3話 なんだったんだろう。
「プラネタリウムに行きましょう」
開口一番の勢いに、どこか宮野のようなものを感じたが、隣にいるのは七瀬さん。
古河から頼まれた買い出しの途中。決定事項のようにツインテールの少女は言った。
「なるほど?」
困惑を隠せない俺。
「先輩はプラネタりたくないんですか?」
「プラネタるってなに?」
「室内で星を見ることです」
「プラネタリウムに行くことだね」
それ以外の意味がなさそうでびっくりした。
あんまり驚いたもんだから、夕飯の買い出し。絹豆腐か木綿豆腐か忘れたな。両方買って帰ろう。スマホのメモには豆腐としか書いていない。
「というか、なんでまた急に?」
てくてくと歩いていた少女の足が、ピキッと硬直する。容量不足のパソコンみたいにフリーズして、五秒ほどで動き出す。
「ほ、ほら、私。星座の分野が苦手じゃないですか」
「そうだね。苦手じゃないね」
「違いますよ苦手なんです! 言葉で遊ばないでください!」
心の声、全滅!
「苦手だっけ。確認テストはいい出来だったけど……」
「覚えてるんですか?」
「うんまあ、だいたいね。理科の苦手範囲は化学式と物体の運動くらいで、あとはまだやってないか問題なかったはず」
「社会は?」
「都道府県の分野で、雨温図を読み取るのがちょっと苦手だったよね。あとは時差の計算がまだ演習できてないかな」
「数学……」
「球の体積と表面積の公式をたまに忘れるよね。あとは分数の計算で、約分を忘れがち。因数分解はスムーズにいけそうだから、二次方程式もなんとかなりそうだと思ってるよ」
「え、英語は」
「過去形の変化を頑張って覚えてほしいかな。特に子音字+yのパターン。単語を覚えるペースは今のままで十分」
「こくご……」
「いい感じじゃない? 得意そうだし、俺から言うことは現状ないよ」
「な、なんでそんなに完璧に覚えてるんですか!?」
「なんで覚えてるんだろう……」
「私に聞かれても」
腕組みをして、少し考えてみる。答えは別に難しいことではなかった。
「教える相手が一人だからじゃないかな。五、六人持ってたときに比べればね」
「そうですか」
「ん?」
「一〇点くらいです」
「なにが?」
俺の知らないうちになにかを採点されていただろうか。身だしなみ? まさか。こんなに普通のジーパンとTシャツなのに。
いや待て冷静になれ。一〇〇点中一〇点。十分じゃないか? 一割だろ? むしろナイスファイトだろ。自分を称えていこう。
「なんでちょっと嬉しそうなんですか」
「一〇点取ったなぁって」
「?」
マジで意味不明なものを見つめる女子中学生の目、けっこうあれですよね。……あれですよね。女の子のいるお父さん方とかにはわかってもらえると思います。
「と、とにかく! 行きましょうってば!」
「他の人は?」
「あの家で先輩以外に星が好きそうな人、いますか?」
「うーん」
たとえばマヤさん。「真広、星よ星! バーベキューしましょ水希! お酒持ってくるわっはっはっは!」
たとえば古河。「月見団子が食べたいねえ」
たとえば宮野。「星はいいな! うん。星、いい!」
「……確かに」
なんだろう。みんな思い思いに楽しみそうなんだけど、こう、ベクトルが違うような気がする。脳内再現度はマジで高いと思う。特に宮野。百パーセントだろ。
「じゃあ行こっか」
「はい! 次の日曜日でどうですか?」
「日曜……土曜の次が日曜日だったよね」
「もしかして先輩。暇すぎて曜日を忘れちゃったんですか?」
「まだセカンドライフも始まってないのにね。あはは」
「笑い事じゃないですよっ」
ちょっと怒られちゃったよね。
「大丈夫だ。問題ない」
「朝からでもいいですか?」
「うん。ちょっと遠かったもんね」
田代たちとの集いは、早めに上がらせてもらうとしよう。事情の説明は、健康的な生活を送るため。とかでいいだろう。ギリギリ嘘じゃないはずだ。
満足げに頷く七瀬さんを見て、そういえばと思い出す。
「せっかくのお休みだし、ついでに甘いものでも食べようか」
「はいっ!」
飛び跳ねるような声で、一〇〇点満点の笑顔。本当に七瀬さんは、いい点を取るのが上手い。
頑張り屋な生徒には、ご褒美が必要だって気がしてたんだ。
ついでに糖分摂取しようとする俺は悪い大人。
そういえば、星座の分野が苦手と言っていたあれはなんだったんだろう。
……なんだったんだろう。
あとで確認テストでもしてみるか。




