4話 これは俺にとっての“サイドストーリー”
「我が家は代々続く和菓子屋だ。という話は前にもしたと思うが」
「勘違いだから一から頼む」
まじで覚えがないし、絶対言ってないだろ。
指摘すると宮野はそうだったか、と頷いて咳払い。
駅のホームに並んで立った俺たちは、片手に緑茶。背中にバッグ。新緑を眺めながら言葉を交わす。
「父の経営する和菓子屋は、【朧堂】と言って大正時代にできたものだ。少し前に百周年を迎えたらしい」
「ほ、ほほう……」
いきなりすごい話になってないか? いっつもハーレムハーレム言って俺と一緒に遊んでるJKはどこいったんだ。
「元々は街の小さな店だったのだが、当代――ボクの父によって経営方針は大きく変わった。迫り来る洋菓子ブームに対抗するため、事業の拡大に踏み切ったのだ」
「洋菓子ブーム来たのってもっと前じゃないか?」
詳しいことは知らんけどさ。
「ああ。洋菓子ブームは、先々代に直撃した。祖父の代に【朧堂】は、何度か閉店しかけている。見かねた父が方針に手を加え、さきほどのチョコ大福のようなものも作り始めた。というわけだ」
「それで……大きくなったのか。店は」
部下とか幹部とか言ってたもんな。
和菓子屋から連想される単語じゃないとは思ったが、方針が変わったのなら。
街にある小さなものではなく、より近代的な、工場的なものになっているのなら。
「そういうことだ」
「またずいぶんと、複雑な家庭だ」
「?」
不思議そうな顔をする少女。俺はポケットに手を突っ込んで、視線を外す。
「だって、お爺さんとお父さんは方針が対立したわけだろ。で、お父さんが勝った――こういう言い方は嫌いだけど、結果としてはそうなった」
「あ。……ああ」
「で、宮野はどっち側なんだ?」
「トム先輩は時々、異様に話が早いな」
「もうちょっと焦らしたほうがいいか?」
「いや、直接的な方が助かる。自分から切り出すというのは、どうにも疲れるから」
電車が滑り込んでくる。
連休中ではあったが、二人ぶんのシートは確保できた。
「ボクにとって、和菓子は職人が作るものだった。だが、父にとっては違った。父の方針の下では職人はいらない。最新の機械とパートの方々によって模倣される【朧堂】の味。ボクはそれが……どうも苦手だ」
かつて俺は、宮野に言った。誰かの人生に踏み込むこと。それは自分の本筋とは異なる、サイドストーリーを開始することだと。
これが彼女にとってのメインストーリー。
つまるところ、俺にとってのサイドストーリー。踏み込んだのは、開始したのは俺の意思だ。
「厳しく育てられたのは、後継のため。だよな」
「ああ。うちは長男が継いでいく決まりだったが、ボクの弟が産まれるにはずいぶんと時間がかかったのでな」
「……産まれたのか」
頬がひくつく。なんというか、それは。
こんなことを思うのは本意では無いし、差し控えるべき事なのだろうけれど。
「二年前、とうとう産まれたよ。父に反抗的なボクに代わる、代わるべき子は」
電車の振動とは別の周期で、宮野の瞳も揺れる。
未だ答えの出ない問いに戸惑うように、不規則なリズムで。
「そのときの気まずさは、想像を絶するものだった。産まれた弟を祝ってもやれなかった。だめな姉なのだ。ボクは」
そんなことはない、と。
簡単に否定する事はしたくなかった。
今ここでそう言えるのなら、俺はここにいる価値がない。
簡単に出した結論には、それだけの価値しかない。
過程が一番大事だと言うつもりはない。それでも、悩むことはやめたくない。差し伸べる手には、ちゃんと泥がついているべきだ。
だから探しに行こう。
彼女にかけてやれる、俺の言葉を。




