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23.四時間残業

 リザレクションの書を取り忘れていた。



「……あ」



 朝目覚めて思い出した。

 ボケボケした思考の中、それだけは思い出せた。けれど、もう遅かった。クエストは時間切れにより無効。タイムアップ。




「あぁぁぁあ~~~~っ!」




 ベッドの上でジタバタするわたし。

 なんでこと……せっかくの冒険だったのに、あの殺人ギルドに邪魔されたせいで……。また取りに行こう……。



 でも今日からまた仕事だ。

 立ち上がって、顔を洗いに行く。



 それからバッチリ仕度を済ませて、リーインカーネーションへ向かった――のだが。まさか、あんな事が起きるなんて。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇



「え……? しばらく残業ですか!?」


「そうだ、グレイス。最近、冒険者が殺到していてな。すまないが、覚悟してくれ」


「でも、他の社員さんとか……」


「すまない、労働環境に耐えかねて何人か辞めてしまってね……人手が足りないんだ。心苦しいが、穴の空いた分、四時間(・・・)の残業は覚悟して欲しい」




「四時間!?」




 ……し、死んじゃうって。


 でも……やるしかないのね。


 今日から毎日、四時間残業が続いた。



 ひたすら受付の仕事を世話しなく、汗水垂らして処理していった。終わっても次。終わっても次。果てしないほどに続く業務。もちろん、冒険になんて行ける(はず)もなく。




「…………っ」



 ちょっとだけ……辛い。

 けど、受付嬢の仕事は好きだし……なによりもこの先にある冒険の為にも必死に頑張ろうと思った。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇



 一か月後。



「グレイス、よく頑張ったな」



 なんとあれから一か月も経過してしまった。その間、ネメシスやアルムは理解してくれていたのか温かく見守ってくれていた。



「エイルさん……。わたし、もういいんですよね。残業から解放されるんですよね!? もう毎日毎日、四時間残業ですよ……」



 疲労を露わにしながら、わたしはエイルに泣きつくように問い投げた。……すると、エイルは首を横に振り、死刑宣告を言い渡して来た。



「……すまない」

「へ」

「今後、しばらくリーインカーネーションで寝泊まりしてもらう」



「………………は?」




 何言ってるの……この上司。

 さすがに意味分かんない。




「…………休みは?」


「ない」

「ないって……睡眠時間なんていつも六時間あればいい方ですよ。まだ働けって言うのです? 酷くありませんか!」



「では、総合窓口から身を引くか?」



「……へ」



「グレイス、もう一度言う。受付嬢の華と呼ばれる総合窓口を辞めてもらってもいいんだぞ。他のクエスト受注やアイテムストレージ案内とかダンジョン案内に回ってくれてもいい」



 …………エイルさん?

 ウソ、エイルさんがそんな提案をするなんて……信じられなかった。ずっと、わたしに総合窓口を任せてくれていたのに。というか、最近負担を強いているのも何なのだろう。



 労働基準監督ギルドのアルムも動かないし……一体どうなっているの。わたしは素直に従って……奴隷のように働き続けるしかないのか……。



「……」



 だんまりしていると、エイルは眉間に皺を寄せて何かに耐えるようにして、わたしを見た。



「グレイス」

「……はい」

「やる気があるのか……無いのかハッキリするんだ。別に受付嬢自体を辞めろとは言っていない。だが、受付嬢の仕事は甘くはない。知っているだろう」



「……」


 もう何も考えられなくって……

 黙っていると……



「――――まったく。嫌な役を押し付ける」



 エイルはそう言った。



「グレイス……お前はさ、嫌な事は嫌って言えばいいんだよ。無茶しすぎだ」


「……え」


「なんでもかんでも背負いこんで……無理して。私の見込みでは一週間と思ったのだがな……一か月も耐えるとは恐れ入ったよ」



 すまなかったとエイルは謝罪した。


 どういうこと?



「実はな、グレイスお前の異動が決まっていたんだ」


「…………異動?」


「ああ、リーインカーネーションから辺境ギルドへの異動が決まっていた。だが、私は上層部に掛け合い、交渉した。それがこれだった」



「つまり?」



「十二時間労働を一か月耐えれば、異動は取り消すと連中は言った。それならこのリーインカーネーションを任せられると……だから、お前に圧力を掛け続けていたのだ。大変な苦労を掛けてしまったな、グレイス」



 ……そう、だったのか。

 わたしの為を思って…………。




「……エイルさん、ありがとう」

「分かってくれたか」


「でも……もういいです。わたしはリーインカーネーションを去ります」


「ちょ……まて! グレイス!」



 ――たとえ嘘でも……『総合窓口を辞めてもらってもいいんだぞ』なんて言って欲しくはなかった。わたしは受付嬢としてのプライドを傷つけられた。



 もうあの過酷な毎日によって、とっくに心なんて壊れてしまっていた……。こんな事ならずっとNPCのままで良かった……。こんなに辛いと感じるくらいなら、いっそ……。




 無気力のまま出口へ向かうと――




「グレイス、どこへ行くのです」



「ネメシスさん……アルムも。二人ともどうして助けてくれなかったの。わたし達、一度はパーティを組んだ仲間でしたよね。それなのに……一か月も……一か月も……うあぁぁぁぁぁ……」



「ごめんなさい、グレイス……辛かったですよね。でもこうする他なかった……リーインカーネーションの上層部は、裏から国をも操るほどの大きな権力を持つのです。だから、手出しが難しかった……。あれがエイルの精一杯だったのです。許してあげてください」



「でも……でもぉ……」



「私からも謝罪させて下さい。ですが、労働基準監督ギルドも毎日交渉を重ねておりました……でも、何とか条件を取り付けましたから……だから」



 必死に真相を語るアルム。

 みんな必死に動いてくれていたんだ……。


 わたしのために。



「…………」



 今はただ泣くことしか出来なかった。

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