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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 2章 投げ捨てることだって、簡単では無かったけれど
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番外編 ガールズトーク

 戸村真広は、新しいゲームを買うと部屋に引きこもる。食事の際には降りてきて、普通に会話をするが、他の時間は共用スペースにほとんど顔を出さなくなる。


 七瀬柚子には事前に伝え、その間の課題を設定し、いざというときは呼び出しも許可しているものの、他の事情。たとえば、宮野悠奈による襲撃なんかは一蹴するほどのこもり具合である。「居飛車穴熊よりも固い守りだ」とは、悠奈の談である。


 ともかく。

 そうなると、だいたい二日ほど穂村荘からは真広の存在感が消える。頻度は月に一度ほど。


 今回はその期間のお話。

 真広が部屋で「運ゲー即死魔法きたあああ!」と盛り上がっている間の出来事である。







 宮野悠奈は退屈していた。

 普段は自室でアニメを観たりしている彼女だが、当然気分が乗らない日もある。そういうときは、真広とくだらない話をするのが常なのだが。今回は巣ごもりの時期と被ってしまったので、そうもいかない。


 水希は帰って来れば夕飯の準備。手伝いを申し出たところで、足を引っ張るだけだ。

 摩耶はまだ仕事だし、となると必然的に柚子しか残らない。

 が、彼女は受験を控える身。それも一年生からの分野を、ほぼすべて三月からやっていると言う。水を差すのは憚られた。


 そんなことをするくらいなら、腹を切る。宮野悠奈はそういうタイプの女子であった。令和の武士道JKである。


「ぬう……」


 大人しく学校の復習でもしていようか。ため息交じりに、諦めようとしたときだった。


「ぴ、ピーマンが足りない!」


 キッチンから聞こえた悲鳴。


「ボクが具になろう」

「自己犠牲の心が強めのスイミーですか?」


 立ち上がり、風のような爽やかさで救いの手を差し伸べる悠奈。ほぼ同時に帰宅して、リビングに入ってきた柚子。


「あ、先輩じゃなかったんですね」

「似ていただろうか」


「いえ。……よく考えたら、どちらかというと悠奈さんっぽかったです」

「そうか。ボクもまだ甘い」


「なにを目指してるんですか……」

「トム先輩のように品行方正、質実剛健、常に前のめりな姿勢をもった人間だ」


「たぶん、違う人ですよ」


 品行方正……かはわからないが、その他二つは確実に違う。常に五時間目の古文みたいな顔をしているのが、あの男である。前のめりになるとしたら、バランスを崩したときだ。


「……ええっと、すみません。ところで何の話をしていたんですか?」

「トム先輩の代わりに、ボクが買い物に行こうという話だったのだ」

「そうだよ。代打、悠くん!」


「御意」

「と思ったけど、マヤちゃんから連絡来た。スーパー寄って帰って来るって」


 力いっぱい駆けだそうとしたところ、出鼻をくじかれふにゃぁっと倒れる悠奈。今日はなにをやっても上手くいかない。心がくじけそうにはなるが、こういう日もあると言い聞かせ立ち上がる。前進だけが人生だ。


「それはよかった……」

「マヤさん、今日は早いんですね」


「『ノルマを置き去りにしてやったわ』って書いてあるよ」

「大丈夫なんですかそれ」


 柚子の日本語解釈が正しければ、終わっていないという意味のはずだが。


「どうなんだろうねえ」


 ほわほわ笑う水希は、まるで気にした素振りを見せない。手を合わせて、小さく首を傾げる。


「ちょっとご飯が遅くなりそうだし、お菓子食べようよ」

「では、お茶を準備しよう」

「テーブル拭きますね。あ、あの、悠奈さんと水希さん。ちょっと理科を教えてもらってもいいですか?」


 柚子はちらっと天井を見上げて、すぐに戻す。その意味を察して、水希は頷く。


「もちのろんだよ」


 だが、胸に手を当てて苦しげな声を上げる悠奈。かつての敗北から、人にものを教えるのには若干のトラウマがある。


「くっ……ボクに教えることが、できるだろうか」

「なら、悠くんには教え方を教えてあげるね」


「大天使?」


 お菓子とお茶を用意して、テーブルの上に教科書を載せ、三人での勉強会が始まる。


 マヤが帰ってきたのは、二十分ほど経ってからだった。

 リビングに入るや否や、「あらあらあら」と意味ありげに笑い、「なーにやってるのよ」と近づいていく。


「トラウマの克服だ」

「なにやってんのよ……」


 真っ先に答えた悠奈に、はてなマークを浮かべるマヤ。彼女をもってしても、この女子高生はやや難解だ。

 苦笑して、柚子が答える。


「勉強、教えてもらってたんです」

「その役目は真広じゃなかった?」


「先輩は――ほら」

「あー。廃人モードね」


 そういえばと思い出す。朝から妙に反応が鈍かったこと、ずっとなにかを考えているようだったこと。

 だからこの三人なのか、と納得。


「私のお菓子もある?」

「もちろんあるよ~」


「あ、水希これピーマン」

「ありがとマヤちゃん。これで肉を詰められるよ」


 ぱたぱたとキッチンへ入っていく水希。その背中は、いつも通りに楽しげだ。心なし、去年よりも弾んで見える。


 定位置に座り、マヤもまた輪の中に入る。


 そして話すのだ。自室で「悪魔合体……スキル継承……」と呟いている、ぼんやりした男の話を。

 それが、彼女たちを繋ぐ共通の話題だから。


 穂村荘のガールズトークとは、そういうものである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女の子の裏話というと、さえひろのGirls Sideを思い出すけれど、まあ結局男の奪い合いをしているあちらとは違って、まだこちらはほのぼのとしている/w 主人公は全員と直接の関係があり、女…
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