7話 いいことあるよ
プラネタリウムの利用客で一番多いのは、小学生とその親だろう。休日だということもあいまって、その傾向は顕著に見られる。
俺と七瀬さんという組み合わせは、もしかすると年の離れた兄妹に見えるのかもしれない。意外なほど周囲に溶け込んでいる気がした。
ショッピングのときは浮き方エグかったからな。二度見してくる輩は定期的にいた。
ということもありまして。
七瀬さんをどこかに誘うというのは、高難度クエストに分類されているのだ。ワンチャン警察の友達ができる。
「プラネタリウムの椅子、寝れるよね」
「寝たら怒りますからね」
「どんなふうに?」
軽い気持ちで聞いてみると、七瀬さんは自分のことを指さす。
「ほら、私ってマヤさんと血が繋がってるじゃないですか」
「どれだけ陰湿な嫌がらせをするつもりだい?」
「マヤさんのことをなんだと思ってるんですか……。ただ、貸しにするだけです。そしてそこから無限に搾り取るんです」
「概ね間違いじゃないよね俺の言ってたこと」
想像を超えてきてるんだよなぁ。
やはり七瀬さんもマヤさんの姪。強く育っていく未来がありありと浮かぶぜ。
「具体的には、なにを搾り取られるんだろう」
「それは……まだ決めてませんが」
「ふむ」
「マヤさんと相談する予定です」
「教育者はちゃんと選んだほうがいいよ?」
俺が言えたことじゃないと思うが。あの人は参考にしたらだめなやつだ。本当に俺が言えたことじゃないな。
「――と、いうわけで。先輩は起きなくてはなりません」
「なるほどね。まあ昨日は早めに寝たし、大丈夫だと思うよ」
「何時に寝たんですか?」
「十一時」
「先輩らしからぬ時間ですね。……いつもなら午前と午後が逆なのに」
「ははっ。それは新作に手を出したときだけだよ」
本気でハマると二十四時間とか普通に経ってて怖い。ゲームってすごい。最近は自重気味だけど、これ一人暮らしだったら大変なことになってるぞ。
やっぱり人の目って大事だなって思いました。まる。
チケットを二枚買って、エレベーターで階を移動し、中に入る。円形のホール。中央に投映機があって、それを囲むように椅子が並んでいる。ものは映画館のと同じだが、背もたれが下がっていて、上を見やすいようになっている。
席について、開演までぼんやりした時間を過ごす。子供も多いので、ホールは静寂とはほど遠い。
気持ち声を絞って、なんでもないことを言ってみる。
「星っていいよね」
「綺麗ですからね」
無味無臭のやり取り。相変わらず、気の利いたトークというのは難しい。
でもまあ、こんなもんでいいやと思う。こういうぼんやりした時間は、寝ぼけたような会話がちょうどいい。ぬるま湯にはぬるま湯の心地よさがあるのだ。
「星座とか、正直俺にはよくわかんないけどさ。時々思うんだよね。わかる人には、どんな夜空が見えてるんだろうって」
「わかります。その気持ち」
時々考える。勉強なんて言い方をすれば、咄嗟に警戒してしまうけれど。学びというのは、人生と切り離せず、大切で、必要なものなのだ。
「勉強の話なんですけど」
「うん」
「私、最初は頭を良くして、誰かを見返したいって思ってたんです」
「そうだったね」
「でも、その誰かはどこにもいなくて。……ほら。転校しちゃったので」
「確かに」
七瀬さんが冗談めかしたので、小さく笑って返す。
「じゃあこれから、なにを目標にしようかなって思って。そしたら、見つけたんです。私の前で、いつも楽しそうに授業をしてくれる人のこと。その人が見てる景色が楽しそうだから、頑張ろうと思ったんです」
「…………」
眠かったわけじゃない。ただ、目を閉じた。照れくさくて、向かい合っていなくてよかったと思う。
なんと返そうか少し悩んで、その間に落ちていく照明。この話題が終わることに安堵しつつ、いつも通りの一手。
「……それは、いい先生に出会ったね」
「はい。いい先輩に会いました」
うちの後輩は、どうも俺に優しくない。
◇
先輩ってのは、格好よくなくちゃいけないと思う。
俺は自分がイケメンだとは思わないし、今後そうなる予定もない。顔面を魔改造したとて、ジメジメしてキノコが生えてきそうな内面は変わらない。
だけど、戸村先輩ってのは違う。
尊敬されてるんだ。これでも、両手で抱えきれないくらいに慕われている。その信頼を、嘘にしたくない。
どれだけ俺が淀んだ目で、どれだけ俺が怠惰な人間で、どれだけ俺がコミュニケーション苦手星人だとしても。世の中が間違ってるとか、そういうことは言いたくない。
先輩がダサいと、後輩は希望が持てないからさ。
手を叩いてやりたいんだ。こっちだって。こっちにくれば、楽しいことがあるんだって。そしてその場所に、皆で行きたい。列を成して、RPGのパーティーみたいに。わちゃわちゃして、めちゃくちゃで、適当な毎日を歩んでいきたい。
マヤさんが黒魔術師で、古河が狩人で、宮野が聖騎士、七瀬さんが神官。おれはなんだ? 余りで剣士でもやろうか。たぶん、そのへんだ。勇者はいない。いなくていい。
きっと楽しい旅になる。そんな妄想を、たまにする。
――いいことあるよ。メリークリスマス。
結局のところ、原点はそこだ。
あの日古河がくれた言葉を、伝えられる人になりたい。
いいことあるよ。
慰めではなく、無責任ではなく、預言ではなく。確信してそう言える人になりたい。
「あっ、く、クリームが鼻についちゃいました……」
「写真撮っておく?」
「やめてくださいっ!」
そんなことを、クレープを食べながら思った。
お知らせ
人生に疲れた俺は~(略称:生ハウス)は、もうすぐ100話になります。
そこで記念SS。【穂村荘RPG】的なお話を書こうかなと思ってます。
お祭り的なものなので、なんか感想欄で「女聖騎士うぉおおおお!」的なこと言ってもらえると嬉しいです。それでは、もう10話ほど本編をお楽しみください。




