5話 からあげトライアングル
エプロン不在のキッチンで、古河の代わりに俺がフライパンの前に立つ。油跳ねで服が汚れるかもしれないから、と交替してもらった。俺の服は汚れが目立たない、地味なやつだ。なにかあってもダメージが少ない。
油の中で肉が踊る音。なんでこんなに素晴らしいのだろう。ヒーリングミュージックみたいだ。
近くに立った古河の指示を聞きながら、からあげ揚げ装置としての役割を果たす。
リビングでは、裁縫道具を持ってきた七瀬さんがボタンを修復していた。
「よーし。それで終わり! ありがと」
「ほいほい。じゃあ、盛り付けるか」
各自の皿を準備して、レタスを敷く。その上にからあげを載せて、味噌汁、米を用意して、サラダもつけて完成。この量をほとんど一人で作ってしまうのだから、古河の料理好きには感服する。
もっと手伝ったほうがいいかな、とも考えたが、普通に足を引っ張ってしまいそうだ。キッチンは二人用にはできていないし。
ダイニングに持っていくと、ボタンの付け直しも終わったらしい。
「できました」
「ありがとー。これでまだ使えるよ」
戻ってきたエプロンを大事そうに抱える古河。その正面で七瀬さんはなんでもなさそうに、けれど少し困ったようにしている。
ぼんやり二人を眺めていたら、七瀬さんに視線を向けられた。
「なんですか?」
「いや、すごいなと思って」
「別に。これくらい誰でもできますよ」
ふてくされたように言う、が。
「俺にはできん」
「私もできない!」
「なんで二人揃って自信満々なんですか」
腕組みして主張する俺と、手を上げて自己申告する古河。情けないぜ大学生二人。
「またお願いね、ゆずちゃん」
「……いいですけど」
頬を軽く膨らませて頷く。
なにか気に入らないことでもあるのだろうか。考えようとして、面倒になってやめた。どうせわからないことを想像するのは、俺の主義に反する。
◇
からあげの消費量と幸福度には強い正の相関があると思う。また、揚げたてであればあるほど幸福になるというデータもある。
よく火の通った衣は、歯に触れるとパリッと割れる。肉との間にはカリッとした層があって、その下にはジューシーなもも肉。妥協のないつけ込みによって染みついた味、丁寧な温度管理によって作られた食感。
「沁みる……」
「あ、戸村くんが昇天してる」
「これは天国行ける」
「だよね。でも、天国にからあげってあるのかな」
「あるだろ。からあげもないのに天国を名乗れるか」
「でも、天国の人って霧とか霞を食べるんじゃないの?」
「それは仙人な」
「そっかぁ」
なるほどと納得して、古河も一口。「おいし~」と満面の笑みになる。
そのやり取りが気になったらしく、七瀬さんが聞いてくる。
「お二人って、どういう関係なんですか」
確かに、気になって当然ではある。
だがなんと言えばいいのだろう。
「戸村くんとの関係…………ご飯を美味しそうに食べる人」
「ペットみたいだな」
「ペットみたいに可愛くはないよー」
「傷ついちゃうんだが」
この女、ナチュラルにぶっ放してきやがる。
「ご飯を食べる友達。略して食べフレかな」
「食べログみたいに言うな。今日のご飯は星四つ! とか言い出したら嫌だろ」
「ちなみに今日は?」
「星五つ」
「やったぁ」
「……仲がいいんですね」
七瀬さんはつまらなそうに言って、食事に戻る。それを意に介さず、
「ねえ、もしかして私たち仲良しなのかな」
と聞いてくる古河。メンタルの強さというか、鈍感さがすごいな。
「どっちでもいいだろ」
「そか。そだね」
気まずい空気になりそうだったが、まるで気にしない人物一名によって空気が滞ることはなかった。
古河水希、恐るべし。
◇
初めての三人での食事は、主に一人の活躍で無事に終了した。どこか複雑な表情をしていた少女のことは気になったが、深入りする気にはならなかった。向こうも望んじゃいないだろう。
人づきあいは最低限。プライバシーには踏み込まず、踏み込ませず。
だが、その二日後。
思わぬ形で俺は、七瀬柚子の姿を見つける。




