8話 level.20
一般的なゲームにおいて、レベルアップは能力の上昇と共に起こる。
キャラクターの個性に応じてどの能力が上昇するかは異なり、つまるところ優秀な者とそうでないものにはっきりと分かれていく。
全員が同じようなスタートなのに、気がつけばいる場所はバラバラだ。
環境や選択の一つ一つを積み重ねて、俺は今。どこにいる?
◇
古河が用意してくれたケーキは、真ん中のチョコプレートに『戸村真広level.20』と書かれたものだった。
横に置いてある砂糖菓子もモンスターを模していて、とことん俺に寄せてくれたらしい。食べないで部屋に飾っておこうかな。
「ケーキは夜ねー」
「ご無体な~」
ちらっと見せて、再び冷蔵庫にしまわれた。
ちなみにあのケーキ、バイト先で作ってくれたらしい。どうりで作業してるとこを見なかったわけだ。
準備はもうほとんど終わっていたので、俺も手伝って進めていく。ブルーシートを敷いて、冷蔵庫で冷やした飲み物をクーラーボックスに入れて外に出す。
庭でピクニックをするような、そんな誕生会らしい。
ひとしきり作業を終えて、準備された椅子に座る。
マヤさんと宮野は火起こしに奮闘しているが、楽しそうなので任せていいだろう。キッチンの窓から、古河が肉を持っていくタイミングを計っている。
朝からバーベキューってまじか。最高かよ人生。
「先輩先輩。レベル20って、どのくらい強いんですか?」
隣に座った七瀬さんが聞いてくる。ゲームの話だろうか。そうだよな。
「ええっとね……中盤の雑魚敵に負けるくらいかな」
「そうなんですか」
「そうなんだよ。ほんと、まだまだだ」
小学生の頃は中学生がすごく大人に見えたし、中学生の頃は高校生、高校生の頃は大学生が大人に見えた。
けれど現実は、そんなこともなく。
ただ俺が、俺のまま明日を迎えて、年を経て、肩書きだけすげ替えていくようで。
けれど生きていれば、自分だけの経験が溜まって、自覚しない小さな変化は日々あって。
それを振り返るのが、誕生日なのかなと思う。
「難しいね。立派な人になるってのは」
「先輩は……比較的ちゃんとしてると思います。大人というか、なんというか……あの、上手く言えないですけど」
「誰と比較して?」
「クラスの男子とか」
「中学生と同じだったらヤバいよなぁ」
けらけら笑うと、七瀬さんも小さく微笑んだ。彼女の冗談はわかりやすくて、柔らかい棘もいいスパイスだと思う。
「先輩の言う立派な人って、どんな人ですか?」
「また難しい質問だ」
「すみません」
「いや、謝ることじゃないよ。俺自身、ちゃんとわかってないといけないことだし」
立派な人。
なんとなくなりたい、誰かの背中。
「ベタだけど、勇気のある人かな」
「勇気……ですか」
「俺は臆病者だからさ、自分がどう思われるかとか、結局気にしてばっかりなんだ。そう気づかされた」
相変わらず、人づきあいは苦手だ。
それが嫌われているとか、居場所をなくしてしまうとかではなくとも。得た居場所を大切にすることも、苦手なのだ。
「私もです」
「……そっか。最近、学校はどう?」
「話してくれる人はいますよ」
「難しいね」
三年間一緒にいれば、おのずとグループができる。七瀬さんのいない二年に積み上げてきたものがあって、いきなり混ざれるものでもないのだろう。
逃げるのにも勇気が要る。力が要る。
「でも、前よりはずっと楽です。誰も私を、嫌いじゃないから」
「……うん。それはきっと、いいことだ」
時間をかけて。場所を探して。少しずつ、今よりもいい未来へ。
「悠奈、風から火を守って! ここで決めるわよ!」
「承知した!」
仲良く作業する二人は、ついに突破口を見出したらしい。
遠目から見てもはっきりと、火が勢いを増していく。タイミングを見計らったように、古河が外に出てきた。
手にしたお盆に載っていたのは、肉ではなかった。
「朝だし、焼きおにぎりなんかどう?」
「うぉぉぉ!」
「食べます!」
「さすが水希さん!」
「味噌がいいわ」
最高のチョイスに、揃って喜びの声を上げる。
ここに来た頃には想像できなかった光景だ。どこかみんなバラバラで、それぞれが悩みを抱えていた穂村荘。
それが今、五人揃って笑っている。そのことがとても、自然なことに思える。
男一人に、女子四人。
中学生、高校生、大学生、OL。
世間一般からして、俺たちは歪な関係なのかもしれない。
夢に描いた大学生活は、ここにはない。輝かしい彼女との同棲生活も、熱心に打ち込めるサークルも、アホみたいな飲み会も、なにもない。
だけど俺は、これがいい。
◇
「さあ、呑むわよ真広!」
「えっ、いや、俺あんまり酒とか興味ないですし……っていうか、万が一酔って暴走したらどうするんですか」
「そうだぞマヤさん。トム先輩がセクハラに走ったらどうする!」
「先輩のセクハラ……ですか」
「戸村くんが、ねえ」
「警察呼んどくわ。真広、詳しくは署でね」
「カツ丼でますかね」
「水希に作ってもらいなさい。ほらこれ、甘くて度数低いから呑みやすいわよ」
「……あざっす」
「他のみんなには、ちょっとお高いジュースがあるよ!」
「柚子くんも嬉しそうだな」
「う、嬉しがってなんか、ちょっとしかないですけど」
「全員コップ持ったわね。それじゃあ、よくわかんないけど乾杯!」
「「「かんぱーい」」」
「俺の誕生日は!?」
◇
上着が必要なくなって、長袖の季節ももうすぐ終わる。
花の季節に終わりを告げるように、青い匂いを載せた風が吹いた。
第一部はここで終わりです。
物語はまだ続きますが、ここまででよかった。と思っていただけたら、ぜひ下にある星で評価してください!
また、レビューについてこの場でお礼を言わせていただきます。
例に挙げてもらった三作品はすべて好きな作品で、正直びっくりしました。
バカテスでライトノベルにはまり、俺ガイルで一人称の面白さに引き込まれ、さくら荘で青春うぉおおおお!となって、今に至ります。
それでは引き続き、初夏の節『それを喜劇と呼べるなら』へ物語を進めていきましょう。
楽しんでいこうぜ。




