6話 嫌いじゃないから
我が家の女子達の私服は、それだけで誰か見分けられる程度には特徴的である。
七瀬さんはスカート多めで、いかにも女の子といった格好。
宮野はジーパンにシャツといったラフなスタイルを、清潔に着こなす。
古河はロングスカートが多いが、ズボンの日もある。上はエプロンの印象が強い。
マヤさんはジャージ。
そして穂村荘の黒一点。戸村くんは普通の格好。『大学生 ファッション』で画像を検索すれば、上からスクロール二回以内にあるようなやつ。の、なんかちょっとこれじゃないバージョン。いわゆる劣化版である。
イケてないメンズ、略してイケメンのみんな……頑張っていこうな。
まあそんな格好も、普段から家中うろついていれば見慣れるのだろう。七瀬さんは昔ほど俺の服についてなにも言わなくなった。諦めたともいう。
ショルダーバッグに財布とスマホをねじ込んで、玄関を出る。朝の十時。夜行性の大学生にはちと早い。
早めに寝たおかげで眠さはないが、日光がやけに眩しい。
「消滅する……っ」
「消滅しないでください」
ボケを真上から叩き潰すタイプのツッコミ。お前のペースには乗らんぞという強い意志を感じたね。
順調に戸村キラーとして育っている七瀬さん。あの返しをされてボケ続けられるほど、俺の精神はタフにできていない。少し間を空けて、別の話題を振る。
「今日もお洒落な服だね」
「そ、そうですか……?」
ちらっと上目遣いを向けられる。
「もちろん」
白いシャツの上に、淡い色のデニムジャケット。下は膝丈のチェックスカートで、目に涼しく健全な可愛らしさがある。髪は下ろして肩から垂らし、いつもとは少し雰囲気も違う。
俺が平安貴族だったら、うっかり和歌の一つや二つ詠んでいたもしれない。平成生まれでよかった。
「ありがとうございます」
小さく頭を下げて、今度は俺の服をじっと見つめてくる。ターン交代らしい。
「先輩の今日の服……着てますね」
「斬新な評価だね」
もしかして俺、服を着てない日もあるのかな? 怖すぎ。
「全身タイツよりはいいと思います」
「よしっ」
「……先輩の感情がわかりません」
褒めてくれたのは七瀬さんなのに、なにを困っているのだろう。チットモワカラナイですね。
「っていうか、本当に全身タイツ着たりしないですよね?」
「ほしいものリストから贈られてきたら着るけど」
「ほしいものリストに入ってるんですか!?」
「いちおう」
「…………」
ドン引き七瀬さん。
「まあ、公開はしてないけどね」
「お願いですから先輩。たとえどれだけ有名人になっても、公開しないでくださいね?」
「後悔してからじゃ遅い?」
「もう!」
ちょっと怒られた。
「オヤジギャグ言ってると、オヤジになっちゃいますよ」
「なにその可愛い理論は」
「か、可愛くなんてないですっ! 恐ろしいです!」
「そう?」
「一つ屋根の下に知らないおじさんがいたらと思うと……恐ろしいです」
「それはそうだね」
幽霊より怖いかもしれん。おじさんのことは擁護できなかったから、そうなる前に俺も卒業しないとな。
ところでおじさんって、何歳から?
ちょっとしたホラーだよな。男って大変。
「じゃあ、七瀬さんのためにも若くいないとだ」
「そうですよ。先輩は若返らないとだめなんです」
「精神年齢は五歳で止まってるんだけどね」
「できれば精神は成長してください」
「できたらね」
前向きに検討して善処したい。
「まったく。先輩はすぐ誤魔化すんですから」
「冗談は嫌い?」
軽く聞いてみると、七瀬さんはそっぽを向いてしまった。
家から持ってきたお茶のペットボトルを開けて、俯きがちに。小さな声で言った。
「……嫌いじゃないから、困るんです」
ほんの少しむず痒くて、頬を掻いた。
電車が入ってくる。




