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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 2章 投げ捨てることだって、簡単では無かったけれど
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5話 策士策士策士、溺れるのは俺だけ

 いきなり内心を読まれて動揺させられ、激おこぷんぷん丸と化した俺は、ため息と共に爆弾を落とす。


「ええっと、要するに古河のことか?」

「…………」

「…………」


 投げ込んだのはド直球の火の玉ストレート時速一六〇キロ。右肩が吹き飛んでしまったので明日からお勉強できません。


「そうなの? 玄斗」


 首を傾げるリカさん。心なし口角がつり上がっている。

 さっきの意趣返しくらいにはなっただろうか。田代は若干困ったような顔で、両手を降参するふうに挙げた。やっぱり効いてないかもしれん。


「あー……まあ、結論だけ言えばそうなる」

「え、え、この間の合コンで? じゃあ狙っちゃいなよいっちゃいなよ玄斗!」


「や、それが真広クンに止められてるんだ」

「トムくんに!?」


 爆弾を投下したと思ったらもっと強いの飛んできたな。

 嫌な予感に従ってグラスから口を離してた俺、偉い。普段の生活で培われた危機管理能力の賜だ。


「待ってなにトムくん水希のこと好きなの?」


 今度は俺が降参ポーズをする番だった。


「まあまあ落ち着いてリカさん。グラスが空だけど、ガムシロップ入れる?」

「さらっと鬼畜なことしようとしてる!」


 隣をちらっと確認して、リカさんのいる理由を悟る。道連れ上等。逃げ場を潰して俺の口を割るつもりだこいつ。

 精神力が強すぎる。こいつがガチ陽キャの圧か……。


 これはむしろ、古河を連れてきたほうがよかったかもしれない。だがあいつ、今日の集合場所を伝えたら「じゃあいいかなぁ」とか言ってたしな。ファミレス、俺は好きです。


 目の前に座ったリカさんは、餌を目前にした荒野の獣。話題を得た女子とはそういうもんだ。教室の隅にいればよくわかる。


「誤魔化すなんて怪しいなぁ」


 ほれほれ、話してみなさいよほれほれ。みたいな顔してテーブルに腕を載せる。運ばれてきたお皿の間を縫って、器用なもんだ。


「古河のことねえ」

「そもそも! 水希と一緒に暮らしてて好きにならないとかおかしいと思ってたし!」

「一緒に住んでる?」


 明らかにさっきまでと違う反応をする田代。表情が笑顔のまま硬直。ゴルゴンの目でも見たのかしら。


「あ。――あの、リカさん」

「言っちゃだめなやつだった?」


「や。別に秘密にしてたわけでもないけど……」


 三者三様に爆弾をぶん投げ合う会ですか? その全部が俺に被弾してる理由について、誰か論理的な説明をお願いします。


「うーんっとだ……真広クン。話を整理しても?」


 眉間を揉みながら、田代が口を開く。


「君は水希さんと一緒に暮らしている」

「おう」


「血は繋がってない」

「おう」


「恋愛関係でもない」

「おう」


「……………………セのつく友達?」

「初めは俺もそう思ったけども!」


 なんか懐かしい勘違いだなおい。


「いいか田代。シェアハウス。ハウスをシェアする。わかるか?」

「つまり、同棲?」


「惜しい! いや、惜しくねえ!」

「トムくんの情緒が壊れちゃった」


 いつもこんなもんです。大丈夫とリカさんにジェスチャー。表情は乏しいが、感情表現はそんなに苦手じゃない。


「いいか落ち着け。俺たちは一軒家の別室に住んでいる。部屋は、別々だ。お互いの個室に入ったことはないし、入る予定もない。おけ?」


 田代は仏像みたいに固まって、むんずと黙りこくる。

 しばらくの間を置いて、どこか納得したように。


「つまり真広クンは、その環境にいるせいで一歩を踏み出せずにいるのか」

「なるほど。お前もガムシロップが飲みたいんだな」





 どうして若者は恋愛の話になるとこうも泥沼なのだろう。他人の感情を知りたがるし、じゃあ答えてやるよと歩み寄っても信じてもらえなかったりする。


 ここにいない古河のことについて、お前惚れないのはおかしいだろと田代が熱弁。ゾッコンかよと俺がツッコむと、ああそうだよと半ギレ。可愛いじゃんとリカさんも便乗。んなことぁわかってるんだと反論。


