19話 それを喜劇と呼べるなら
事前に予約していたらしい個室に入ると、マヤさんは慣れた手つきでタッチパネルを操作する。チェーン店なのだろう。メニュー表もなく、完全にデジタル化ができている。
「真広はカシオレね。食べたいものはある?」
「つくね鍋、興味あります」
「いいじゃない。じゃあ、これとつくね串をまずは注文するわね」
「ういっす」
肩肘張るような場所ではなく、掘りごたつなので足も楽にできる。社会人も学生も、どちらも気軽に来店できるような場所なのだろう。価格設定も良心的だ。
受け取ったタッチパネルで、メニューを流し読みする。
「お酒は好き?」
「どうでしょうね。甘いのならいいんですけど」
誕生日に、ビールを一口だけ飲んでみたが……。喉の奥にこびりつくような苦味が、どうも好きになれなかった。
一人で呑むようなこともないし、もしかすると俺は酒が苦手なのかもしれない。
一昔前なら危なかった。最近はアルハラとか言われるくらい、酒のマナーも変わってきているらしいし。生きやすい時代になってるよな。
とりあえず生とか、絶対言えないもん。俺にとってのとりあえずはカシオレよ。
「梅酒なら呑みやすいんじゃない? さっぱりしてるし」
「じゃ、後で試してみます」
そうこうしている間に、最初の一杯が運ばれてくる。グラスを手に取って、二人の真ん中でコツンとぶつける。
「「乾杯」」
ところで君の瞳に乾杯って、あれどういう意味なんだろうね。
◇
酒に強いほうではないが、しかし酔ったから思考がバグったり、なにかやらかすタイプでもなく。ぼーっとした頭で、「ぼーっとしてんな」と思いながら、それなりの会話をする。
正面のマヤさんは頬を赤くして、気分良さそうに笑っていた。
「だいぶ回ってるわね。ちゃんと水も飲みなさいよ」
「ういっす」
「ここのつくね、美味しいでしょう」
「そうですね。種類も多いし、楽しいっす」
結露したグラスを手に取って、冷水で火照った全身を冷やす。話には聞いていたが、アルコールはどうも喉が潤わない。
「マヤさんって、お酒好きですよね」
「不思議?」
「イメージにはぴったりですけど」
「どういう意味よ」
「はぐあっ」
脳天にチョップを落とされた。手首のスナップがきいた一撃。脳細胞と一緒に酔いも軽く飛ぶ。
「どういうときに呑むものなんですかね。……俺、それがよくわからなくて」
「そんなの、人によるわよ」
「マヤさんは?」
「呑みたいときよ。あ、今日呑みたいなと思ったら呑む。そんだけ」
後ろに手をついて、だらしのない姿勢で言う。どこか投げやりというか、投げっぱなしというか。そこにあった答えを放り投げるような。
「…………」
「なによその目は」
「いえ、なんか隠してないかなと」
「はぁ。妙なところで鋭いやつよねえ。この、悪ガキが」
「ぎゃーっ」
今度は指先で額を突いてくる。
なにこれ新手の愛情表現っすか? 高度すぎてついていけねえ。
「しょうがないから教えてあげる。お酒は、自分を頑張らせないための道具よ」
「頑張らせない……?」
それを俺に投与したらものっすごい化学反応が起こりそうだ。ただでさえ頑張ることを忌避する戸村くんから、頑張ることを引き算。ついに論理がマイナス領域へと飛躍する。過去の努力さえもなかったことに!
「それって普通に、なにもしなければいいのでは?」
「大人になるとそうもいかないのよ。誰も自分を、止めてくれなくなるから」
「……まあ、はい」
「心当たりはあるみたいね。そういうとき、無理矢理休む理由を作るのにいいわよ」
「覚えておきます」
「うむ。よろしい」
鷹揚に頷いて、わっはっはと殿様みたいに笑う。
豪胆というかなんというか。穂村荘で男らしさランキングを開いたら、一位はマヤさんに持っていかれる気がする。二位は宮野で、三位が俺。
半分より下って実質女子では? ハローワールドじゃんそんなの。俺もSNSで可愛いもの発信しよっと。つくね串の下の方にこびりついた肉の残骸ちょーかわいー。
ぱやぱや頭のせいで、いつもより心の中がカーニバルだ。俺の酔いは、外より内に出るらしい。逮捕できないタイプの犯罪者ってやつなんですかね。
「というか、そろそろ時間ですかね。ラストオーダーの」
「みたいね。最後、なにか呑む?」
「ウーロン茶が飲みたいです」
「はいはい了解。ウイスキーっと」
「唐突のアルハラ!?」
いきなりぶっ込んできやがった。今日は大人しい日だと思っていたのに。
「そのツッコミなら、帰りは大丈夫そうね」
「……なんですかそのテスト。外したらもう一杯って?」
「酔ってるなら潰してたわね」
「こっわ」
くつくつ笑うさまは邪神。うちの大家さん、たぶん何個か世界滅ぼしてるよ。普通のOLが放っちゃいけないタイプの邪気出てるもん。
最後の一杯が運ばれてきて、口に運ぶ。
醒めてきた頭で、言葉を転がしながら。
本当に聞きたいことは、いつも一番最後になってしまうな。
「マヤさんは、どうしてシェアハウスを開いたんですか?」
「――本命って感じね」
「ずっと気になってはいたんですけど。機会がなかったもので」
意外なことに、誰もその理由を知らないのだ。古河も、七瀬さんも、宮野も。もちろん俺も。
あの空間が、どんな成り立ちか、目的かを知らないでいる。
「理由なんて、どうでもいいのよ。理由なんてなくたって、真広や水希、柚子と悠奈に会えた。あんたたち皆、いろんなものを抱えて、それなりに苦しんで、でも今は笑ってるでしょ。だから、理由なんてどうでもいい」
くいっとグラスを空にして、得意げな視線を向けてくる。
この人の前では、やっぱり俺はまだまだ子供なのだろう。大人って遠い。近いのに、なにかが違う。
「そういう考え方、真広はけっこう好きよね」
「ですね。俺は、けっこう好きです」
だからせめてもの抗いとして、含みを持たせてみる。
まったく効いちゃいないけどね。
◇
ほんの少しおぼつかない足取りで、年長者トップツーは帰宅する。
帰宅途中。というかその日眠るまで頭にあったのは、マヤさんの言葉だった。
今笑えていれば、どんな過去があったとしても――
この人生は、喜劇だと呼べるのだろうか。
ということで初夏の節終了!です。
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それから、レビューと感想へのお礼です。
感情ドバーッと伝えてくれるようなもの、すごく嬉しいです。お伝えいただいた言葉は、人には見せられない顔でニヤニヤしながら読んでます。
そんな感じで。
引き続きよろしくお願いします。楽しんでいきやしょう。




