7話 ラブコメディは求めない
普通の合コンだったら、正面の相手以外とも話したりするのだろうか。少なくとも、この空間は違った。
想像以上に真ん中の二人が盛り上がっているのだ。古河は元々、夢中になったら止まらないタイプである。長谷も割って入るやつじゃないし、もう一人の辻本さんという女子も大人しそうだし。
よって今この状況は、六人での合コンというより三組のデート。机が繋がってるのはご愛敬って感じだ。
利香さんは話しやすい人で、彼女にとって俺もそうであったらしい。お互いに適当な話題を投げて、ほどほどな返しをして。毒にも薬にもならない言葉を積み重ねる。
けらけら笑ってくれる女子は、わりとドストライク。ちょっと男に慣れてて、軽いボディタッチもしてきたらやばめ。
そんな純情男子を長年やってきたし、利香さんはかなり可愛いと思うし、面白いし。
なのに。なーんでだろうな。
その先へ手を伸ばしたいという欲が、まるで湧いてこない。ワンチャン彼女になってくれるのでは!? みたいな、下世話な感情がどこにもなくて。自分でも驚いてしまう。
去年ならワンチャンワンチャンワンチャンワンチャン彼女彼女彼女一人暮らしの部屋に彼女うぉおおおおおお! ぐらいの勢いがあったのにな。本当か?
まあ、そこまでではないにしろ。
ごっそりと感情なり、欲求なりを失ったのを実感してなんとも言えない気分になり。
大した問題もなく、お開きの時間になる。
二次会行かない? みたいな流れは、事前になしということになっている。
俺も古河も、中高生と共同生活する身。夜遊びする姿を見せるわけにはいかないし、変な勘違いをされても困る。
ぞろぞろと店を出たら、ほんの少しのフリータイム。
「トムくん、連絡先交換しようよ」
「いいけど俺、SNSやってないよ」
「えっ。縄文人?」
「弥生人だってやってないだろ。――引退したんだよ。ちょっと肌に合わなくてね」
「引退って、……やめられるものなんだ」
「必要ではないからさ。いざとなればメールと電話があるし」
「じゃあ、そっちもらおっかな」
「了解」
利香さんのメルアドを見せてもらって、空メールを送信。
「ん。おっけー、ありがと」
頷いて、連絡先に名前を登録。久しぶりに増えた気がする。
「あ、真広クン俺も俺も」
「ゑゑっ!?」
手をヒラヒラさせながら近づいてくる合コン神。古河といいお店トークしてたと思ったら、急に方向転換するんだもん戸村くんびっくり。驚いて平安人になっちゃった。
「今日全然話せなかったし、今度遊ぼーぜ」
「あ……うっす。あざっす」
あまりにも溌剌とした体育会系オーラに吹き飛ばされそうになりながら、踏ん張って連絡先交換。くそっ、なんでこいつ、こんなにいいやつなんだよ。俺たちぜんっぜん話してなかったのに友達みたいにするじゃんよ。それでいて悪い気がしないんだから、やっぱ陽キャってすごいわ。存在自体がマイナスイオン。
陽って聞くとプラスイオンっぽいのにね。そういえばマイナスイオンが放出された後の片割れはどこでなにをしているんだろう。気になって朝起きられません!
田代はちらっと俺の向こう側。
「どうだった、ここのお店」
「よかったよー。利香ちゃんは情報通だねえ」
「へへん。人脈の賜ですっ」
仲よさげな女の子トーク。いいと思います。
が、彼が言いたいのはそのことではないらしい。ちらっと俺に向けられた目が、さっきと違う色をしていた。
「真広クンて、水希さんと付き合ってんの?」
「ないけど」
「けど?」
ずいっと近寄ってくるマスター。さっきまでの優男はどこへ? 残念中身は狼でした。俺の貞操が危ないってばか。そういう方向に進めちゃあいけない。
「……学科が同じ、的な」
「ふーん」
一緒に暮らしてるって言えねー。後ろめたいわけじゃないけど嘘です普通に後ろめたい。
女子と暮らしてるって、なんか、他人様に言えることじゃないよね。合法でも。合法だからこそ、ぼかしたほうがいいこともあると思います。
「どうしてまた、そんなことを聞くんだ?」
「べつにー。なんつーの、壁っつうか隔たりっつうか。水希さん。あ、この子落ちねーなって思ったんだよね」
「そりゃ古河だからな」
思わず苦笑いしてしまう。
「そう、それ」
「ん?」
「真広クンと水希さんの、その、わかり合ってる感あるなーって」
「なんじゃそら」
「ま、付き合ってないんならいいや。チャンスあったら狙うんで、よろしく」
今日は引くけど。と爽やかスマイル。
さりげない牽制か。すげーな恋愛上級者。俺が逃げ回ったり赤面したりしてる間に、そんなことまで考えてるんだ。
知らなかった世界だ。というより、見ないでいたタイプの人間だ。苦手なのは、憧れてしまうから。心のどこかで、俺がなりたいのはこういうふうに笑える人だと思ってしまうから。
だから、いろんなことを考えた。言葉は、口をついて出てきた。
「……本気じゃないなら、諦めてくれると助かる」
◇
解散して、帰り道は二人。行きと同じ道を、少しゆっくりしたペースで歩く。
「リカちゃんはどうだった?」
「いい人だったな」
「それだけ?」
「おう」
「そかそか」
どこか満足げに頷くと、軽やかな足取りで古河は歩く。
「田代はどうだった?」
「いい人だったよ~」
「そんだけ?」
「もちもちの木」
「ほーん」
ポケットの中に手と本心を隠して、俺も同じ足取りで歩く。
夜風がくすぐったくて、少し首をすくめた。
「ね、戸村くんや。変なことを言ってもいいかな」
「いつも言ってるだろ」
「そんなことないよっ!」
「まあ、自覚ないのは知ってるけど。なんだ?」
聞き直すと、古河はほんの少しの躊躇いを見せた。すっと目を逸らして、髪に触れて、風の吹く方角を向く。つられて俺もそっちを見るが、あったのは赤信号。
「戸村くんのいない穂村荘は、嫌だなぁって」
立ち止まった俺を、一歩だけ前にいる古河が振り返って見る。
明るい髪に、真っ直ぐな瞳。そこには一切の打算がない。
胸の奥が、鈍く痛んだ。
「なんだそれ。大丈夫だよ。俺、どっかに旅立てるほど体力ないし」
「そっか。ごめんね、私ちょっとおかしかったかも」
首を横に振る。
「俺も、同じ事思ってたから」
「戸村くんも?」
「俺も」
「じゃあ、おかしくないね」
「その理屈はおかしいだろ」
むしろ俺が加わったことによっておかしさ倍増。統計学的に見ても大敗。
古河は小さく笑った。冗談のつもりだったのかもしれない。彼女の冗談は、天然にまぎれるから。見つからないけれど。いつだって古河の言葉は、冷えた心を温めてくれるから。見つけなくたっていいような気もする。
たった一つだけワガママを言ってもいいのなら。俺は、今この時間が続いてほしい。
ラブコメディは求めない。
今となりにいる人が、明日もそこにいてくれたら。
なんて、贅沢がすぎるよな。




