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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 2章 投げ捨てることだって、簡単では無かったけれど
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12話 好きなもの、2つ

 皆で学園祭に行こう。男に二言はないとか五本の指に入るくらい嫌いだけど、後輩との約束は簡単に破れない。アイドル育成も、約束はできるだけ破らないようにしちゃうよね。そういう理屈。


「と、いうわけなので学園祭に行きましょう」

「真広。『と、いうわけで』から会話を始められても困るわ」


「マヤさんならいけるかなと」

「あんたは私をなんだと思ってんのよ……どうせ、柚子か悠奈あたりのお願いなんでしょうけど」


「ほらいけた」


 伝われと念じたら伝わった。これがテレパシー。あるいは以心伝心。今日もマヤさんと俺は息が合う。


「簡単な推理よ」

「ですよねえ」


「真広が自分から学園祭――大学に行くはずがない」

「いや俺、大学生なんで大学には行きますよ?」


「どうだか」

「疑われてる!? 基本的にして根本的な部分!」


 よい子の寝静まったリビング。テーブルに頬杖をついたマヤさんが、くふふと魔女みたいに笑う。俺ごときまるっと飲まれてしまいそうな、底知れない表情だ。


「で、なんで真広が誘ってるのよ。あの二人にやらせればよかったじゃない」

「いやー。それはそうなんですけどね」


 すっとぼけたように手をひらひらさせる。


「でも、そしたらマヤさん。断るかなって」

「へえ」


 正解とも不正解とも言わず、口元を僅かに緩ませる。


「率直に聞きます。大学の学園祭、興味ないですよね」

「ぶっちゃけ一ミリもないわ」


「そういうこと、あの子らが聞いたらショック受けるでしょ」

「手厚いわねえ」


「マヤさんに慈悲がないだけです」


 やれやれだぜ。

 渋い顔を作って俯いてみるが、もちろんスタープラチナは使えない。使えてもマヤさんに勝てる気はしません。心が弱いからね。


 この家において、彼女の立場はやはり特殊だ。俺や古河でさえ学生で、つまり独り立ちしているわけじゃなくて。成人しようがバイトしようが、子供であることには変わりない。

 その点、マヤさんは大人だ。どの角度から見ても、完膚なきまでに大人である。


 だから誰も張り合えない。少なくとも、七瀬さんや宮野には無理だろう。求めるほうが酷だ。


 だが俺はどうだ?

 少なくともゲームをしている間は、コントローラーを手にしている瞬間は完全に対等である。そこには忖度も譲り合いもなく、純粋にお互いを蹴落とす意思しかない。徹底的な敵対で、血で血を洗う関係である。


 友達とかでは、ないかもしれないけれど。

 子供のワガママを押しつけるだけかもしれないけれど。ならばやはり、言いにくいワガママは、最年長が言うべきだ。


「俺だったら、断られても諦めないですし」

「……ふうん。真広、ちょっと変わった?」


「方針だけです。内面は今も昔もパッパラパーですよ」


 大した中身がなく、確固たる決意などなく、人としての正しさなどどうでもよい。

 それでも、大切なものを大切にできる人になりたい。ただそれだけの、方針転換。


「そ。なら、一つ条件があるわ」

「どの臓器ですか?」


「あんたは私をなんだと思ってんのよ」

「隙を見て俺のことぶっ飛ばそうとする人、だと思ってます」


「ぶっ飛ばすわよ」

「ほらぁ」


 ほらぁっていうかホラー。

 今までの人生全部やり直したいくらいつまんねえな。ボツ。

 っぱダジャレは難しいな。深みが足りん。実戦投入はずっと先になりそうだ。


「それで、条件ってなんですか?」

「行くなら全員参加よ。それができないなら、三人で行ってきなさい」


「……………………、あー」


 少し間が空いて、気がつく。

 俺としたことが、うっかりしていた。なぜ忘れてしまったか、今となっては思い出せない。

 いるじゃないか、もう一人。断りそうなやつが。


 むしろ彼女のほうが、マヤさんより強敵じゃないか。







 美食マニアにとって、学園祭ほどそそられないイベントはないだろう。フードフェスなら今後一年分の情報を把握している古河は、しかし直近の学園祭のことをただの休講だと思っている可能性がある。

 まったく学生としてどうなんだそのスタンスは。けしからん。以上、棚の上からのコメントでした。


 可能性があるとすれば、祭りの雰囲気が彼女の味覚に作用するワンチャンス。空腹を調味料にカウントしている女だ。ノーチャンスではない。


 いざってときはとんでもねえ嘘つこう。三つ星レストランが出店してるとか言っちゃおう。土下座の準備も欠かさずに。謝罪は人生のスパイス。


 とかなんとか不安を抱えつつ、通学中に切り出してみる。


「なあ古河、今度さ。学園祭、穂村荘のみんなで行かないか?」

「いいね!」


「インスタ女子の軽さだな! え、いいのか?」

「だめなの?」


「だめじゃないけど」


 不思議そうに首を傾げる古河。同じ角度で首を傾ける俺。通学中なので、歩き方もちょっと傾く。


「意外だなと思ってさ。なんか興味ある店、出るのか?」


 純粋な疑問を口にすると、明るい髪の少女はくすりと笑った。陽だまりのような微笑みに、ほんの一瞬だけ体感時間が止まる。


「そうだね。自分でもちょっと意外」


 芽を出したばかりの双葉みたいに、少しの汚れもなくそこにいて。

 けれどなにかが、変わるような予感と共に、古河は指を二本立てた。


「今はね、好きなもの、一つじゃないってことなんだと思うよ。みんなでいたら、それだけで楽しそうだなって思うんだ」

「……そっか」


 変わったのかなと思う。俺も、古河も少しくらいは。

 でも、寂しがるほどの変化じゃないのだろう。続く会話は、いつも通り。


「戸村くんは、食べたいものある?」

「チョコバナナの青いやつ」


頭がアホアホモードなので、少しの間感想返信ができないかと思われます。

正常モードに戻ったら返すので、お気になさらずお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、普通は動物たるもの青いものって食欲わかないんだけれどねえ。植物との協定が結ばれているようで。そういうのを好きなのが、彼らしいというか。 ある意味超然としていた古河さんも変化してきてい…
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