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7話 レベルアップ

 帰る頃にはすっかり日も暮れて、住宅街には一家団欒の明かりが灯る。


「今日は来てくれてありがとう。……トム先輩には、楽しんでいただけただろうか」

「もちろん。また行こうな」


「ああ!」


 自分が中高生のときは、先輩ってのはもっと遠いものだった。敬語が絶対、言うことは聞く、反抗しない。


 だけど今、後輩をもって思う。

 たった一年、二年、三年。あるいは五年の差に、どれほどの違いがあるのだと。


 もちろん長く生きている方が多くのことを知っている。だけどそれは、威張るためじゃない。

 なぜ先輩は先輩と呼ばれ、後輩と関わるのか。


 自分が得たものを、次の誰かに渡すためだ。

 自分が失ったものを、忘れないようにするためだ。


「それと、さっきの件だが……」


 穂村荘に着く直前。宮野は少し躊躇いがちに視線を彷徨わせる。


「わかってる。その時が来たら、だろ」

「うむ。また隠すようで申し訳ない」


「いいよ。適切なタイミングってのはある」


 結局、彼女についての話はまだ聞いていない。

 話すという方向には決めてくれたようだから、それ以上はなにも言うまい。


 俺と宮野の関係は、少しずつ前に進んでいる。たぶん、いい方向へ。

 友達のことを知らないでいるのは悲しい、か。

 結局俺は、古河のことを見本にして歩いているだけかもしれない。ふざけてママなんて呼んではいるが、案外その通り……って、キモいな。やめよう。


 玄関ドアを開けると、三人ぶんの足音。

 リビングからマヤさんが顔を出し、にんまり笑って、


「おかえりなさい。けっこう遅かったのね」


 二階からすたすた降りてきて、七瀬さんがなにやら意味ありげに、


「おかえりなさい。楽しかったみたいでなによりです」


 料理の音と一緒に、少し遠くから古河が、


「おかえり~。手洗いうがいしてね~」


 と完全にママ発言。

 うん。やっぱあいつママだわ。








 明日も予定があるからさっさと寝やがれと言われたので、大人しく十二時に就寝。

 具体的には、


「先輩はもっと早い時間に寝ないとダメです。背が伸びなくなりますよ」

「もう止まって久しいんだけど」


「トム先輩、早寝早起きは長期休暇の宿題の一つだぞ」

「俺は小学生か?」


「戸村くんって、寝てるときが一番輝いてるよね!」

「見られてんの? 俺の寝顔は著作権フリー?」


「真広。寝なさい」

「……うっす」


 とまあ、四方向から睡眠を強要されたのである。こうなってしまっては断れない。部屋の電気が点いていたらバレるし、ゲームやってても音が不安だし。イヤホンをつけてまでやろうという根性はない。


 やりたかったら、寝て起きてやればいい。

 暗い天井をぼんやり見上げて、睡魔がやってくるのを待つ。


 ……なんか、充実してんなぁ。


 求めていたときには遠のき、手放してから満たされる。

 意外とそんなものなのかもしれない。空きがなければ、バケツだって水を汲めないように。







 いつもより早めに寝た日は、そのぶんだけ早く起きる――かというと実はそんなことはない。

 目が覚める時間は確かに早い。午前七時に意識が覚醒し、伸ばした手でスマホを手に取る。そこからが問題だ。


 俺みたいなタイプになると、「早起きした。ラッキー、有意義な一日にするぞ」とはならない。「早起きしたから、まだベッドでだらだらできるな」とネットサーフィンを開始するのがオチである。


 実際に起床したのは午前八時。まあ、早いほうだろう。

 服を着替えて一階に下り、歯を磨いて寝癖を直す。起きてから時間が経っているおかげか、いつもよりシャキッとしている。気がする。たぶん!


 気合い十分。言われたとおりに早起きした姿を見せてやろうと意気込んで、リビングに突撃。


「おはようございまーす」


 静寂。

 薄暗い室内。

 誰もいなかった。


「…………」


 うん。

 なにもなかった。

 俺はなにも言ってないよ?

