5話 あいつわしより強くね?
やっべえまじで家帰りてえとか思うことが最近増えてきたのは、あの家が最高だからなのかお外が最悪だからなのか。後者のような気がしなくもないけど、世間体を考えて前者にしておこう。穂村荘、最高っ!
「…………」
「…………」
先に来ていた二人と合流して、当然のように男女で分かれる。
長谷伸也っていう初対面の人と向かい合った俺。戸村真広っていう初対面の人と向かい合った長谷。
降りる沈黙死ぬ空気。
最近の空気ってすぐ死なない? 俺の周りだけやけにHPの少ない空気が漂っている気がする。
「はろはろ水希」
「はろはろリカちゃん」
対照的に仲良しな女子二人は手を合わせてニコニコしている。いい眺めだ。やはり女の子同士が仲良くしているのは目に優しい。
ポニーテールの女の子が、向井利香さんなのだろう。はっきりわかるメイクだが、厚化粧みたいな悪印象はない。むしろ上手いと思う。キラキラした、普通に可愛い女子大生って感じだ。
皆が化粧を覚えるから、大学に行くと可愛い女子が急増します。普通は可愛い。可愛いは普通。ここテストに出ます。
向井さんは古河と笑顔を交わすと、視線をこっちに移す。
「君が戸村真広くんなんだね」
「…………」
「あ、もしかして緊張してる?」
「…………ええっと」
「うん」
「こんにちは」
「こんにちは」
「さようなら」
「待って! なんで帰ろうとするの!?」
「俺はもう、出し切ってしまった……」
「早いよ! まだなにも出してないよ! 溜め込みすぎな現代人だよっ!」
開幕の挨拶だけで心がへし折れた俺と、なんとか鼓舞しようとしてくれる向井さん。
間に入って会話を止めたのは、長谷だった。
「まあまあ、ちょっと落ち着いてやれって。……戸村、大丈夫か?」
「大丈夫。致命傷だ」
「なんであれが致命傷なんだよ」
明るくて化粧が上手くてポニーテールな女子大生が俺に向かって笑顔で挨拶してきたんだぞ? 恐怖で奥歯ガタガタ鳴ってるわ。
「深呼吸だよ戸村くん。リカちゃんは噛まないよ」
「……本当か?」
「私はいったいなにを誤解されてるの!?」
古河しか安心できる相手がいない。やっぱり頼れるのはママだけなんですね。今後もことあるごとにオギャっていきたいと思います。
ゆっくりと呼吸して、どうにか精神を整える。
「……向井さん」
「は、はい。なにもしないよ。リカちゃんさんは無害ですよ」
「向井さんは、スベった人に『うわっ、寒いな~』みたいな視線を向けない人ですか?」
「向けないよっ! そんな残虐なことしない!」
「古河。この人、信用できるぞ」
「どういう判断基準!?」
一般女子大生が怖い理由ナンバーワン。自分はボケもツッコミもしないくせに「面白い男の人が好きっ(ハート)」みたいなことを言う。そのくせスベると「は? 死ねよ」みたいな目で見てくるところ。
顔にはちっとも表さず、「おもしろいね~」とか言いつつ音信不通になるタイプもいるので注意が必要だ。新一年生のみんな、心を強くもっていこうな!
