15話 風よ吹け
五人分の焼きそばを買って、別方向へ向かっていた古河たちと合流。護衛としてついていた宮野は、番犬よろしく周囲の男へ睨みをきかせていた。
「女子としてその顔はどうかと思うぞ」
「む。トム先輩は女性らしさを強要するタイプであったか」
「あの顔は人としてどうかと思うぞ」
「ぐはぁっ!」
「やべえ表情に男女は関係ないわな。すまんすまん」
「やめてくれトム先輩……これ以上傷を抉られると、ボクは修羅になってしまう」
「どういうスイッチ?」
後輩ちゃんの相手をしていると、同級生さんは俺の手にあるレジ袋の中を覗いていた。こっちはこっちで、なんかのスイッチが入ったらしい。腕組みしてじぃっと観察している。ちょっと横に揺らすと、体ごとついてきた。
「どうしたよ」
「ソースが多いね」
「どかして食べな」
あっさり返すと、素直に頷く。
呆れたふうに笑うマヤさん。
「二人の扱い方が極まってるわね」
「履歴書に書けますか?」
「特技欄が埋まって良かったじゃない。採用不採用は置いておいて」
「それを置いたら履歴書の意味ないんですよ」
交換日記とかじゃないんだから。
「お二人はなにを買ってきたんですか?」
「「パエリア」」
声を合わせ、宮野と古河がプラスチック容器を差し出す。赤い米と海の幸が混ぜて作られた、スペインの料理である。
「「パエリア?」」
「あー。なるほど」
不思議そうにする七瀬さんとマヤさん。俺だけが、そういえばあったな。と思い出して頷く。ま、これでも在学してるからね。
「そう。留学生エリアで買ってきたんだよ!」
「のだ!」
ぴんと人差し指を立てて、すっかり息ぴったりな二人。仲良さそうだなおい。最近、うちの後輩がめきめき成長してちょっと寂しいです。
宮野、アホをやめないで……。
いや、それはやめられないか。ちょっと安心した。
「先輩、行きましょう」
「え、どこに?」
一息着ける場所を探そう。と、言おうとしたら腕を引かれた。誰に? 七瀬さんである。かつてないほどにキラキラさせた目。
「そのお店があるところです!」
「留学生は逃げないよ?」
「逃げるかもしれません!」
「日本の闇だね」
外国人アルバイトの厳しい世界、垣間見えちゃってるのかしら。七瀬さん、年は若いけどそういうとこ敏感だからなぁ。
どうしたものかと困っていると、俺の手からレジ袋がさらわれる。
「戸村くん。連れてってあげて」
「なぜ古河が?」
「行けばわかるから、ね」
「?」
いまいちピンとこないが、その後ろでは宮野も頷いている。二人揃って、ということはなにかあるのだろう。
「マヤさんも行きますか?」
「日陰に入りたいから、パスね」
「わかりました。じゃあ、ちょっと行ってきますね」
◇
まあいうて学園祭だって二度目だし、そこまで感動するものなんて今更そうそうないだろう。結局こういうのって参加して、自分が出し物をする準備の大変さとか、そこで知らない誰かと喋ったり、違うグループの雰囲気とかに乗っかったりするのが楽しいのであって、楽しいっつっても一緒にいるメンバーが楽しいってことであって祭りそのものにどうこうってのは――
「うぉおおおおお!」
「す、すごいです!」
壮大な前振りの後、感動に出会った。
パエリアは冷凍したやつを解凍してるんだろう、とか勝手に思ってましたすいません。だが、冷静に考えて古河がそれをチョイスするはずもないのだ。
屋台の中、青空の下、大きな鍋を二つ使ってのマジクッキングだった。
動画サイトでしか見たことのないような、巨大なヘラと、大量の食材。出汁のでまくったスープに生米を投入して、水を吸わせていく。
決して回転率は高くない。列は長く、ゆっくり進んでいく。しかし誰も不満そうではない。じっくりと完成に向かっていく鍋の中を、興味深げに見守っているのだ。
それだけの迫力があった。一混ぜごとに、食材が踊る。
しかもそれをやってるのが、筋肉モリモリの外国人ってのがいいよね。風情がある。
