13話 始まるよお祭り
「ほら見なさい、あれが祭りムードのノリで付き合い始めた大学生よ。きっと近い将来、禍根を遺して別れるわね」
「クリスマス直前のよくわからんタイミングで別れる、にモロッ〇ヨーグル二つ賭けていいですよ」
「へえ。なら私は夏休みにカレシが誘った温泉旅行を断って気まずくなり破局、に賭けるわ」
学園祭!
それは人がわんさか集まり、そこかしこから人となんちゃらモーターの音が響き、遠くからバンドの演奏が聞こえてくる、耳のいい人間にとっては地獄の催しである。さらにそこかしこを歩くのは、普段の講義でそんなにいないだろってくらいの大学生たち。プラス一般人。
学外の人は家族連れや、地元のお爺さんお婆さんが多い。だから普通というか、精神的にはかなり無害である。
害があるのは、学生たちだ。
「あの……マヤさん。先輩、大丈夫ですか?」
「「大丈夫」」
両腕を組んで殺意を滾らせるマヤさんと、頭にポップコーンの容器を被った俺。
浮ついたムードに当てられたバカップルが、物理学史に残りそうな奇跡的角度でぶっ飛ばした容器。そいつが放物線を描いて飛来、僅かに残っていた中身をぶちまけながら、俺の顔面にヒット。隣にいたマヤさんに軽い被害。
以上が、学園祭嫌い派の俺たちが受けた洗礼である。
慌てて謝りに来たカップルに向かって「注文した覚えはないんですけどねえ」と微笑んだら、慌ててタオルを取りに行ってしまった。
キャラメル味だったら終わってたが、塩味なので被害も少ない。容器をゴミ箱にねじ込んで、ついてしまったカスを払う。
深いため息と共に、小さくこぼすマヤさん。
「だから学園祭は苦手なのよ」
「忘れましょう。こんな奇跡的不幸、そう何度もあるもんじゃない」
俺たちが機嫌悪いと、七瀬さんに気を遣わせてしまう。そういうの、よくないと思うんだ。大人は穏やかにあらなくっちゃあね。
「古河は?」
「水希さんならそこにいましたけど……あれ?」
振り返ると、美食マニアさんがいなくなっていた。美味しそうな屋台でも見つけたんだろうか。
それかもしくは――
「む。邪悪な気配だ」
なにかを察知して、すっと動き出す宮野。その向かう先に、穂村荘のお母さんがいた。おっとりした動作で、店番らしき男と話している。知り合いか?
「うちのじゃがバター食べて行きませんか?」
「じゃがバターは作れるからいいかなぁ」
「あ、じゃあ美味しいとこ紹介しますよ。俺、もうすぐ当番終わるんで……」
もごもごと緊張しながら、しかしなにかを決心したように古河を見つめる男。と、その正面に突如現れるイケメン女子。くいっと眼鏡を上げる動作は、洗練され嫌味がない。
「ふむ。あなたの当番が終わると、どうなるのだ?」
「え、ええっと……」
「答えるがいい。しかし慎重にだ。もしナンパと言おうものなら、貴店の鍋が次に蒸すのはジャガイモではなくなる」
「宮野、落ち着け」
熱くなっている頭に、後ろからチョップ。威力はゼロ。痛い思いはさせちゃいかんので、ほとんど触れるだけの。
「すいませんね、うちの後輩が血気盛んで。ほら、行くぞ二人とも」
小さく頭を下げると、露骨にショックを受けた顔の店番。マジかよ男がいたのかよの顔、いただきました。
灰色の文化祭もきっと楽しいから、どうか頑張ってほしい。
心配そうにする七瀬さんと、呆れた表情のマヤさんに合流。
「古河がナンパされてました」
「さすが水希ね。百人斬りしちゃいなさい」
「変なこと教えないでください」
「てへぺろ」
「地味に古いのやめてくれません?」
若者の流行に乗り遅れたオジサンぽさがあるんだよな。ツッコミに困ってしまう。
おふざけ三昧なマヤさんは置いておいて、残る三人のほうを向く。
「来る前も言ったけど、いちおう確認な。女子たちは知らない男に声を掛けられたら、どうする?」
「処す」
「挨拶かな」
「えっと、先輩の存在をアピールする……ですよね?」
迷わず不正解のJK、JD。前者は逮捕されてほしいし、後者は危機感がなさすぎる。
二人に戸惑いながら、恐る恐る答えたJCのみが正解だ。
なんだろうね。年を取るほど人って馬鹿になるんだろうか。
「七瀬さんしか俺の話を聞いてない、ってことはよくわかった。つうか知ってた」
こめかみを抑えて、短く息を吐く。
「いいか。ナンパ目的のやつは、他に男がいれば引いてくれる。だから一緒に来てる俺を呼ぶなり、探すフリなりすればいい」
「ボクの後ろには三千人のトム先輩がいる、ということだな」
「いてたまるかよ」
「戸村くんの紹介をすればいいんだね!」
「もしかして古河、国語のテスト0点か?」
「あーもうまどろっこしいわね。いい? これから『ねえ君ヒマ? ちょっとお茶しようよ』とか言われたら、こう返しなさい。『彼氏がいるので無理です』って。これでいいでしょ?」
後ろから来たマヤさんがまとめて、ぽかんとする俺たち。
「先輩が彼氏」
「トム先輩を彼氏と偽る」
「戸村くんに彼氏」
「一人だけ腐ってるやつがいるな」
俺のことそういう目で見るのやめて?
しかもそれでいいわけな――いやなんかオッケームードだなこれ。
「でもって、真広はそれっぽく振る舞いなさい」
「じゃあ俺、学園祭中は四股ってことですか?」
「女の敵ですね。滅んでください」
「やはりトム先輩は邪悪」
「?」
当然のことを聞いたのに酷い扱いじゃん。浮気どころか彼女すらいないのに、気まずさだけは一丁前だ。
結局どうすればいいか決まらぬまま、面倒くささが限界に達する。話の終わりは適当で、流れた後にマヤさんが動き出す。
「じゃあぼちぼち、ビアガーデンでも楽しむわよ」
「敷地内での飲酒は禁じられてますけどね」
露骨にがっかりするマヤさん。むしろなぜいけると思ったのだろうか。
青空の下でお酒を飲みたい、という心は否定しないけどさ。
どうも我が家の管理人さんは頼りないので、しきり役を引き継ぐ。ここまでテンプレ。
「とりあえず昼だし、ご飯を買うってのでどうかな?」
「さすがだよ戸村くん」
「褒められることはなにも言ってないぞ」
食が絡むとチョロすぎる。古河、お腹空いてんのかな。
「どこも混んでるし、手分けして並ぶのがいいと思うんだ。二人と三人で」
アイコンタクトで確認すれば、全員頷いてくれる。
「おっけー。じゃあ、グーとパーで」
ちなみにこのグーとパーで別れるやつ。人によってグーとチョキだったり、かけ声が違ったりする。だから穂村荘では少し問題になり、その時に統一のための戦争があったりした。
結果は俺とマヤさん、七瀬さんの三人。宮野と古河の二人。
こっちの三人組、地味に経験ないな。