表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
初夏の節 それを喜劇と呼べるなら
53/173

1話 プロジェクトO

 ゴールデンウィークが終わった穂村荘では、早くも次のイベントが発生していた。


「大丈夫か柚子くん。もしなにかあったら、ボクはすぐにでも駆けつけるからね」

「美味しいもの、いっぱい食べてくるんだよ。感想も聞かせてね」

「勉強のことは一回忘れていいから、楽しんでおいで」

「……あんたたち、どんだけ心配してるのよ。柚子ももう中学生なんだから、大丈夫よ」


「「「でも!」」」


 朝っぱらから玄関に集まった俺たちは、大きな荷物を抱えた七瀬さんを取り囲んでいた。

 俺と宮野、古河の三人はとにかく心配で、その騒ぎを聞いてマヤさんも下りてきた。という形だ。


「大丈夫ですよ。みんな心配しすぎです。そろそろ時間なので行きますね」


 七瀬さんが照れくさそうに笑って、小さく手を上げる。


「いってきます」

「「「「いってらっしゃい」」」」


 声を揃えて見送って。そして。

 七瀬さんの修学旅行が始まった。






「全員集合」


 組織のトップのような厳つい表情で、宮野が片手を挙げる。


「なによなに。真広まで早起きしちゃって」

「七瀬さんが心配で寝れなかったです俺」


「ちゃんと言葉にされると気持ち悪いものがあるわね。黙っていいわよ」

「イェスマム」


 大人しく口にチャックしてリビングに入る。先に入った宮野は全員分のコップに牛乳を注いでいる。


 古河が座り、俺とマヤさんも腰掛ける。いつもの配置だが、隣に七瀬さんはいない。

 中心に掛けたマヤさんが腕組みして、俺たち三人を見渡す。


「それで、揃ってなにか企んでるわけ?」

「企んでるよ。もちろん」

「マヤさんも巻き込まれてくれないだろうか」


 自信ありげに答えたのが古河で、不穏な言い方をするのが宮野。言いつけ通り黙ってこくこく頷いているのが俺。


 宮野と古河の提案によって密かに発足したプロジェクトO。

 始まりは先週の夜、七瀬さんのついた小さなため息だった――







 夜の勉強会が終わって、なんとなくリビングで座っていたときのことだった。

 温かいお茶を飲みながら、髪を解いた七瀬さんは視線を落としていた。


「…………はぁ」


 たぶん、ほとんど無意識のため息だったのだろう。俺と、たまたま近くにいた宮野に聞こえたとわかると、慌てたように手を振った。


「な、なんでもないですよ」

「なにかあったのだな。ボクでよければ生け贄になろう」

「重いよお前。もっと自分のこと大事にして」


「……いえ、あの、本当になんでもないんですけど」

「けど?」


 さらにずいっと近づいてくる宮野。彼女も湯上がりらしく、さっぱりしたジャージ姿だ。

 風呂上がりのJKとJCを同時に視界に収めるの、慣れるとは思わなかったなぁ。

 今じゃわりと平静を保っていられるけど、最初の頃は通報されるんじゃないかとドキドキしたもんだ。


 俺の出る幕ではなさそうだし、黙って二人を眺めているとしよう。うん。口には出せないけど、日々のストレスが緩和されていく。


 しかし宮野はやはり宮野というか。俺なら引き下がる場面でも引かない。どっちが正しいと言うつもりはないが、こうして違いを見ると不思議な気分になる。

 三人だと数が多いし、ここは二人にしたほうがいいかね。


「…………」

「ボクは席を外そうか?」


 と思ったら、引くのかよ宮野。ねえ、君ってそういうスタンスだっけ? 戸村リスペクトなの?


 戸村真広の流儀その五。自分じゃなくてもできることは、やらない。

 はいこれ、社会のみんながやったら文明が滅びます。絶対に真似しないように。


「大丈夫です。……相談、じゃないですけど。ちょっとお話してもいいですか?」

「宮野、追加のお茶。俺はお菓子準備する」

「御意」


 了解の言葉すら必要ない。

 女の子の悩みならなんでも聞いちゃう戸村くん(最低)と、女の子のことハーレムにしたい宮野(最低)による黄金コンビなのだから。二人で日曜のゴールデンタイム張ろうな。


 迅速な会場設営によって、七瀬さんが最大限リラックスできる環境を整える。今日のお菓子は煎餅です。

 お茶をつぎ直したコップを持って、七瀬さんが切り出す。


「修学旅行があるんです」


 前々から聞いていたことだったので、驚きはしない。五月の中旬から六月にかけて、修学旅行を行う中学校は多い。


「それで私、ちゃんと楽しめるのかなって。不安になっちゃって」


 力なく笑って、七瀬さんは首を横に振った。


「それだけなんです。でも、大丈夫ですよね。杞憂だと思います。あ、先輩、杞憂ってこうやって使うんですね」

「使い方としては満点だけど……本当にいいの?」


「どうしようもないですから」

「…………」


 行きたいという気持ちはあるのだろう。だから、不安でも行くしかない。行って確かめて、乗り越えるしかない。

 ならば俺から言えることはなにもなく。


「じゃあ、楽しめるように今週は歴史の勉強を増やそうか。奈良と京都、平城京とかいろいろあるからね」

「はい。お願いします」


 宮野はそのやり取りに、一言も口を挟まなかった。

 ずっとなにかを考えているようで、その後の会話には参加したもののどこか上の空で。


 それから、二日後。







「プロジェクトOだ! トム先輩!」

「おーだよ、戸村くん!」


 なんか増えた……?

 宮野の隣で拳をグーに握る女子大生。いったいなにを吹き込まれた。食か。またお前は食で動かされたのか。


「わかるように説明して」


 眉間を揉みながら訴えると、頷いて古河が前に出た。いや、宮野じゃないのかよ。


「要するに戸村くん。これはソーキそばなんだよ」

「…………」


 出会った頃は宇宙を感じていた古河語にも、最近は頑張ってついていけるようになった。

 ソーキそば。沖縄の料理である。

 ふむ。なるほど。


 そしてさっき宮野が言ったプロジェクトO。

 修学旅行に不安がっていた七瀬さん。


 ……なんでだろう。なんでこんな雑な説明でわかっちゃうんだろう、俺。なんか嫌だな。


 っていうかこいつら、


「――沖縄行こう。ってことじゃ……ああ、はい。なるほどね」


 返されたのは満面の笑み二つ。

 口元が引きつって、変な笑いが出た。


 七瀬さんが修学旅行を楽しめたとしても、それは普通の人よりずっと僅かなものになるのだろう。彼女はまだ、友達作りに苦労しているのだ。悲しい思いをするかもしれないし、既にしているかもしれない。班決めは残酷なイベントだ。


 ならば。


 より楽しいイベントで、塗り替えてしまおう。


 こうして、プロジェクトOは発足した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