13話 勘違いすら
目的のアイス屋は、平日ということもあり行列はなかった。それでも駐車場には車があって、空いているという感じではない。
「ここね、種類がたくさんあるんだよ」
「オラワクワクすっぞ」
「ね」
やっぱり種類が多いと楽しいよな。見た目もカラフルでテンション上がる。合成着色料? かかってこいや!
といっても、こういう店はあんまり使ってないんだろうなぁ、と。
木でできたロッジのような外見に思う。お洒落でありながらも、堅苦しさのない明るい色調。店の外側だけでわかる。この店のアイスは美味い気がする。完全な偏見です。ハイ。
中に入ってショーケースを覗けばそこに広がるのは人類の夢。希望。あとなんか明るいやつ。
定番のバニラ、抹茶、ストロベリー、そこにほうじ茶などの変わり種も加わっている。右から左までざっと二十種類はあるだろうか。某チェーン店には届かないが、個人の店でこの種類は多い部類だろう。
期間限定品もあるから、実際の種類はもっと多いのだろうし。
カップアイスは持ち帰りもできるらしく、あらかじめ頼まれていたものを頼む。
ここで食べる俺たちのぶんはコーンに載せてもらって、店の外へ。
裏手にあるスペースにはベンチが並んでいて、外で食べていけるようになっている。その一つに腰掛けた。
俺はレモン味、古河はチョコ味のアイス。
ぼーっとしていても溶けるし、特に撮影会を開くでもなく食べ始める。
舌の上で溶け、爽やかな香りが広がる。酸っぱさはなく、しかし香りは強い。食感はややシャーベットみたいで、この味に合っていると思った。
「うまいな」
「ね」
チョコ味を口にした古河も、満足げに微笑んでいた。本当、幸せそうに食べるやつだ。
明るい茶髪が風に揺られ、その風が温かくて、夏の気配をすぐそばに感じる。
「ねえねえ戸村くん」
「どうしたよ古河さん」
「今年の夏は、楽しみかい」
「もちろん。そっちは?」
「楽しみだよ。これもみんなのおかげ」
「だな」
「沖縄行くんだよ。私たち。沖縄だよ」
「OKINAWAだもんな。上がるよな」
飛行機に乗って、遠くへ旅行する。そんなビッグイベントが行われるとは思わなかった。
どんな夏になるだろう。いい夏になればいい。
「戸村くんはシーサーみたいだよね」
「論理の飛躍が見られますね!」
レポートなら減点もんだ。
「シーサーみたいに強そうじゃないけどね」
「俺シーサー理論、まだ続くんだ」
「うん。だって君は、家を守ってくれそうだから」
「なんじゃそら」
たとえ、仮にそうだとしても、俺は屋根の上から見守りはしないぞ。
日の当たる部屋でゲームをやったり、ソファでのんびりしながらだ。シーサーほど献身的にはなれない。
謎の会話の後には、長い静寂があった。気まずさはない。
古河との会話は突然始まって、急に終わる。古河検定十級の俺が言うんだから間違いない。マスターへの道は遠いな。
ゆっくりアイスを味わった。二人でいるのに、お互いに干渉せず、されず。このくらいの距離感は心地よい。寂しさはなく、鬱陶しさもなく。
風が吹き抜けるくらいの隙間を空けて、けれど隣にいて。手を伸ばせば届くけれど、決して伸ばさず。
そのくらいが、俺たちの関係性。今のところの最適解。
コーンのラスト一欠片を口に放り込んで、噛み砕く。
「ま、なんかあったら言ってくれ。友達の力になれないのは、けっこう寂しいからさ」
「戸村くんも、なにかあったらちゃんと相談するんだよ。警察に」
「急に物騒だな!」
「弁護士かもしれないけど」
「七瀬さんの影響受けないで! 古河は古河のままでいいんだから!」
君は君のままでボケていいんだよ。
いったいなんのカウンセリングだ。いつから穂村荘はお笑い養成所になった。
「相談してっていうのは本当だよ。私じゃ頼りないかもしれないけどね」
「いや、主に胃袋の面でめちゃくちゃ頼もしいだろ」
「からかってる?」
「本気で言ってる。胃袋もそうだし、ま、他のこともな」
「ふふっ。ちょっと嬉しいかも」
軽やかな笑みが相変わらず可愛くて、少し視線を逸らす。同い年のそういう表情は、やっぱり少し心臓に悪い。
からの思考。
ざっと同居人達を思い出して、まともに相談できるのが古河しかいないことに気がついた。嘘でしょ?
でも本当だ。
中学生と高校生は、まだ彼女たちのことで大変だし。大家さんは……ちょっと怖いよね。ぶっ飛ばされちゃう。
というわけで、最後の砦は古河。なんだかんだ、美味いもん食べれば悩みは吹き飛ぶし。めちゃくちゃ適任なのかもしれない。
気恥ずかしさを吹き飛ばすように、立ち上がった。
「そろそろ行くか。どっか寄ってく?」
「ううん。帰ろっか」
「りょーかい」
クーラーボックスもあるからね、と古河が言って、確かになと思い出す。
◆
戸村くんは不思議な人だ。と、古河水希は常々思う。
彼女ほど明るく振る舞っていれば、それなりに寄ってくる男はいて、何度か食事に行った経験がある。
だが、彼らが求めているのは食事ではなく、水希だった。美味しいものを食べても、どこか皿に載せられているのは自分のような。食事の延長に、自分のことも載せられているような気分だった。
自意識過剰かとも思ったが、男とは基本的にそういうものである。
好きな異性と、その先の関係になるために食事というステップを踏む。
その感覚が、少し嫌いで。
男嫌いではないけれど、どこまでも価値観のズレを感じてしまう。根本的にわかり合えないと思ってしまう。
その点、戸村真広は違った。
どれだけ一緒にいても、二人で食事をしても、決してその先を見ていない。目の前の食事を全力で楽しんで、「うまぁ……」と幸せそうにしている。
一対一での食事ではなく、二人で楽しんでいるような気分になれた。
まるで女友達と一緒に遊びに行くような。そんな気安さが彼にはある。
だが、古河水希は古河水希である。その親密さに、熱が乗っているわけじゃない。
それどころか、
(みんなとも仲がいいし、戸村くんって、ちょっと女の子みたいなのかな……?)
みたいな疑問を抱くほどである。
勘違いの感情すら、まだそこにはない。




