14話 ぎこちなさすらも
引っ越してきてから、四ヶ月。気がつけば一年の三分の一が過ぎたわけだが、当然わからないことは多々ある。
たとえば、マヤさんと七瀬さんの関係。
マヤさんの姉の娘――姪にあたるのが七瀬さん。知っているのは、ここまで。
その二人が一緒にいるところ自体あまり見ないし、仲は良さそうだけど……まあ、血縁者というのは独特な距離感があるものか。
「いろんな人がいますね。外国人さんもたくさんです!」
「留学生かな。国ごとに屋台出したりもしてるから、後で見に行こうか」
「はい!」
万華鏡の中にいるみたいに、七瀬さんはあっちこちへ顔を向けている。
三人の真ん中に俺がいて、反対側のマヤさんは比較的静かだ。
「…………懐かしいわね」
ぽつりと呟いて、しかし興味なさげに前を向く。
「で、なにを買うのよ」
「お好み焼きにしようかなと」
「大阪? 広島?」
「広島のやつが美味いんですよ。県民が集まってるとこがあって」
「広島のって、なにが違うんでしたっけ?」
「確か、焼きそばが入ってる」
詳しいことは忘れた。でも美味かった。だから食べたい。以上。
七瀬さんは首を傾げ、曖昧に頷いた。「じゃあ、行きましょう」と。
しばらく歩いていくと、目的の屋台。案の定、すごい行列だ。去年も長蛇の列ができていた。
ただ、回転率がいいので見た目ほどは待たないはず。
一番後ろに並んで、さてどうしたもんか。黙ってスマホ取り出してネットニュースでも確認する? いや、まさか。
「七瀬さんは、こういうの憧れる?」
「憧れます。キラキラしてていいなって」
「そうだね。やっぱりお祭りは楽しいよ」
「先輩も好きなんですか?」
「積極的に来たいとは思わないけど、来たら楽しめるみたいな」
「なら、来て良かったですね」
「違いない」
一人で訪れたいとは思わないが、誰かとなら――仲のいい人となら、十分に楽しめる。だから誘ってもらえるのが、一番ありがたい。
会話のパスを回す。
「マヤさんは、なんで学園祭が苦手なんですか?」
「昔好きだった男がね……」
「やっぱやめましょう。別の質問を考えます」
「なんでよ」
「『昔好きだった男』から始まるエピソード、ろくなもんじゃないでしょ」
どうしてそんなに嫌な予感を振りまいてくるのか。恐ろしいったらありゃしないぜ。
「最後まで聞いてみたら、どんでん返しがあるかもしれないわよ」
「そ、そうですよ! 聞いてみましょう!」
「……じゃあ、お願いします」
そこまで言うなら任せてみるか。
「昔好きだった男が、親友と付き合い始めて、そのツーショットを撮ったのが私よ」
「ほらぁ!」
一行日記の中にとんでもねえ質量の悲劇!
「かもとは言ったけど、あるとは言ってないわよ」
「マヤさんの巨悪!」
「あの時、カメラに手ぶれ補正がなかったら終わってたわ」
「文明は人類を救うって話ですか?」
「ええ。怒りを表に出してしまいそうで。危なかったわ」
「ブチ切れてた! 悲しみじゃなくて憎しみだった!」
失恋でへこむようなヤワなメンタルじゃないってことかよ。どんだけ逞しいんだこの人は。
「学怨災ってところかしら」
「暴走族みたいな漢字の使い方しないでもらえません? ほら、七瀬さん怖がってるし」
ツインテールの少女はカタカタ震えていた。心なし目の焦点が合っていない。
「ツーショット、好きな人、親友……」
なにが最悪って、マヤさんの言ったことはたぶんリアルなんだよな。そして珍しいものでもない。と思う。百人いたら何人かは心当たりがあるんじゃないだろうか。俺? ありますあります。似たような経験。
「どうすんですかマヤさん。めちゃくちゃ怖がってるじゃないですか」
「ワクチンみたいなものでしょ。いきなり食らうよりはマシよ」
「一理あるけれども」
七瀬さんの震えは徐々に収まっていく。若干不安そうではあるが、なにかを決意したように拳をぐっと握りしめ、
「私、写真の練習だけはしません」
努力の方向性を間違え宣言が発令された。正確には、努力しない宣言か。俺かな?
さてどうやって収拾をつけようかと思っていると、シャッターの音が聞こえた。
「ま、撮れるに越したことはないわよ」
ほら、と差し出される画面には俺と七瀬さんの姿。考え込む少女と、悩んでいる男。男のほうだけ削除してもらえるサービスありません? ありませんか……。
「あ」
「う」
ぽかんとしたのが七瀬さんで、石像みたいになったのが俺。将来の夢はガーゴイル。動かないでいい門番って、最高じゃない?
写真写りが悪いというか、写真になるとボロがでるというか。動いてこその戸村くんフェイスだと思うんだよね。
「……まあ、確かにです。できることは、多いほうがいいですよね」
「でしょう? ほら、次は三人で撮るわよ」
「俺、内カメラ苦手なんですよね」
「そんなこと言ってないで。先輩も入ってください」
「真広。あんた腕長いんだから持ちなさい」
「テナガザルかな?」
ため息のような、苦笑いのような、しかしもっと軽くてむず痒い息が漏れる。
スマホを受け取って、少し高く掲げる。上からなら、身長差があっても一枚に収められる。エセ陽キャ時代に身につけたスキルが、ここで役立つとは。
笑ってみる。笑顔を作るのは、苦手だと思うけれど。きっとそれは、横にいる二人も同じで。
「はい、ちーず」
このぎこちなさすらも、保存しておきたいと思った。




