6話 ソロ活とサンドイッチ
突発・戸村真広の人生幸せプロジェクト。
いえーい、拍手拍手。はいはいありがとねありがとね。
まあ、一人なんですけど。
自室の片隅であぐらを組んで腕組みし、戦に向かう戦国武将のような真剣さで行う脳内会議。
迷走に迷走を繰り返し、ハンパな友情に傷ついた一年前。それから冷静になるのに三ヶ月。そろそろ挽回していこうじゃないか人生。
ということで、ソロ活をしようと思う。
ゲームをひたすらやって気がついた。俺、一人でもわりと楽しめる人種だ。他の誰かと喜びを共有しなくても、「俺にとって面白ければヨシ!」と言える側にいる。
第一回の舞台として選ばれたのは……一人ランチ!
よくよく思い出してみると、自分一人で外食に行ったことはほとんどない。誰かに誘われてとか、家族一緒にみたいな。そういうとき限定だ。一人だとカップ麺のが安いし。みたいに考えてしまう。
その常識をぶち壊せ。
古河の生き方を見て思う。美味しい食事は生きる糧だ。値段以上の価値を有している。
毎日を彩るための偉大な一歩になるだろう。
そうやって街へ繰り出したのはいいが――
「さて、なにを食べたもんか」
確かに俺は食べることが好きな部類ではあるし、好きなものも多い。だが、特別な執着があるわけでもない。連れて行かれるから、作ってもらえるから食べる。みたいな状況がほとんどの受け身人間。
ラーメンの気分かと言われるとそうでもなく、ハンバーグ、とんかつ、焼き肉、イタリアン、カレー……選択肢が無限にあるせいで絞りきれない。
どれもぴんとこないまま、ただの散歩を一時間近く続ける。
久々に歩き回ったので空腹になり、しかし入りたい店は一向に見つからない。
コンビニのサンドイッチにしよう。うん。諦めも肝心だ。
次はちゃんとリサーチすると心に決めて、颯爽と狙いの商品を購入。
俺くらいの猛者になってくると「レジ袋とレシートいらないです」と先んじて言うことができる。コンビニ上級者は格が違う。だがその一秒後に「あ、やっぱり袋ください」。人生初級者かもしれない。
「ま、外でピクニックってのも悪くないだろう」
独り言を言わないとマジで声が出なくなるので、これは必要な行為である。冬休み明けは本当に自分の声を忘れそうになった。
ぷらぷら歩いて行くと川沿いに出る。幸い天気もよく、ベンチに座ればさぞ気持ちがいいだろう。
なんて考えながら、周囲を見渡していたときだった。
川を見つめるツインテール。平日の昼間には目立つ髪型と、学校の制服。鞄を横に置いて、足をぷらぷらさせている。
少し移動して横から確認すると、間違いない。七瀬さんだった。
こんな時間になにをしているのだろうか。
……まあ、俺には関係ないか。
どれ、他のベンチでも探すかね。
……………………。
…………はぁ。
「七瀬さん。こんにちは」
「――っ、……なんでここにいるんですか」
「ピクニック」
「はい?」
めちゃくちゃ警戒されていた。そりゃそうだ。いきなり男から声を掛けられたら。俺だってビビる。場合によっては逃げ出すかもしれない。
なんとか無害アピールをしたい。
「ピクニックをしようと思ったんだ。天気が良かったから」
「ストーカーの言い訳ですか?」
「まあそう言いたくなる気持ちはわかる」
「キモいのであっち行ってください」
リアルJCからのキモい。滅多に聞けるもんじゃない。ほら、女子ってそういうの直接は言わないじゃん。陰で言われて、それをうっかり聞いて致命傷みたいな。
ツインテールから繰り出される罵倒。二次元なら頬を赤らめているところだが、現実は非情。淡々とした表情で言われる。
けれど傷つくかというと、別に。なんとも思わない。
「七瀬さんもピクニック?」
「聞こえなかったんですか? それともドMですか」
「SかMかで言われれば、間違いなくMだ」
「通報しますね」
「今の発言は自分でも擁護できないな。わかった。出頭しよう」
「……しませんよ。なんなんですか。本気で行く気だったんですか?」
「いや、通報しない一点読みだった」
「バカにしてるんですか?」
「冗談に冗談で返しただけだよ。深い意味とか、考えるほど頭良くないし」
左手はポケットに入れて、川を眺める。
ぼんやりと川を眺めたくなるのは、どんなときか。ちらっと見えた横顔に浮かんだ表情は、なんとなくデジャブを感じた。
そりゃそうだ。自分で経験したことなのだから。
「なにしに来たんですか?」
「別に、大したことじゃないけど」
右手に持ったレジ袋を渡す。
「なんですかこれ」
「この時間だと、給食も食べてないかと思ってさ」
「…………」
「古河が言ってた。いいことあるよって」
人生で一番辛かった日に、孤独に押しつぶされそうだったときにもらった言葉だ。
彼女が言ったような『いいこと』は、たぶんなかった。俺のクリスマスは一人で、ケーキを自室で食べて終わった。
だけど、その言葉にどうしようもなく救われた。
「水希さんのこと、好きなんですか?」
「普通」
「普通って……」
「特別じゃないという意味での普通だよ。悪い意味じゃない」
「ひどくないですか?」
「そうかな」
特別扱いしても困ると思うのだが。普通に一緒にいられて、普通に楽しめる。その程度でいい。そのくらいがちょうどいい。
「まあいいや。もう行くけど、風邪引かないようにね」
「あ、……」
「ん?」
「なんでもないです」
こうやって声を掛けたのも、古河にしてもらったことがあるってだけだ。
背を向けて歩き出し、家に着いたところで空腹を思い出した。俺はアホかもしれない。