3話 ほんの少しのプライドで
冷静に考えて、彼女を作る意思がないやつが合コンに参加する。というのはどうなのだろう。冷やかしみたいな立場になったりしないだろうか。いやあの、本気出せば彼女くらい簡単に作れまっせ。とかじゃなくてね。
そんな自惚れたことを言うつもりは毛頭ないです……はい。
人数合わせくらいのモチベで行けばいいんだろうか。
みたいなことを古河に相談したら、
「戸村くんは来てくれるだけでいいって。面白そうだから」
「地球に優しいハードルの高さだな」
全人類さん、俺にそのくらいの態度で向かい合ってほしい。
来てくれたらオッケー! 座ってれば採用! タイムカード押せば昇進待ったなし!
チート通り越してバグってほしいよな人生。すべてのあたり判定とイベントフラグを無視していきたい。最速で貯金を集めて退職&隠居コンボ。
「メンバーは完全に、その、リカさん?が集めてくれるんだよな」
「うん。男女三人ずつだって」
「知らない人が四人か……いざとなったら読書しよう」
ドキドキワクワクとかまるでない。恐怖がエグい。同年代の初対面が四連続。はっきり言ってホラーゲームくらい怖い。というより苦手だ。
トラウマを抱えているわけではない……と思うが。どうも、自分と同じくらいの年齢だとやりづらさを感じる。
噛み合うと思って接しているのに、いつの間にか食い違って、気がついたときには手後れで。そんなことを、何度も繰り返したから。
苦手だと。思う。
そんな内心の葛藤を古河が読み取るはずも無く、鼻歌でも歌いそうなくらい楽しそうにしている。そういう鈍感さに、どれだけ救われるか。
ああだこうだ考えても、結局どうでもいいと思えてしまう。彼女の前では、食以外は平等に無価値だ。
「私もお酒が呑みたいなぁ。戸村くん。二十歳になったら、また一緒に行こうね!」
「誕生日っていつ?」
「九月だよ~」
「まだけっこう後だな。でも秋なら、いろいろ美味いもん食べながら飲めそうだ」
「うぅ……我慢できない。二十歳の戸村くんが羨ましい……」
「どうどう。落ち着け落ち着け」
ごごごっ――と効果音がつきそうな迫力の古河。食への欲求が力に変わるってそれ別の世界線ですね。グルメな細胞を持ってそうだ。
「ていうか古河、酒に興味あったんだな」
「味がするものは基本的に興味の対象だよっ」
「頼もしいなぁ」
一切合切ブレる余地がない。ほんとすごい。
古河相手だったら、噛み合わせるとかないもんな。どう足掻いたってズレるから、ズレるもんだとして関わればいい。
俺たちは違う方向を向いて歩いていて、たまにすれ違う時に手を振って、またそれぞれの道を行く。そんな関係性。
繋がってすらいない。けれど確かに、同じ場所にいる。
繋がっていなくたって、満足できる。
「ま、恥にならない程度にニコニコしてるよ。詳しい日程決まったら教えてくれ」
「らじゃっ」
おやすみと言って、古河は部屋に戻っていく。
俺も一旦部屋に戻って、紙と筆箱を持って一階へ。
お互いに用事がなければ、ほとんど週五で行われる七瀬さんへの授業。うちの生徒さん、相変わらず熱意がすごくてすごい。三月から勉強を始めて、いろいろ単元をぶっ飛ばしてはいるが数学は学校の授業に追いついた。
こうもいいペースでいくと、教える側としても毎日ウッキウキなわけで。やる気のある生徒を先生が贔屓したくなる気持ちがよくわかる。アホかってくらい可愛いもんな。こっちも全力で応えたくなる。
リビングに入ると、既に準備して待っている。
「先輩も麦茶でいいですか?」
「うん。これからの季節に最高のお茶だよね」
「暑くなってきましたもんね」
「外に出るのも億劫だ」
「ずっと言ってないですか?」
「冬は寒いから家にいたい。春は眠いから家にいたい。夏は暑いから家にいたくて、秋は食べ物が美味しいから家にいたいよね」
「本物の引きこもりですね」
「プライド賭けてるからさ」
「なんのためにですか……まったく。そんなんじゃ、彼女できませんよ」
そっぽ向いて口を尖らせて、少し言いにくそうに。
「まあね。こんなダメ人間、そうそういないとは俺も思うよ」
「ダメ人間とまでは言ってません!」
「あはは。ごめん。ま、俺ってけっこう変っていうか、ズレてるじゃん?」
「かなりです」
「程度の問題は置いといて。わりと普通じゃないし、治すつもりもない。――でも、そんな俺を認めてくれる人がいたら、それは嬉しいことだよね。恋愛とかはよくわかんないけど、俺は、そういう人を大切にしたい」
「…………そうですか」
「そうそう。じゃ、始めよっか。今日は因数分解を進めるよ」
「お願いします」
「お願いします」
一礼して授業開始。
適度な冗談とたとえ話と、軽い雑談を挟めばあっという間に一時間は過ぎる。
少しの休憩を挟んで、英語を三十分。延々と文法の話をしても仕方がないので、例文を解説して演習を多めに。
そこから少し質問の時間を取って終了。理科社会は、だいたいこの時間についででやる。
だいたい二時間の授業で、俺のお仕事は終わり。
その後は、七瀬さんの自習時間。大学の課題があれば俺もそこでやるが、普段は二階に上がってのんびりする。俺がいなくても、宮野が最近は一緒にいるみたいだし。
でもって今日はのんびりデー。大学の課題は既に滅ぼした。『可』は俺のものだ。
持ち物を片付けて、コップを洗う。
「あんまり遅くまでやらないようにね」
「あの、先輩」
「んー?」
「前にも言いましたけど……私の先生は、先輩なので、その…………や、やっぱりなんでも――」
「わかってるよ」
受験期の生徒にとって、教える人が変わることがどれほどのストレスか。ましてやそれが、成績が伸びているときだったら。
前までは、俺よりいい先生がいたら替わってもらおうとか考えていたけれど。
この役割を、簡単に放り出したくはない。少なくとも七瀬さんという生徒にとって、一番の先生でありたいと思う。
俺は大した人間じゃないけど、その程度のプライドはあるみたいだ。
「どこにいたって、俺は君の先生だ」
「わ、わかってるなら……いいんです。おやすみなさい」
「おやすみ~」
手首をぐっだぐだに振って、リビングを後にする。
にしても、合コンねえ。
彼女を作ろうとは思わないけど、石油王の娘とかいたら話は変わってくるんだよなぁ。
その場合はすべての前言を撤回して猛アタックすることになるけど。
そうでもない限り、俺にはなにもない。
むしろ問題は古河だ。古河を狙おうとする男を、どうやって排除するか……。
排除しないと俺が宮野に殺される。切実な問題だ。
俺は同年代の男と、コミュニケーションが取れるのか?
我ながらおかしな不安だ。ちょっとウケる。