1話 合コン行こうよ戸村くん!
全年齢対象ラブコメ・夏の章
「結局のところトム先輩は、どっちが好きなのだ?」
涼しさの中に混じっていた熱が、少しずつ主役に移り変わっていく。六月の夕方。伸びた日長、オレンジの陽に当てられて、俺たちの影が長く伸びる。
正面に立った宮野はいつになく真剣な顔で、両手をぎゅっと握っている。この質問には、どうやっても答えてもらうという意思。出口を背にされているため、逃げ場は見当たらない。
「……それは、今決めなきゃいけないことなのか?」
無駄だとわかっていても、聞くしかなかった。時間稼ぎにしかならない問いだ。わかっている。
俺には答える責任がある。
「愚問だな。ボクの目を見てから、以降の発言はしてほしい」
「……っ」
こめかみを伝う汗が冷たい。必死に回転する脳は、空回りして答えから遠ざかっていく。
秒針の音だけがリアルだ。立っていること、見つめる風景、すべてが偽物に見えてくる。
「お、……俺は、…………俺が、好きなのは…………」
「どうしたトム先輩! 決めたのなら、はっきりと答えないか!」
「俺がっ、好きなのは――!」
「さあ言うがいい。答えるがいい。あなたが好きなのは、ケモミミか、ロリータか! どっちなのだ!」
全日本ケモロリ愛好家の一員として、俺は今、人生の岐路に立たされていた。
俺が好きなのは、ケモミミか、ロリータか。
ケモミミあってのロリータなのか、ロリータの一属性としてのケモミミなのか。
ケモミミ派に属する宮野悠奈と敵対を選ぶのか、友好を結ぶのか。
結論はもう決まっているんだ。わかりきっていることだ。俺が好きなのはロリであってケモではない。ケモは好きだが、ロリについているケモだから好きなのだ。年老いていく姿に萌えられるほど、上級者には達しちゃいない。
だがこの空間。仮にも穂村荘の一階リビングで、ロリ好きを公言してしまうのはいかがなものだろうか。ぶっちゃけもう共通認識になっている気はするけど、気を遣うに越したことはない。
ロリなんて横文字を使うと、七瀬さんが嫌な思いをするかもしれないし。
だから俺は、入念に、入念に言葉を選んで結論を述べた。
「俺が好きなのは――十二歳以下の女児だッ!」
ちょうどそのタイミングで、まるで見計らったかのように開く扉。入ってくるのは十四歳の現役女子中学生。
真っ直ぐな淀みない、清流のように澄んだ瞳で俺を見つめて、
「燃えないゴミの日って、明日でしたよね」
「捨てられようとしてる!?」
「違いますよ先輩。ところで悠奈さん。うちにあるゴミ袋って、成人男性が入るサイズでしたっけ?」
「普通の家庭にはそんなサイズも用途もないよ!?」
「冗談です。明日は可燃ゴミの日でした」
「処理方法の違いっ!」
「違うんだ柚子くん。ボクは悪くない」
「なんでお前は保身に走ってんだよ! 追い詰められてるの俺だけだろ!」
「ふむふむ。……確かにィッ」
「笑い方がこえーよ! 完全に悪役の顔だろお前!」
中でも参謀みたいな、いっちゃん悪いこと考えるやつの表情だった。
マヤさんが邪神で宮野が悪魔元帥。この家っていつから人間界の攻略本部になったんですか?