 わかってんだよ、そんなことは。

 古川水希が綺麗で、真っ直ぐで、可愛くて、作る飯は美味くて、連れて行ってくれる店は最高で、だけど他のことにはあんまり興味が無くて、その極端さが面白いんだって。


 そんなことは、俺にだってわかるんだ。

 じゃあなんでだよみたいな反論に、また堂々巡り。


 テーブルの上も空になり、時計の針もぐんぐん進み、不毛な会話がデザート代わりだ。カロリー消費がない、次世代のダイエットだね。

 ろくに動いてもいないのに、なぜかぐったりしている俺たち。


「……もう、やめないか? 俺、そろそろ帰んなきゃだし」


 停戦を申し出ると、無言の頷きが二つ。


「門限?」

「ま、そんなとこ」


「健全さだけは認める」

「そりゃどうも」


 間違っても、明日は女子中学生と遊びに行くんだよねあはは。とは言えなかった。別に秘密ってわけじゃないんだけどね?


 店を出て、なおも緩く睨み合う俺と田代。険悪ではないが、ずっとぴりぴりする。やっぱこいつ苦手だ。住む水が違う。

 そんな俺たちの空気を読まず、一人にこにこしたリカさん。彼女だけは始終楽しそうにしていたな。


「また集まろうねっ。この三人でさ」

「当たり前だな。まだ真広クンのこと、納得してないし」

「まじ?」


「「まじ」」


 有無を言わさぬ連帯感。また連絡するから、と一方的に言われ解散。

 ……これが、友情?

 バカな。そんなわけがあってたまるか。







 ゾンビ状態になって帰宅するのにも、最近慣れてきた。寝る直前と起きてしばらくもゾンビだし、一日のうち真人間である時間のほうが少ないのではないだろうか。ウォーキングデッドの撮影、待ってます。


 千鳥足で穂村荘の敷地に入り、そのまま玄関に向かおうとする。

 が、庭の椅子に座っている人影を発見。


 誰であろう、古河だった。さっきの話題が話題だっただけに、一瞬、迷いが生まれる。

 だが、踏んだ石の音で気がつかれた。


「あ、戸村くんおかえりー」


 住宅街の明かりで、ぼんやりと照らされた彼女は、手にペットボトルを握っていた。


「なに飲んでんだそれ。新作?」

「ううん。ただのサイダー」


「外で?」

「そう。外でだよ。夜風を浴びながら飲むと美味しさが1.1倍になるんだよ」


「装備品のバフみたいな数値だな」


 そこはもっとでかい数字にしろよ。あんぱんま〇だって百倍って言ってるんだからさ。


「相変わらず君のたとえは難しいねえ」

「そうだな。伝わるとは思ってないよ」


「私もやってみようかな、戸村くん式」

「たとえば?」


 促すと、古河は待ってましたと言わんばかりに、


「新鮮なキュウリみたいに棘のある発言だね」

「俺は写真を公開する生産者さんみたいに親切だから言うけど、古河には合ってない」


「がーん! ちょっと戸村くんのが上手い!」

「がーんって口に出す女子大生の希少さよ。あとこれ、上手いとかないから。ただの自己満足だから」


「そうなの?」

「どっちが?」


 一回の発言で取り扱う内容は一つにしようね。真広おじさんとの約束だ。


「まあともかく、古河は俺みたいになるなよ。頼むから」

「すごく真剣だ……」


「ああ真剣だ。ここ最近、だんだん俺っぽくなってきてる後輩がいて不安だからな」


 聞こえてるか宮野。俺はお前が心配だ。


「ふふっ。悠くん、戸村くんと仲良いよね」

「それは否定しない。マブダチかもしれん」


 いろんなことがありすぎて、あいつの前ではほとんど素だからな。いいことか、悪いことかは知らないが。


「あ、戸村くんもサイダー飲む? 冷蔵庫に冷やしてあるけど」

「今日は遠慮しとくよ。早めに寝ないとだしな。また今度」


「そかそか。じゃ、また今度ね」

「おう」


 ――古河のことが好きかどうか、か。

 そんなもん好きに決まってる。当たり前だ。


 だけど俺が古河を好きなのは、きっと古河が、付き合わなくてもいい相手だからだ。

 根本的に、田代とリカさんの考えは違う。


 ま、どうでもいいんだけどな。

 俺の内心なんて、俺だけがわかっていれば、それで。

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― 新着の感想 ―
[一言] おやおや、古河さん待っていたのかな。 まあ、傍からはなかなか理解されない関係だろうねえ。 そして、自分の内心は判っているつもりであっても、いつそこにごまかしが紛れ込んでくるかは判らない。
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