 虚空に向かって挨拶したやべー人なんてどこにもいなかった。


 やれやれ。さすがに八時起きはやりすぎたか。少々力を解放しすぎてしまったみたいだな。やはり俺は無限の可能性を秘めた最強主人公。力の取り扱いには注意しなければ。(※八時に起きただけ)


 キッチンへ行って給湯器でコーヒーを作る。


 さてどうしたもんか。古河がいないと朝ご飯が食べられない。

 ……我ながら酷い依存の仕方だ。実家の母親にだってここまでは依存してなかったぞ。朝は勝手に自分でやって食べていたし、なんなら作っていたときもあったのに。


 ここは一つ、俺も料理というのを練習してみようか。食べることが可能な物体。ではなくて、美味しい料理ってやつを。


 さて。それじゃあまずは、この暗い部屋に明かりを入れよう。

 閉じたカーテンに近づいて、勢いよく開ける。


 飛び込んでくる陽光。正面に広がるのは、穂村荘にある広めの庭。


 そこに四人、見覚えのある人がいた。


 なにかの準備をしているらしく、先日作ったバーベキュースペースに椅子を並べたり、炭にチャッカマンを近づけたりしていた。


「…………」


 窓を開けると、気がつかれる。


「あ、た、大変です! 先輩起きました!」

「戸村くんが起きた!」

「トム先輩が!?」

「パターン青ね」


 俺は使徒じゃねえ。


 心の中でツッコんでから、首を傾げる。


「なんかまずかったですかね」


 女性陣で目配せすると、代表してマヤさんが前に出てくる。


「真広。早く起きろとは言ったけど、こんなに早起きしろとは言ってないわ」

「理不尽か?」


「強いファイターが来てほしいとは願ったけど、腕が伸びるファイターは求めていなかったのよ」

「なんの話ですかそれ……」


 薄々わかるけど、やめよう。なにも考えるまい。


「まあいいわ。外来なさい。三人とも、予定より早いけど、やるわよ」

「あ、はい。今行きます」


 早足で玄関まで行き、靴を履いて外に出る。

 庭に行くと四人は作業の手を止めて並んでいた。


 七瀬さんが小走りで近づいてきて、「これ着けてください」と、三角の帽子と肩掛けを渡してくる。「ん、お、おう」と詰まりながら返事をして装着。

 肩掛けには『今日の主役』と書かれていた。


 ツインテールの少女は装着した俺を見上げて、小さく唇を尖らせる。


「実は私、ちょっと怒ってるんですよ?」

「……すいませんでした」


「なにに怒ってるか、ちゃんとわかってますか?」

「いえ全然」


「とりあえずで謝っちゃだめです」


 女子中学生からの説教が一番効く今日この頃。いやけっこうリアルに凹むんだよこれ。

 とりあえず精神を回復しようとしたが、追い打ちのように宮野が口を開く。


「そうだな。トム先輩は水臭いぞ」


 次いで古河が軽いトーンで、


「マヤちゃんが教えてくれなかったら、流れちゃってたもんね」


 視線の先で頷くマヤさん。


「真広がみんなのことを大事に思うように、みんなも真広のことを大事に思ってるのよ。わかったら反省して、ちゃんと祝われなさい」

「…………はい」


なにについてかは、もう理解していた。怒られている理由も。


 怖かったのだ。

 こういうイベントは、自分が相手にどう思われているのかが晒されるみたいで。嫌われていないとわかっていても、どこかで不安な自分がいて。


 ため息をついて、首を横に振り、顔を上げる。


「俺、今日。二十歳になりました」


 五月一日。それが俺の誕生日。


 その言葉に彼女たちは顔を合わせ、笑って声を揃える。


『レベルアップおめでとう』


 言い慣れていないし、聞き慣れてもいない。恥ずかしくなるくらい格好悪いし、実際には意味だって違うのだろう。


 けれど。

 だとしても。

 それは紛れもなく、俺に向けられた言葉だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえずいい感じに着地したかな? 続きも待ってます ミェンミェ…
[一言] サプライズパーティかな、とは思っていたのだけれど。帰って何もなかったと思ったら、翌日が誕生日だったのか… そしてバーベキュー。竈もそもそもそのために作っていたのかな? うすうすは判っていて。…
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