24.里帰り
――次の日、わたしは【リーインカーネーション】へ向かい、上司のエイルに面と向かってそれを叩きつけた。
「……グレイス、これは」
「退職届です。今までありがとうございました」
「か、考え直せ……。いくらなんでも早急すぎる……昨日の事なら謝ろう。あれは本意ではなかった……仕方なかったんだ。上層部の圧力が――」
「わたしの変わりはいくらでもいるんでしょう。それに、こんな過酷な労働条件で働きたくありません。……というか、一歩間違えればヒトを殺しかねないですよね。ブラックギルドすぎますよ」
反論はなかった。
当然だ。わたしはあの地獄の一か月をやり切った。わたしの為だったらしいが、だったら最初から言って欲しかった。せめて事情だけでも分かっていれば……。
「お世話になりました。さようなら」
◆◇ ◆◇ ◆◇
受付嬢の制服も返却し、わたしは自由の身となった。これで良かった。
だって、わたしは冒険をする楽しみを知ってしまったのだから。あの心躍る高揚感を忘れられる筈が無い。
それを阻むというのなら、例えお世話になっていたギルドだろうが関係ない。だから、わたしはもっと時間に余裕のある職場を求める。そうでなければ、あのまま腐っていくだけ。また圧力を掛けられれば、自由はない。
わたしには時間が必要なんだ。
街を歩いていると、
「グレイス!」
ネメシスが追ってきた。
「グレイス……リーインカーネーションを辞めてしまったと聞きましたが!」
「わたしはもう、リーインカーネーションの受付嬢ではありません」
「なぜ! あの一か月を耐えきったのに」
「今のわたしには自由意志があるのですよ。だから他の選択肢だってあるの。なにも国は【メテンプリコーシス】だけではないから、残業の無いもっと良い職場環境だってあるはず。だからね、転職よ」
そう、なにもあそこに拘る必要はないのだ。
元上司も言っていた。
『嫌な事は嫌って言えばいいんだよ。無茶しすぎだ』
――って。
嫌だったから、わたしは決めたのだ。
「じゃあね、ネメシスさん」
「……グレイス」
◆◇ ◆◇ ◆◇
三年ほどお世話になった都【メテンプリコーシス】を出る事にした。不思議とそれほど未練はなかった。寂しさもない。
もっと故郷のような感覚とかあるかと思ったけれど、違うみたい。今はただ、早く新しいギルドへ入って――新しい受付嬢の仕事をしたい。
そう思っていた。
ネメシスは追って来なかった。
アルムは労働基準監督ギルドへ戻ったみたい。
「さて、目指すは【帝国・サンクチュアリ】ね」
都【メテンプリコーシス】を遥に凌駕する世界最大の大国。もともとわたしはそこの出身だった。だから、これは里帰りでもある。
暖かい日差し。
広大な緑の草原フィールドを進んで行く。
空気が美味しい。
新しい風が吹き抜け、頬を撫でる。まるでわたしを祝福しているかのように。こちらへ来いと囁いているかのように。
行こう――帝国へ。