「これを見たかったんだね」
「そうなんです。売り切れちゃったら、見られませんから」
「確かに。危うく見逃すところだった。ありがとう」
「間に合ってよかったです」
七瀬さんは満足げに笑って、来た方へと向き直る。
「じゃあ、戻りましょっか」
「そうだね」
少し先を歩く、自分よりずっと小さな女の子についていく。どっちが大人かわかったもんじゃない。
一人でいたら、見落としてしまうものばっかりだ。だけど俺たちは、五人で。それぞれが別の方向を向いていて、声の届く場所にいる。
手を叩こう。こっちに楽しいものがあると。
手の鳴る方へいこう。そこはきっと、素晴らしい場所だから。
そうやって俺たちは、進んでいけるはずだ。
「戻りました」
「ただいま」
三人は、人の少ない階段に座っていた。これもお祭りあるあるな光景である。
楽しそうに会話していたが、こっちを見ると手招きしてくれる。一番下の段で、真っ先に古河が聞いてくる。
「どうだった?」
「テンション爆上げだった」
「よかったです」
親指を立てて笑って、空いた場所に腰を下ろす。マヤさんの左隣。
買ったものと各自の飲み物を出して、昼食の時間。日陰は涼しく、心地よい。祭りの喧噪も、ここは少し遠く感じる。
「真広、楽しそうね」
「マヤさんもじゃないですか?」
「そうね。悔しいけど」
「なにを悔しがってるんだか」
「そういうあんたはどうなのよ」
「悔しいですよ。理由はわからないけど」
やっぱり、似たもの同士だ。変なところが、この人とは似ている。
俺たちは一体、なにと戦っているのだろうか。だけどいつも、なにかと戦っている。
自分の中にあるちっぽけなプライドとか、どうでもいいはずの自尊心とか、無駄にでかい自意識とか。そういうものと戦いながら、少しずつ素直な自分に耳を傾けていけたら。
もっと変化を。
過激なものじゃなくていい。風が吹くように、心地よく移り変わっていきたい。
「ねえ、真広」
「はい」
「女子ばっかりの穂村荘に来てくれて、感謝してるわ」
「その点に関しては、ほとんど詐欺ですけどね」
「聞かなかった真広が悪いわね」
「外道か?」
くつくつとマヤさんは笑う。いつも通り、嗜虐的な悪役のように。それからふっと力を抜いて、いつもと少し違う顔を見せる。優しい姉のような。
「自信持っていいわよ。あんたには、人と人を繋ぐだけのものがある」
「……なんですか、それ」
「優しさより抽象的なものよ」
「うっす」
ほんとにあんのかよ、それ。
「あるぞあるぞトム先輩」
「うわびっくりした。急に振り向くなビビるから」
「そうですよ。ちゃんとあります」
「ほんとに?」
「…………」
「古河はゆっくり噛んでな」
四人からの視線を受けて、むず痒くて視線を逸らしたくなる。
だけど。逸らしたところで、きっと消えないのだろう。消えないくらいに、認めてくれているのだろう。
俺くらい自己肯定感低くたって、それくらいはわかる。
最初は、会話の少ない家だった。どこか気まずさが充満して、他人の集まりでしかなかった。
今は違う。
そこに俺が関わっているところは、間違いなくあるのだろう。
でも。
「みんなに魅力があるからなんだよなぁ」
結局のところ、それに尽きるのだろう。
「あらあら、四股宣言?」
「ボクの魅力……?」
「せ、先輩がわ、私のことを……?」
「…………?」
一斉に困惑する三人と、わざと誤解を助長するマヤさん。古河はゆっくり噛みな。
風が吹く。ほんの少しだけ、さっきよりも強い風が。
「いやまあ、べつにラブコメは求めてないんですけどね」
夏2章はここまでです。
次回、99話目は穂村荘SSをやって、100話目で宣言通り穂村荘RPGをやって、
それから夏3章にいこうと思います。
ちょっといろいろ忙しくてペース崩れてますが、整ったらまたぽんぽん進めればと思うので。よろしくお願いします!