「っていうか私、自分から笑い取りにいっちゃうタイプだしっ。盛り上げ隊長的な?」
「なんと」
「だからどっちかというと、スベって痛い目見る側です!」
「俺たち、友達になれるかな……」
堂々とした宣言に、ちょっと泣きそうになった。
「すごいよリカちゃん。戸村くんが心を開いた」
「うんまあ、変わった人とは聞いてたけどね……」
曖昧な笑みを浮かべる向井さん。なんか知らないけど、がっかり感が出ていていいと思います。この調子でどんどん俺を恋愛対象から外していってほしい。
古河と向井さんが話していると、長谷がすっと隣に来る。訝しげな表情で、
「お前、なにやってんだよ」
「なんのことだ?」
「人見知り、そこまで酷くないはずだろ」
「いやいや。初対面の人はみんなシリアルキラーだと思ってるからな、俺は」
こいつにはバレると思っていたけど、バレたからなんだ。多少俺のことを知っていたって、知っているだけ。なにも関係はない。
「つーか長谷、まだ古河狙ってんの? さすがに女々しくないか?」
「ばっ、そうじゃねえよ。たまたま向井に呼ばれたから来ただけで……」
「はあん」
「信じてないだろ」
「どっちでもいいんだよ、別に。ただ、一つだけ言わせてくれ」
「な、なんだよ……」
もしもこいつが、まだ古河を狙っているのなら。一つだけ言っておかなくちゃいけないことがある。
「仮にお前が古河と付き合うことになったりしたら、俺は女子高生に惨殺される。ということは覚えておいてほしい」
「すまん。なに言ってるか一ミリも理解できなかったんだが」
「事件は既に始まっているんだよ、長谷」
「こええよ! お前の周り、なんかこええ!」
昨日の夜にしっかり宮野にお願いされているからな。どうか古河に彼氏ができないようにしてほしいと。「もし、トム先輩が阻止できなかったら……その時は、テコの原理を応用することになる」とも。
どんな殺戮兵器が生まれるかわからないし知りたくもない。選ぶ知識が的確すぎるんだよあのJK。
「ま、好きにしたらいいさ」
「それを聞いて好き勝手できるほど、俺の肝は座ってねえ」
「ふうん……」
話を切るときはどうすればいいんだろう。
まあ、視線を外せばいいか。そうすれば向こうも察してくれる。
なんなんだろうな。この。胸の奥にあるつっかかりは。ずっと忘れていたのに、長谷と会うと急に思い出す。日常で思い出すことはないから、大した価値はないのだろうけれど。
それでも今、気持ち悪いから。
妙に気遣ってくる長谷と、気にしないように振る舞いたい俺と。ギスギスするわけでもなく、空回るわけでもなく。半端にお互いを知っているせいで、なおさら気まずさが際立つ。どれくらい気まずいかというと、ワンチャン古河が気がつくくらい。
ため息交じりに話を再開する。
「なあ、お茶漬け野郎」
「さっきも思ったけど、あれって俺のことだったんだな」
「古河はお前の名前など覚えていない」
「マジか」
「――前にお前らのこと、完全に興味ないって言ったな」
「……おう」
「あれは本音だよ。マジでどうでもいいって思ってる。あのグループの疎外感が、お前らのせいだったって言うほど子供じゃない。だけど俺は、それで全部を許せるほど大人でもない」
ポケットに手を突っ込んで、適当に街を眺める。仕事帰りのスーツ姿が行き交う、横断歩道の光景。隣で憂鬱な顔をしている男よりは、よっぽどマシだ。
「俺は長谷が嫌いだ。だけど、お前がいいやつだってのは知ってる。だから、まあ、好きにしてくれ」
「……わかった」
合コンだってのに、なにを男二人で話し込んでるんだ気持ち悪い。
可愛い女の子といっぱいお話したいもんだぜ。なんて言ったら、俺の根幹が崩れるので却下。マヤさんに処刑される。
さて。
そろそろメンバーも揃うかね。
ちらっと確認すれば、女子のほうにはもう一人加わっている。
となると、残りは男一人か……。合コンマスターとしての俺の地位を脅かさないやつだといいが。
「すまんすまん、遅れた!」
大きな声がして、一同振り返る。
そこにいたのは、金髪でラフな服装をした、耳元でピアスの光る大柄な男だった。
こっちを見てにかっと笑う。
「俺が最後っぽいな。わりぃ」
余裕のある笑み。なんだこの主役登場感。
「おっ、伸也いい服着てるな」
長谷の肩をがしっと組んで、まぶだちみたいなこと始めた。
やべえ。やっべえやつ来た。
「んで、そっちのが戸村クン? よろしくな」
「…………うぇーい」
合コンマスター(本物)が来ちゃったよ。