10話 3バカかもしれない
生粋のタイムアタッカーだったらしい宮野と、生粋の害悪プレイヤーだったらしいマヤさん。そこに放り込まれる初心者の俺。
最初の練習はボコボコで、コースアウトや妨害を喰らいまくって目も当てられない順位だった。
だが、このRPGオタ。普段からゲームで頭を使うのには慣れている。コントローラーを握っている戸村くんは、シャーペンを持っている時より概算で六倍ほどIQが高い。期末テストにはコントローラーを持ち込みたい所存。
「このゲーム……先頭張るよりもアイテムで追い上げたほうが強いのでは?」
「甘いわね真広。圧倒的なテクでねじ伏せてやるわ」
「やってみないとわかんないですって」
へらりと笑って躱す。だが、熱いやつはもう一人いた。
「一位を狙い続けなくてどうするトム先輩。常に上を目指すからこそ、人は成長するのだ」
「そうかもしれないが宮野。常に上を目指さないから俺なんだ。向上心のある俺は俺じゃない」
「む。偉大な覚悟だな」
「騙されちゃダメよ悠奈。真広は真面目な顔でゼロ点の発言をするんだから」
「そうなのか?」
手の内が明かされたので、ペロッと某お菓子会社のキャラクターみたいに舌を出してみる。てへぺろ。
ドン引きされるかと思ったが、相手が相手なので普通に流された。悲しい。冷たいツッコミがほしい。七瀬さんっ!(犯罪者)
「そんな……ボクはトム先輩のことを無条件に信用していたのに!」
「それはお前に非があるだろ」
信頼じゃなくて丸投げって言うんだよそれは。
「許せない。やはり邪悪はトム先輩一人……」
「定期的に来るそれはなんなんだよ」
「いいから次のレース行くわよ! 二人まとめて粉砕してやるわ!」
「正義は勝つ!」
「うへぇ」
二人の圧力に潰されかけながら、ゲームは続く。
途中でちらっと古河・七瀬さんペアがリビングを見てたんだけど、なにも言わずに二階に上がっていったんだよね。なんでだろうね。ね。マヤさん、宮野。
まああと、俺もか。
「このレースは余裕ね。バナナガード、控えにも甲羅。鉄壁よ!」
「ショートカットで……!」
「好きな甲羅は青色です!」
「真広ォ!」
「ありがとうトム先輩!」
「あ、もう一発」
「トム先輩ィ!」
「運ゲー最高! なんで負けたか、明日までに考えておいてください」
「ぶっ潰す」
「もはや手加減は無用」
前のゲーム大会の時にも思ったけど俺、この二人相手だと容赦なくプレイできるんだよな。煽られるから煽り返せるし、わりと邪悪なこともバンバンできる。
自分の順位を上げるんじゃない。相手の順位を落とすんだ。解釈を変えればゲームは様相を変える。上しか見てないやつらは下からの攻撃に脆い。
だが、ひとたび辛酸をなめれば対応してくるのが経験者だ。
「一位行きなさいよ悠奈! 好きでしょう!」
「いいやマヤさんこそ、レディーファーストなのだから!」
「あんたも女子でしょ!」
「そうだった!」
譲り合ってるおかげで、順調に二人の順位が落ちてるんだよな。どれ、横からするっと抜かそうか。
とか思っていたら、マヤさんのカートが甲羅を投げてきた。追尾性能のない緑色。コースの壁面にぶつかって、バウンドしたものが俺に当たる。
「甘いわ真広。私が誰か忘れたみたいね」
「『緑甲羅のマヤ』……っ!」
「ず、ずるいぞマヤさんだけ! ボクもそういうのがほしい!」
「『女風呂の宮野』……っ!」
「は、はわわっ」
コントローラーが一八〇度くらいになったのか、両手でぽんぽん浮かせて落っことす。
「なーに悠奈。嫌な思い出でもあるの?」
「い、いや別に……そんなことは、微塵もないのだが」
「ふうん。じゃあ、その反応はどうしたのよ」
会話の片手間で、ガンガン順位を上げていくマヤさん。脳と手が別々に動いているみたいだ。やはり経験の差が出る。ちなみに俺は会話を聞こうとしたらガンガン壁に衝突。
コントローラーを拾って、のろのろ走り始めた宮野と大差ない場所を走ることになる。待っていてあげた。ということで一つ。
画面をじっと見つめたまま、お互いの表情も見ないで。それでも、なんとなく誰がどんな顔をしているかはわかってしまう。声を聞けば、言葉を拾えば、自然と頭に浮かんでくる。
「変なんだ。ボクは、……誰かとこんなに仲良くなったことがないから、最近、たまにすごく恥ずかしくなる」
「ほーん。それで、ねえ」
「いつものボクからは思いもよらないことだろうが」
「…………」
そんな悩みしか抱えてないだろ! と強めにツッコまなかった俺は偉いと思う。必死に噛み殺した。険しい表情をしているマヤさんも、必死になって言葉を選んでいるのだろう。葛藤が激しすぎて面白い顔になってるけど、口を滑らせれば首が爆散するので黙ります。
一つ咳払いして、マヤさんが切り出す。相変わらずゲームは順調で、ぶっちぎりの一位を走っている。
「ねえ真広。真広は、私のこと好きでしょう?」
「…………」
俺のカートがコースアウトして爆発して中にいたキャラクターが全治三ヶ月の大怪我を負った。ついでに宮野のカートも亜空間ゲートに呑み込まれて消滅した。
「なんですかマヤさん。それが大人の落とし方ってやつですか?」
「こんなんで落ちるの?」
「いいえちっとも」
「じゃあ考えなさい。そんな恋愛脳じゃやってけないわよ」
「はぁ」
まあ確かに落ち着いて考えれば、って感じだけど。やっぱりさっきのマヤさんには、悪意を感じるんだよな。俺の順位にトドメをさしに来ただろあれ。
「好きにもいろいろありますからね。そういう意味じゃ、マヤさんだって俺たちのこと好きでしょ」
「当然よ。じゃなくて――愚問ね」
ちらっと宮野のほうを見て微笑む。ちゃんと妹のことを見ている、姉のような目で。
「誰かと仲良くなって、誰かを好きになるのなんて当たり前のことなのよ。恥ずかしがることなんて、一つもないわ」
この中で誰よりも長く生きて、きっと楽じゃない道を辿ってきたマヤさんが。そうやって言ってくれるのは、希望だと思う。
ほんの些細なきっかけや、ほんの小さな感情も、たとえそれが恋なんてわかりやすい形じゃなくたって。友情にすら及ばないものだとしたって。
当たり前のように、俺たちは誰かを好きになる。
人を嫌ったって、気がつけば心には新しい光が差し込んで、溢れている。
そういう場所なのだ。ここは。そういう人なのだ。この人は。
「わかったら、一緒に温泉行くわよ」
「……うむ」
最下位の俺を残して、レース終了。悔し涙を流すキャラクター。マルチタスクが苦手でごめんな。
降参の意思と一緒にコントローラーを頭の上に。ちらっと横を見ると、マヤさんと目が合った。
一瞬の静寂。マヤさんのウインク。
「うっ」
「ぶっ飛ばす」
口が滑ったよね。
 




