11話 学祭へ行こう!
「暑い」
六月も終盤になれば、気温は既に三十度を超える。最近の地球、ちょっとやりすぎじゃない? 人類のこと滅ぼそうとしてるようにしか見えないけど、実際どうなんですか? 教えて大地! 讃頌してあげるから!
ちなみに中学時代、合唱コンクールではテノールでした。アルトをやるには低く、テノールには高い。そういう声しか出ない時期だったので、マジでいい思い出がない。「男子ちゃんとやって」じゃねえよやってんだよ。変声期舐めんな。
今となってはすっかり声も低くなり、ビデオカメラを通せばほぼゴーレムのうなり声だ。自分の声、本当に聞きたくない。
にしても、
「暑い」
外を歩いていると、思考のあちこちで「暑い」が食い込んでくる。つい声に出してしまう。声に出して読みたい日本語さん!? 違うな、ただの防御反応だ。さっさと冷房に当たらないと。
早歩きに切り替え、なるだけ早く帰宅。玄関を開け、手洗いうがいを済ませてリビングに直行。
ソファに座り、ぐったり白目を剥いた宮野がいた。ぽかーんとした口で、無感情の声が響く。
「ぽぽぽ」
固まる俺。動かない宮野。流れる空気は最近の中でも一二を争うほどにシュールだ。
「……ぽぽぽってなに?」
声を掛けると、ビクッと身体を起こす。電撃を喰らったみたいで、ソファから飛び上がった。
「はっ。トム先輩! ぼ、ボクはなにを」
「ゾンビ映画に呼ばれそうな顔してたぞ」
「トム先輩が?」
「悪いけど、俺はサメ映画かな」
クッションを引っ張ってきて、カーペットの上に座る。カーペットといっても、暑くないので問題なし。リビングは空調も効いているので、自室より遙かに心地よい。
学校帰りの面々が、わらわら集まるのは必然と言えた。
「ただいまです~」
「「おかえり~」」
直帰することに定評のある俺と宮野、そして七瀬さんは、けっこう集まりやすい。古河は最近、「夏の新作スイーツを巡らなきゃ! これは使命だよ!」とか言って放課後はすぐにどこかへ行ってしまう。若いっていいなぁ。
ということで、もはや定番と化した三人。
「聞いてくださいよ、今日学校で実験があったんですけど、班の人がなにも聞いてなくて大変だったんです」
「班の人がなにも聞いてなくて大変だったのか。それは大変だったな柚子くん」
「そうなんですよ~」
傍から見てもIQが存在しない会話を楽しんでいる。
「悠奈さんは、なにかありましたか?」
「そうだな、最近は文化祭の計画を立てているぞ」
「文化祭! 高校のってすごいですよね。なにをやるんですか?」
「文化祭をするぞ」
「悠奈さんのクラスが、なにをするかです」
「あ、そっちか」
内心で鬼のようにツッコみたい心を抑える俺。偉い。人の会話に割り込まない俺、最強のマナー講師になれる。
腕組みして心を抑え込む。まだだ。まだ俺のターンじゃない。
宮野はやや躊躇いながら、
「喫茶店をすることになりそうだ……」
「喫茶店! いいですね! 先輩もそう思いますよね」
「ん、そうだね」
呼ばれたのでここで参戦。ツッコミ解禁の合図でもある。
「どんな喫茶店ですか?」
いつもよりぐいぐい質問する七瀬さん。高校というものに興味を示すのは、いいことだと思う。
「ん、テーマか。そのテーマなのだが……少し難航していてな」
「?」
首を傾げる七瀬さん。いまいち伝わっていないようだが、宮野は気がついていなさそうだ。軽く補足しておく。
「文化祭で喫茶店をやるクラスは、わりとあるからね。和風喫茶とかメイド喫茶とか、コンセプトを他の団体とずらさなきゃいけないんだ」
「なるほどです」
いくら装飾しようと、教室は教室。オシャレな空間よりも、楽しげな方向へ舵を取ったほうがいい。そうしてたどり着くのが、コスプレである。
「具体的には、どんなのが出てるんだ?」
「黒ギャルカフェと執事カフェで教室が二分されている」
「それぞれの趣向が強すぎる」
「ギャル筆頭の小野寺さんと、執事筆頭の宮野でほぼ戦争状態なのだ」
「執事側の勢力はお前が率いてんのか。ほぼ主犯じゃん」
「つけまとネイルの魅力を伝えてくるギャル勢。推しの執事を懇々と語り続ける我々」
「仲良さそうだな」
「オシャレに目覚め始めるオタクたち、アニメや漫画に目覚めるギャルたち」
「オタクに優しいギャルちゃん、爆誕」
「だが、黒ギャルと執事は相容れない存在」
「まあそこはな」
「互いが互いの良さを理解し、それでも妥協し合えない悲しい関係。なぜボクたちは争わなければいけないんだ。こんなことを繰り返してなんになる――? だが、決めねばならない。決断しなければ、人は前に進めないのだから!」
「…………」
「……す、すごいです」
なにやら感動している七瀬さん。非常に呆然としている俺。
高校ってそんな楽しそうな場所だっけ? というか宮野、そんなに楽しそうな学校生活を送ってるやつだっけ?
まあ、そこを聞くのは趣旨と違うし。水を差すのもなんだろう。
「結果が決まり次第、二人には報告する。今しばらく待っていてほしい」
「はいっ! 楽しみにしてます」
微笑ましい光景だ。立ち上がって、お茶をいれる。麦茶うめえ。
「そういえばトム先輩」
「おー?」
「大学の学園祭が近々あると聞いたが」
「あるらしいな」
元の場所に戻って、コップを揺らす。
俺と古河の通う大学には、夏と秋に学園祭がある。秋のほうが規模は小さく、夏はけっこうな規模で開催される。確か、三日ほど連続でやるはずだ。
「あるらしいって、先輩はなにもしないんですか?」
「出し物って基本的に、サークルとかがやることだからね」
俺からすれば、休講増えてラッキー。くらいしか思わない。下手な知り合いに会うリスクを考えれば、家にこもっているのが正解択なのだが。
向けられた二つの視線が、それだけはダメと告げてくる。
「トム先輩」
「先輩」
「……皆で行く?」
ま、そんな目で見られちゃったら断れんわな。