16話 夜の散歩・中高大トリオ
模試の振り返りを終わらせて、いつものように夕食を摂って、のんべんだらりんとした夜がやってくる。
大学の課題という現実にはそっと蓋をして――というわけにもいかないので、さっさと終わらせる。単位があればいい単位があればいい。ギリギリを見抜け限界まで手を抜けコーナーで差をつけろ!
研ぎ澄まされた瞬足マインドで課題を打破。
時刻は九時。っしゃあ! まだ夜は始まったばっかりだぜ!
誰も見ていないのをいいことにガッツポーズ。部屋の中にいる陰キャはウェイ系よりもテンション高い。
さっそくゲームを始めようか。この間買ったダンジョンゲームの難易度が高くて、少々手こずっているのだ。だが案ずることなかれ。俺はレベリング厨。
勝てぬなら、勝つまで上げろ能力値。
というわけで長期戦の体勢を作ろうとしたのだが……。
「ん。お菓子切れてんじゃん」
ダメ人間の三大神器。ゲーム、スマホ、お菓子の一角を占めるものがない。これは一大事だ。ゲームできない(できる)。
九時ならまだ、ぜんぜんスーパーは開いている。買いに行きますか。
財布を持って鍵を手に持ち、エコバッグに両方ともぶち込む。
玄関で靴を履いて、意気揚々と飛び出そうとしたところ。声を掛けられる。
「お出かけですか?」
リビングからひょっこり顔を出した七瀬さん。久しぶりにみたな、その登場。
「うん。スーパーまでちょっとね」
答えると、七瀬さんの顔の上からもう一つひょこっと。眼鏡をかけた美少年(笑)が生えた。
「この時間はよくないぞ。補導される」
「俺を何歳だと思ってんだよ。っていうか、まだ九時だから。そんなアウトな時間じゃないから」
「ならば職務質問か」
「どうして俺と警察を引き合わせたがるの? そういうカップリング流行り?」
まひポリは解釈違いだと思うんだよなぁ。
美人でSっ気の強い警察さんなら話は変わってくるけどさ。なんでもないですごめんなさい。
「行ってくるけど、なんかほしいものあるか?」
問いかけると、二人は何度か瞬きして、お互いに目を合わせ、相談を開始。リビングの中へ急ぎ足で入っていく。
「?」
首を傾げていると、すぐに出てくる。
「あの、先輩。私たちも、ご一緒していいですか」
「ボクたちも、一緒に行っていいだろうか」
「いいけど」
首を縦に振ると、ぱぁっと笑顔を咲かせて「ちょっと待っててくださいね」「しばしお待ちを」とそれぞれ言って二階に上がっていく。
わりと本気で保護者的な感情が芽生えてくるな。保護しちゃうぞ。げへへ。
やばいやつじゃん。おまわりさんこっちです。俺です俺。今のうちに逮捕した方がいいですよ?
「なんだかなぁ……」
軽い気持ちで承諾したはいいが、実際どうなんだろう。明らかに血の繋がっていない俺たちが、夜のスーパーにいるのって。
どんなふうに見えるんだろう。全然似てないけど兄妹みたいになるんだろうか。
どうでもいいか。
一足先に外に出て、待機。三人揃ったところで、いざ行かん。スーパーマーケット。
◇
「そういえば、二人はさっきまでなにやってたの?」
「勉強です」
「ああ。だが教えたりとかではなく、お互いに自分のことをやっていただけだ。だから誓ってなにもしていない」
「宮野はいったいなにを恐れているんだ?」
ただ聞いただけなのに弁明が始まってるじゃん。悪い意味で俺に似てきたよな。
「にしても、宮野が勉強か……」
一緒にふざけてるイメージしかないから、少し意外だ。
「むっ。失礼な、ボクだって勉強ぐらいする。トム先輩みたいにゲームのことしか考えていないわけじゃない」
「俺だってゲーム以外のことも考えてるぞ」
「たとえば?」
「明日のご飯とか」
「ぷっ」
噴き出したのは七瀬さんだった。
「平和ですね。先輩って」
「将来の夢は、ハトから平和の象徴の座を奪うことだからね」
「相手は手強いぞ。やれるのか、トム先輩に」
「やってやるさ。どんな手を使ってもな」
「引き合いに出されるハトさんが可哀想です……」
俺と宮野の連携によってぶっ壊された話のレール。七瀬さんがツッコミはするけど、異次元の会話には変わりないなこれ。
生産性のない会話は好きだ。今を楽しんでるという実感があるから。
吹けば飛ぶような軽さで、今日を笑っていたい。
「柚子くんは、将来なりたいものはあるのか? ちなみにボクは未定だが」
「お前は未定なのかよ……いや、まあ、理由は想像できるけどさ」
「参考にしたいのだ。トム先輩も教えてくれないだろうか」
「そういうことなら」
参考に、ねえ。じゃあ立派な答えでもしたほうがいいのか。夢のある回答? ガラじゃない。
「俺はもうすぐ社会人だからな。とりあえず、不自由のない生活を送りたい。十分な収入とストレスフリーな職場を手に入れることが、当面の夢かな」
「トム先輩に就職の意思があったとは」
「あ、やっぱなし。俺の夢はヒモニートです」
危ない危ない。俺としたことが、うっかり労働ルートに突入するところだった。ありがとう宮野。俺の目を覚まさせてくれて。
安西先生……俺、働きたくねえ!
「柚子くんは?」
「私もまだ、よくわかってないです。……ただ、少しずつ、一つずつ前に進めたらいいかなと。そう思います」
横目でちらっと俺を見て、なんでもなかったふうに前を向く。
「一番立派な答えだったな。うん。ボクもそうしようかな。トム先輩もご一緒にどうだ?」
「頑張るの? 俺が? マジで言ってる?」
「悠奈さん。先輩は先輩なりに、先輩にできる全力でいつも頑張ってくれてますからっ!」
「フォローしてる……のかな?」
微妙に皮肉な気がするのはなぜだろう。被害妄想かな?
「そうか。これがトム先輩の全力か。ふっ」
「ただし宮野てめーはだめだ」
こっちは明らかに嘲笑が混ざっていた。
怒ったフリをすると、イタズラが成功した子供みたいにくすくす笑う。俺が笑えば、釣られて七瀬さんも笑い出す。
まあ、こんな感じよな。兄妹じゃないけど、仲はいい。




