っています……。『グレイス、戻ってこい』と」
「……もう遅いです。わたしは帝国にいるから」
アルムは「ええ」と頷き、ネメシスを見た。
「ネメシスさん、グレイスは聖女としての覚醒を急ぐべきです」
「アルム……ええ、その為にも新しい職場に慣れてもらい、冒険する時間もきちんと作ってもらいましょう」
「二人とも……本当にわたしの為に……」
ネメシスもアルムも「あたりまえでしょ」って照れ笑いした。――ああ、そうか。わたしは仲間をもっと信じるべきだった。大好きな二人を。
二人は決してわたしを見放さなかった。
二人はずっとわたしを思ってくれていた。
もっと話すべきだった。
相談するべきだった。
それだけが後悔だった。でも……もう過去は過去。時を戻す術はないのだから。思い悩んでいても先へは進めない。わたしは二人の手を取る。
前へ進むために。
それから、わたしは二人に感謝した。
「ありがとう」
心を籠めてネメシスとアルムに笑顔を贈った。




