番外編 ガールズトーク
戸村真広は、新しいゲームを買うと部屋に引きこもる。食事の際には降りてきて、普通に会話をするが、他の時間は共用スペースにほとんど顔を出さなくなる。
七瀬柚子には事前に伝え、その間の課題を設定し、いざというときは呼び出しも許可しているものの、他の事情。たとえば、宮野悠奈による襲撃なんかは一蹴するほどのこもり具合である。「居飛車穴熊よりも固い守りだ」とは、悠奈の談である。
ともかく。
そうなると、だいたい二日ほど穂村荘からは真広の存在感が消える。頻度は月に一度ほど。
今回はその期間のお話。
真広が部屋で「運ゲー即死魔法きたあああ!」と盛り上がっている間の出来事である。
◇
宮野悠奈は退屈していた。
普段は自室でアニメを観たりしている彼女だが、当然気分が乗らない日もある。そういうときは、真広とくだらない話をするのが常なのだが。今回は巣ごもりの時期と被ってしまったので、そうもいかない。
水希は帰って来れば夕飯の準備。手伝いを申し出たところで、足を引っ張るだけだ。
摩耶はまだ仕事だし、となると必然的に柚子しか残らない。
が、彼女は受験を控える身。それも一年生からの分野を、ほぼすべて三月からやっていると言う。水を差すのは憚られた。
そんなことをするくらいなら、腹を切る。宮野悠奈はそういうタイプの女子であった。令和の武士道JKである。
「ぬう……」
大人しく学校の復習でもしていようか。ため息交じりに、諦めようとしたときだった。
「ぴ、ピーマンが足りない!」
キッチンから聞こえた悲鳴。
「ボクが具になろう」
「自己犠牲の心が強めのスイミーですか?」
立ち上がり、風のような爽やかさで救いの手を差し伸べる悠奈。ほぼ同時に帰宅して、リビングに入ってきた柚子。
「あ、先輩じゃなかったんですね」
「似ていただろうか」
「いえ。……よく考えたら、どちらかというと悠奈さんっぽかったです」
「そうか。ボクもまだ甘い」
「なにを目指してるんですか……」
「トム先輩のように品行方正、質実剛健、常に前のめりな姿勢をもった人間だ」
「たぶん、違う人ですよ」
品行方正……かはわからないが、その他二つは確実に違う。常に五時間目の古文みたいな顔をしているのが、あの男である。前のめりになるとしたら、バランスを崩したときだ。
「……ええっと、すみません。ところで何の話をしていたんですか?」
「トム先輩の代わりに、ボクが買い物に行こうという話だったのだ」
「そうだよ。代打、悠くん!」
「御意」
「と思ったけど、マヤちゃんから連絡来た。スーパー寄って帰って来るって」
力いっぱい駆けだそうとしたところ、出鼻をくじかれふにゃぁっと倒れる悠奈。今日はなにをやっても上手くいかない。心がくじけそうにはなるが、こういう日もあると言い聞かせ立ち上がる。前進だけが人生だ。
「それはよかった……」
「マヤさん、今日は早いんですね」
「『ノルマを置き去りにしてやったわ』って書いてあるよ」
「大丈夫なんですかそれ」
柚子の日本語解釈が正しければ、終わっていないという意味のはずだが。
「どうなんだろうねえ」
ほわほわ笑う水希は、まるで気にした素振りを見せない。手を合わせて、小さく首を傾げる。
「ちょっとご飯が遅くなりそうだし、お菓子食べようよ」
「では、お茶を準備しよう」
「テーブル拭きますね。あ、あの、悠奈さんと水希さん。ちょっと理科を教えてもらってもいいですか?」
柚子はちらっと天井を見上げて、すぐに戻す。その意味を察して、水希は頷く。
「もちのろんだよ」
だが、胸に手を当てて苦しげな声を上げる悠奈。かつての敗北から、人にものを教えるのには若干のトラウマがある。
「くっ……ボクに教えることが、できるだろうか」
「なら、悠くんには教え方を教えてあげるね」
「大天使?」
お菓子とお茶を用意して、テーブルの上に教科書を載せ、三人での勉強会が始まる。
マヤが帰ってきたのは、二十分ほど経ってからだった。
リビングに入るや否や、「あらあらあら」と意味ありげに笑い、「なーにやってるのよ」と近づいていく。
「トラウマの克服だ」
「なにやってんのよ……」
真っ先に答えた悠奈に、はてなマークを浮かべるマヤ。彼女をもってしても、この女子高生はやや難解だ。
苦笑して、柚子が答える。
「勉強、教えてもらってたんです」
「その役目は真広じゃなかった?」
「先輩は――ほら」
「あー。廃人モードね」
そういえばと思い出す。朝から妙に反応が鈍かったこと、ずっとなにかを考えているようだったこと。
だからこの三人なのか、と納得。
「私のお菓子もある?」
「もちろんあるよ~」
「あ、水希これピーマン」
「ありがとマヤちゃん。これで肉を詰められるよ」
ぱたぱたとキッチンへ入っていく水希。その背中は、いつも通りに楽しげだ。心なし、去年よりも弾んで見える。
定位置に座り、マヤもまた輪の中に入る。
そして話すのだ。自室で「悪魔合体……スキル継承……」と呟いている、ぼんやりした男の話を。
それが、彼女たちを繋ぐ共通の話題だから。
穂村荘のガールズトークとは、そういうものである。