「……で、今日は先輩――失礼しました。変態さんはなにを考えていたんですか?」
「なにがどう失礼だったんだろう。俺は今、日本語の不思議を見たよ」
「変態を先輩と呼んだら先輩に失礼かな、と」
「なるほど。一分の隙もない論理だね」
「トム先輩はそれでいいのか……?」
つい頷いてしまった俺に、弱くツッコミを入れてくる宮野。
はっ。しまった。七瀬さんがあんまりにも論理的な説明をするから、自分のことを変態だと認めかけていた。
ま、変態なんですけどね。にちゃぁ。
「説明しようか。俺と宮野が話してたことについて」
「簡潔にお願いします」
「俺の好みの女性について」
「なんでそんな雑な説明で伝わると思ったんですか!?」
「簡潔にって言うから……」
「言ってないです! もっとちゃんと、詳しくお願いします!」
「ああ。言ってなかったぞ」
ちくしょう宮野、こいつ七瀬さんの味方だ。そういや最初のスタンス、俺の敵だったな。あれっていつの間に解消されたんだっけ。で、なんで今復活してんだよ。
「ま、ゲームの話なんだけどね」
「じゃあ大丈夫です。おやすみなさい」
「冷め方すごい」
「シベリアのようだな」
ぺこっと一礼して、リビングから去ろうとしてるもん。去るっていうか逃げるって感じだ。この部屋に危ないやつでもいるのかな? なんでだろう。ブーメランを感じる。投げてないのに突き刺さってる。
心に突き刺さった凶器を抜いて、俺も二階に上がろうかね。
と。
今度は玄関の鍵が開く音。リビングにいた三人で一斉に外へ。
「水希さん、バイト帰りか。お疲れさま」
「おかえりなさい」
「おかえり」
「おー。みんな、ただいま」
ただいまとお帰り、いってらっしゃいといってきます。誰かと暮らすことのメリットでも、これは一二を争うんじゃないだろうか。
寝る場所ではなく、生きる場所に帰ってきたんだという実感。自分だけではないという、ほんの少しの緊張感が心地よい。
「今日のご飯はシチューだよっ。シチューの気分じゃない人いる?」
「ふふん。たった今からシチューが一番好きな料理だ」
「悠奈さん、いつもそう言ってますよね」
「浮気性なんだろ。知らんけど」
ハーレムだのなんだの言ってたし。
「じゃ、お腹空かせて待っててね」
よっこらせと靴を脱いで、廊下に上がって。なにかを思い出したようにぽんと手を打つ古河。明るい茶髪はほんの少し金に透け、見上げてくる瞳は健康的に潤っている。
「そだそだ戸村くんや」
「なんじゃほら古河や」
「お友達のリカちゃんて子がね、戸村くんと合コンしたいんだって~」
「ふーん。誰と?」
「戸村くんだよ。君、君のこと」
「ふーん」
そりゃ変わった人もいたもんだ。
ま、俺には関係ないし。部屋に戻って御ゲームでもしますかね。
「……………………んんっ!?」
ゴキンッ!と明らかに立てちゃいけない音を立てて曲がる首。振り返った勢いで首を痛め、その場にうずくまってしまう。
いっつぁ……。
「え、なに、待って。合コンってなに? なんの略? 合衆国コンテスト? ワールドワイドなプロジェクトGですか?」
「合同コンパの略だって」
「なるほどねぇ。合同コンパ。知らない言葉だ」
心を無にしろ。今から俺は禅宗だ。
「トム先輩がそんな催しに誘われた?」
「詐欺とかじゃないですよね?」
「俺もそう思ったけど、他の人に言われると傷つくね」
反論してやろうかとも思ったが、材料が一つもない。早々に諦めて、俺もせっせと自分をネガっていくとしよう。戸村くんに合コンは荷が重いです! 調整班! もうちょっと強くして!
具体的には運のステータスを爆上げしてほしい。宝くじ当てて人生ターンエンドがいいです。
「のんのん。二人とも知らないの? 戸村くん、合コンになるとすごいんだよ?」
「待ってくれ古河。前々から思ってたけど、お前の知り合いに俺じゃない戸村くんがいるぞ」
「いないよ。戸村くんは日本で一人!」
「そんなわけはないんだよなぁ」
レア苗字過ぎるだろ。リアルな鬼ごっこでもあったのかしら。
「前に言ってたよね。恋愛のことなら任せろって」
「……言ってましたっけ…………言ってたような気もしなくはないですが、……たぶんそれ、別の戸村くんですヨ」
「すごい汗だな」
「必死ですね」
古河が男を紹介されたときだっけ。っぽいことを言った気がする。
そうかあれ以降、ずっとこいつ俺のことを恋愛マスターだと思ってるんだな。
「でも、ほら、古河には参加する理由とかないわけじゃん?」
この後にくる言葉はなんとなくわかっていた。わかっていたけど、聞いてしまった。
後悔って、先に立たないんだなって。
「開催場所がね、気になってたお店なんだ」
詰んでやがる。
リカさんとやら、ずいぶん古河の扱いに長けているらしいな。
俺が断れば、参加するのは古河一人だ。このゆるふわ天然女子を、一人で、酒の混ざる席に行かせられるか? 無理だ。無理に決まってる。
ただその一点だけで、俺の参加は固められてしまっているのだ。
こうなったら。
「リカさんには悪いが、本物見せて幻滅させるしか道はないか……」
腕組みをして、渋々参加の表明。
「先輩って、なんでこんなにネガティブなんでしょう」
「ボクにもわからない。が、それがこの人なんだろうな」
後ろで年下二人が呆れていたけど、ま、こんな感じで。
そのリカさんって人にも呆れてもらいたいよな。




