2話 言質はもう、取られている
「――とまあ、そういう経緯がありまして」
説明が下手すぎる二人に代わって、俺の方からマヤさんに伝える。
「最初は七瀬さんに楽しい思い出を作ってほしい……だったんですけど、だんだんみんな七瀬さんと楽しい思い出を作りたい。っていうか楽しい思いをしたい。というふうに方向が変わっていったのは否めないですね」
ついでに正直な考えも明かしておく。誰かをダシにして話を進めるのは、フェアじゃないよな。
俺もやりたいから、ここにいる。そのことはちゃんと、自覚していたい。
「ふうん。面白そうじゃない」
腕組みをした状態で、マヤさんはにやっと笑った。
「それで、私は保護者役?」
「違いますよ。マヤさんも一緒に楽しむ役です」
「うむ。マヤさんがいないと、穂村荘ではないからな」
「保護者っぽさだと、戸村くんに軍配が上がるよね」
さらっと古河がとんでもないことを言いやがった。こいつ、俺のこと保護者だと思ってたのか?
俺は古河をママだと思っていて、古河は俺のことを保護者……これが噂の両想いってやつか!(違う)
「そ。ありがとね」
呆れたように笑って、マヤさんは腕を解く。
「じゃあ問題は、柚子に行く気があるか。受験勉強は大丈夫なの?」
「本人と相談ですが、沖縄に行って学べることは多々あるかと思います」
歴史や気候、地理に自然のこと。話せることはいろいろある。俺が準備する必要はあるが、旅を楽しむための必要経費と考えていいだろう。
「……となると、柚子の親の相談ね。まっ、そこは任せときなさい」
俺を家庭教師に据えたときもそうだが、交渉には自信があるらしい。まあね。マヤさんが、七瀬さんの親――つまるところ、お姉さんに対して強いカードを持っているのは間違いない。
生活する場所を与えているのは、親ではなくマヤさんなのだ。
そのあたりにちらつく、大人の難しさに触れたいとは思わないけれど。そういうものがあることは、もう、わかってしまう年齢なのだ。これでも成人してるからね。
話し合いはそれで終わり。
とりあえず、行く。という方針で進めることになった。
◇
行くと決まったはいいが、今は五月。夏休みは八月。ずいぶん離れているので、計画を立てるにも具体的なことはなにもできない。
古河はせっせと食べるものリストを制作しているようだが、回りきれるのかあれ……。エクセルで制作しているあたりに本気を感じる。
残り三人はいつも通り……とはいかず、なんかそわそわしてリビングに集まっていた。
まあ要するに、四人集合である。こうなると七瀬さんがいないの、けっこう寂しいな。
「そういえば真広って、運転できるのよね」
「法律上は」
「なんで不安を煽る言い方するのよ」
「上手くはないけど、事故も起こさないと思います。いのちだいじに」
「……戸村くん、免許持ってるんだ」
コップを両手に持って、古河がちらっと上目遣い。おいなんだ急にその可愛いポーズ。わかったぞ。俺はもうわかったぞ。
「今度、行ってみたいお店があるんだけど。……いい?」
この天然女、マジで可愛いんだよな。なんなの?
簡単に頷きそうになる自分にキレそう。
「ぐ…………っ、でも、車持ってないし」
「私の使っていいわよ。玄関にあるでしょ」
「運転させていただきやす!」
今日から俺がアッシーだ。
「ありがとう! ガソリン代は出すね」
「ボクも行っていいだろうか」
「なら私も行くわよ」
「じゃあマヤさんが運転すればいいのでは?」
なんなんこの流れ。
ボケたい欲はあるのに、気がついたらツッコミに回されている。よく考えたら、この家の常識人は七瀬さんだけだった。助けてJC!
とまあ、俺のボケが七瀬さんに依存していたことに気がつくわけだ。反省反省。これからは誰が相手でも強くボケていきたい。
そんな決意をしてみるが、どうもこのメンバーでは俺がツッコむしかないらしい。じゃないと誰も、お互いのボケを拾わない。っていうか、古河と宮野は天然でやってそうなんだよなぁ。
夕食後から続いた会話は三十分ほど続き、一人ずつ二階に上がっていく。
食器洗い当番として、俺が最後に残って作業開始。
これは不思議な話なのだが、俺は皿洗いが嫌いじゃない。料理は面倒に感じるが、こっちは五人分でも平気でこなせる。
単純にかかる時間が違うのか、単純作業が苦じゃないのか。個人的には後者じゃないかと思う。ゲームでもレベリング好きだし。
シャカシャカやっていると、二階から下りてくる足音。
忘れ物でもしたのだろうか、宮野が入ってくる。
「どした?」
「ん。まだ洗い中だったか。ボクも手伝おう」
「いいよ、もうちょっとで終わるし。俺に用なら、座って待っててくれ」
「了解した」
宮野は大人しく着席して、俺の方をガン見してくる。やめて。
若干の気まずさを感じながら、すすいだ皿を水切りに入れる。包丁は拭いて先にしまう。
手を拭いて机に座ると、宮野は手を組んで指先をもじもじさせる。よほど言いにくいことなのか。彼女がそういう仕草をするのは珍しい。
「どうした?」
「その、……だな」
「うん」
安心してもらえるよう、ゆっくり頷いてみせる。
大丈夫だ宮野。俺はお前が、どんな突拍子もないことを言っても決して驚きはしない。お前と一緒に過ごしたこの二ヶ月で鍛えられてるからな。
さあ、思いっきり来い!
「ぼ、……ボクの両親と、会ってはくれないだろうか」
「なにぃ!?」
だめでした。
とりあえず落ち着こう。深呼吸。よし。
「会うって、ええと。どういうことだ」
「ボクの実家に来てほしいのだ」
「……………………待ってくれ。俺はプロポーズした記憶はないぞ」
「されたら通報している」
「それは酷くない?」
おじさん泣いちゃうって。
「冗談だ。通報などしない。泣いて断るさ」
「なにも改善されちゃいないが」
なんで泣いちゃうんだよ。怖いか? 俺が怖いか宮野。俺はお前が怖いよ。
「沖縄旅行のことだ。ボクは高校生だから、親に頼まないと参加できない」
「ま、そうだわな」
「だが実際問題。ボクと両親は非常に気まずい状態にある」
「知らんよそんなん」
当然のように言われても。そういう雰囲気は感じてたけどさ。もっと丁寧に説明してほしい。
「それを解消するために、トム先輩には同行してほしいのだ」
「…………」
自分で解決してくれぇぇえええええ!(心の叫び)
そいつをどうにか呑み込んだのは、宮野が胸に手を当てて優しく微笑んでいたから。
俺が必ず手を貸すと、確信するかのような表情。
「『迷惑をかけてもいい』と言ってくれた。あれがあったから、ボクは踏み出せる気がする。ありがとう、トム先輩」
どうやら既に言質は取られているらしく。
それに俺だって、半端な気持ちで言ったわけじゃないし。
ただ一点、いきなり女子の家庭に訪問するというハードルはあるものの(高すぎでは?)。
首を横に振るほどかと言われれば――そんなことはなく。
「わかった。でも、親との関係は俺にはどうしようもないぞ。部外者だからな」
「いてくれるだけでいいのだ。それだけで、心強い」
「わかった」
頷くと、次の土日を空けておいてくれと言って宮野はリビングを出ていった。
……あれ。
なんで二日かかるんですか?
 




